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散文詩

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2018年10月の記事一覧

私は妄想した。

私は妄想した。
上野の国立西洋美術館の入り口に、法悦した修道女の大理石像がある。
濁った空は彫刻をまろやかな風合いにする。
そのヴェールに手を添え、ぬるくなった頬に口づけをする。
私はいま東京にいない。
いたとしても、上野で待っているのは黒光りするロダンの彫刻だけである。

これは純然たる私の妄想である。
何かが私に空想を抱かせる。
現実よりも甘美な、絶対的な充足を約束してくれる一連の刺激を思わせ

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風よ吹くな

風よ止め
風よ吹くな
昨日の晩の彼のように
私は落ちたくはないのだ

松よ、信頼できる友よ
私が生まれたとき、君ならばきっと大丈夫だと言ったな
ともに雪降る野山を見ようと約束してくれたな
しかしどうしてだ
春の嵐を前に、君はただじっと地を見つめるばかりだ
松よ君は、私の枝とともに揺れてくれさえしないのか

柳よ、情緒のある友よ
君はどうして私に同情するのか
まるで私だけ何も知らないようではないか

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さんがつ

柔らかい日差し
ぬるい風
砂利の音

洗濯物の影が揺らめく

鳥はいつも
こんなに心地よい風を
浴びているのだろうか

陽に洗われているから
あんなに綺麗な羽をしているのだろうか

さんがつ
坂道に風の形が浮かぶ午前
両の手を思い切り広げる

陽と影と人の間よ

陽と影と人の間よ

陽射しの下では 涼風を求め彷徨い
木陰に入りては 人目を憚る
どこか居心地がよく、落ち着ける場所はないものか

川を眺めては 眩しさに目がくらみ
喧騒より隠れ 物陰を見つける
雑踏は遠く聞こえ、座り込む地べたは心地よい

見上げては遠く、空の間に雲が征く
我がうちによぎる寂しさを感じる
前を見ては壁あり、横を見ても壁あり
我がうちに積る焦りを感じる
不安より声を上げようとし、思

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夏の終わりに吹く風に

夏の終わりに吹く風は遥かに
航空機をのせ雲を北へ運ぶ
揺れる提灯は月を演じ
うかれて忙しなく揺れる
のんびりとした雲が一つ
老婆の顔をして南海を睨む
灰を落としもう一服
寂壮を空に返す