星間世紀。その1

二重入植。星間世紀の中頃には既に"先住民"という問題が表面化していた。つまるところ、人類に宇宙は広すぎたといえる。高速に近い航行技術は、核技術の次に不安定かもしれない。新人類の文明濃度にはムラが生まれ、改める試みは常に失敗した。星間開拓におけるルールは2つ。平和主義と先住民主権だ。"新たに入植した惑星に先住民が居住していた場合、先住民による惑星利用を認め、他惑星の国家による直接統治を禁止する"。何度も見かけるこのフレーズは、三重入植惑星であるここ"ユタ"では、守られているかはさておき、特別重要だろう。
そこで、近代において試みられたのが星間企業による入植と開拓である。国家、惑星、特定の文明から独立的な彼らは、先住民と契約する形で土地を借用し、資源を手に入れる。
–––星間世紀の朝は早い。宇宙は、人類には広大すぎた。船は早すぎる。経済活動が生み出す情報は、全てを処理するには膨大すぎた。まだ一つに惑星の表面に人が集まっていた頃、空を見上げて宇宙と科学の世紀を夢見た先祖が知ったら何を思うだろうか。ここでの一日は、はるか昔に地図から消えたケープタウンとさほど変わらないのではないだろうか。


丘陵を開発した旧市街地は、地元産の良質な石畳と一帯を開墾して作ったレンガがありもしないノスタルジーを感じさせる。北西の大内湾を見れば、この星の歴史がよく分かる。湾の内側には、巨人が空に腕を突き出したような巨大な塔が建っている。惑星外へのポートも兼ねたそれは医薬開発会社"クレオーロ"のオフィスだ。
子供ながらに、塔を中心として金と資源が渦を巻いているのが分かった。それでも、旧市街地は穏やかな風が吹いていた。大陸の奥には年中季節の変わらない熱帯雨林が広がっている。嘘ばかりつく飲み屋の親父は、そこには太古の文明の末裔が暮らしていて、遺跡に眠る神秘的な力を守っているのだという。そしてさらに、クレオーロの狙いはその神秘的な力なんだとか。大人になって理解したのは、人は都合の良いことばかり信じるということ。そして、金の流れには否応なしに飲み込まれるということだった。気付くのが遅かった俺は、大学を出た後に街に戻ることができなかった。ようやく見つけた就職先は、みんな大好き開拓公社、その子会社の第三鉱山開発、そのグループ会社だか、孫請だか、玄孫受けだったか、とにかく、専攻も生かせないような、末端の肉体労働をしている。この狭いシェルターにいる人たちも、同じ仕事をしているが同じ会社ではない。共通するのは、誰一人として喜んで一生を捧げるような現場ではないということだ。


固定シェルターの温度は不安定だった。アラームが鳴って飛び込んだときには冷え切ってマスクを取るのも嫌だったが、坑道付近を溶岩が通ってみるみるうちに温度が上がった。空調装置が冷却を始めたが、古い感応式のため応答にズレがある。保護スーツを脱いで壁にかけ、携帯バッテリーを充電スタックに収める。俺よりもひどくバテてる奴もいた。こういう時タフなのは、普段無口なやつとベテランの爺さんだ。ただでさえ貴重な水分は時間と共にさらに貴重になる。新人の移民は早速飲み干してしまい、友人の横でじっとしている。落ち着いていればいい。あまりにも危険なら緊急冷却装置が働くし、坑道全体に海水が注入される。水だって、埃を被った濾過装置の上で、汗だらけの下着を絞れば2日ぐらいはどうとでもなる。
全員が静かになってから暫く、配管を叩く音とモーターの唸り声を聞も聞き飽きた頃、ようやく機械も静かになった。トラブルでなければ、ドアが開く合図だ。ビープ音の後に重いロックの外れる音がする。まだ元気がある方の新人がドアに手をかけようとするが、老人が座ったまま注意をした。
「ドアの前にスーツだ。俺の同期は3人、そのせいで死んだ。」
時計を確認する。今日はもう上がりだろう。行動に投げ打ってきた機材を回収車に乗せ、そのまま坑道を登っていった。台座に忘れていった予備のグローブは黒いシミになっていた。



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