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【短編ホラー】そしてあの人も居なくなる

 怖い話ですか。夏だからって安直すぎません?まあ、飲み会抜けて喫煙所に逃げ込んで暇ったらそうですけどね。

 仕事できない上司年功序列の成れの果ての何遍聞いたか分かんない自慢話よりかマシですね、俺のが面白いかったら別ですけど。良いですよ、丁度いいのがあるんで。煙草二本分くらいにはなると思います。

 カセット聞いてたら音が変になったり録音してないはずの怖めな音声が流れる、みたいな話って結構あるじゃないですか。CDでもなんでも良いんですけど、俺がこの間聞いたのはカセットテープでした。音って怖いですよね。引き摺る音とか、引っ掻く音とか、叫び声とか。意味のある文字列だと尚更怖い。分からないものがなにかしらの意思表示を確実に人間相手に伝えようとしてきてるじゃないですか。その話はね、怪談好きな友人がいるんですよ、そいつと飲みに行ったときに聞きました。本筋はそっちじゃないんで置いといてください。

 その話聞いて、カセットってどんなんだろって気になったんです。怖いったってモノを知らないとあんまリアリティ無いじゃないですか。俺カセットってモノは知ってても全然見たことなくて……物心ついたときにはもうCDだったんで。あ、田原さんのときはありました?ジェネギャってやつですね、なんか新鮮だ。一周回って新しいものってありますよね、流行り廃りが回ってくる、みたいな。昭和レトロとか言うじゃないですか。ちゃんと使ってたんだなあって、実物見ると思いません?

 で、俺、気になったんで叔父さんに聞いてみたんですよ。多分田原さんと同年代じゃないですかね、四十路くらい。ちゃんとは知らないんですけど、父より結構下なんですよね、叔父さん。うちの父が五十とちょっとだったと思うんで十以上離れてるのかな。それくらいの年齢差がある兄弟ってたまに居るし珍しくもないんでしょうけど。俺と父の真ん中くらい。父の弟ですけど、どちらかと言うと年の離れた友人みたいな付き合い方してるひとです。

 叔父さんも別に世代ではなかったらしいんですけど、その辺は曖昧ですね。家庭の事情ってあるじゃないですか。好みとか家電の入れ替え具合とか。うちだって俺が小学生のころはVHSが現役でした。もうDVDが主流だったのに。あれ面白いですよね、ガチャガチャ入れるのも楽しいし、中にテープが巻いてあるのも。引っ張り出そうとして殴られたの覚えてます。しばらく触らせてもらえませんでした。わかります?なんでも気になる時期ってああいうのやりたくなりません?好奇心の方が勝つときなら手、出しますよね。やったらおじゃんなのもよくわかってなかったですし。

 叔父さんもそんな感じで……父か、祖父かがたくさん持ってた影響でちょっと古めの?今だともうCDがその扱いなんですかね……レコードの方が妥当かな?その辺の塩梅は知りません。まあ、大学生くらいにカセットテープにハマった時期があったらしいんですよ。家にあるやつ貰ったり、バンドしてたらしくてその録音したり。

 ロックバンドらしいんですけどね、おとなしい見た目してるのに意外だなって思いました。耳に髪かけると見えたのがピアスホールなんだなって気づいたりして……これは余談です。叔父さんが意外とやんちゃしてたんだなっていう話。うちの父は真面目を絵に描いたひとなんで、尚更。

 んで、叔父さんちに行ったら押し入れからカセット入ってる段ボール引っ張り出してくれて……一日暇だったんで、目についたタイトルを片っ端から聞きました。正直中身はそこまで興味なかったんです、カセットどんなもんかなって気になっただけなんで。面白いものあったらいいなって具合に。だいたいがなんか聞いたことある昭和歌謡とか、叔父さんのバンドの録音でしたね。意外と上手いんです、叔父さん。ギターボーカルってんで……器用ですよね。今度カラオケ誘おうと思ったんですよ、俺下手ですけど。聞き専で。

 まあ、それは良いんです。別に変な音が入ってるでもなし、俺は結構好みのバンド曲が聞けて嬉しい、惜しむらくはそれが世に出てない上に解散してるってだけで。あとでデジタル化してくれって言ったら恥ずかしいから嫌って言われたのもです。残念。今度こっそりやろうかな。……田原さんもロックバンド好きですか、今度うまくやれたら聞きます?うん、まあ嫌って言われてますけどね、聞かせてくれたんならあんま変わんない気もするんですよね。多分叔父さん既遂だと文句言わないし、装備揃えて行ったら諦めてくれる気もする。

 で、夕方ごろにね、叔父さんが夕飯の買い出しに行くって部屋開けたんです。別に触っちゃいけないやつとか……金庫はダメってか開けらんないですけど、良識の範囲で今後の付き合い考えるくらいのことしなければ特に見て良いって言われてたんで、カセット流しつつ本棚漁ったりしてました。それ以外ないったらそうなんですけどね。ソファがいいやつ置いてあるし、空調完備で入り浸るにはもってこい。

 そんで、なんとなく……ほんとになんでそんなことしたかって言われても全然分かんないんですけど、強いて言うなら好奇心です。叔父さんの部屋の机、引き出しがついてて。学習机のちょっといいやつみたいな、言い方が下手ですけど一か所鍵かけられるやつ。その鍵が開いてたんです。良くないとは思ったんですけど、気になるじゃないですか。バレなきゃいいかって――元に戻せばいいかって。普段は閉まってるんですよ、確認済みです。悪い子なんでね。そこにね、カセットテープが一つ、入ってたんです。

 段ボールに入ってたやつは売り物だったら当たり前なんですけど、録音したやつにもそれぞれちゃんとタイトルとか、なんとなく何が録音されてるか分かるようなものが書いてあったんです。でもそれはなんもなかったんですね。気になるじゃないですか、叔父さん几帳面なとこあるんで。本棚だってちゃんと作家とジャンル別に並んでるし、キッチンなんてあれですよ、多分いきなり雑誌の取材とか来てもそのまま載せられるくらい綺麗。使ってないからってわけじゃなくて、実用性のある綺麗さ?動線に沿って物が整頓されてる。俺の部屋とは大違いです。

 叔父さん、外出したら一時間は帰らないし、手元にプレーヤーもある。なら聞く以外ないと思って、聞きました。見た目は普通のカセットです。黒の。本当にタイトルが書いてないだけで……勿論なんも録音してない可能性もありましたよ、でもそんなもの鍵がかかる引き出しに入れなくないですか。……でしょう?結局、音声は入ってましたしね。

 最初はなんか……普通の。宅飲みしてる感じです。なんて言うんですか、ホームビデオのカセットテープ版。仲良いやつらが集まってわいわいやってて、会話からしてライブのあとに打ち上げしてるんでしょうね、みんな酒入ってるテンションで、騒いだりギター鳴らしたりしてる。全員男なんでむさくるしいですけど、こんなもの引き出しに仕舞ってるなんて叔父さんも大学時代楽しかったんだろうなって、微笑ましくなりました。叔父さんも浮かれた声出せるんだなって……普段あんまり楽しそうな顔しないから。

 でもその後です。十分くらいですか、様子がおかしいんですよね。それまで騒いでたのが、静かになっていくんです。帰ったとかじゃなくて……話してる筋は変わんないんです。一人を除いて。

 厳密には一人じゃなくて、一人ずつ、ですね。普通に喋ってるときに、一人だけ何か怖がり出して、いつの間にか喋らなくなる。周りはそのまんま。喋る母数が減るから順当に会話の密度も減る。

 おかしいじゃないですか。怖い、助けてなんて言ってるのに、それが消えたのに誰も反応しない。そんでしばらくすると他のひとが同じようなことを言って消える。……ふざけてる感じではないです。本当に、誰もそのひとに反応しない。さっきまでそのひと交えて会話してたのに。

 五人くらいでやってるっぽかったんですけど、だんだん消えて最後は多分……叔父さんともう一人になって。

 四人目が――叔父さんじゃない方がやめろとか、嫌だって言い始めたところでテープが止まりました。いつの間にか叔父さんも帰ってきてて。買い物袋下げたまんま、俺の後ろで突っ立ってる。ほとんど無表情でね――これはいつも通りったらそうなんですけど――こっち見てるんです。怒ってるとかでなくてこう、あーあって感じ。目が真っ黒でね、怖かったです。何考えてるのかイマイチわかんなくて……まあこれもいつものことなんですけど、アレ聞いたあとだと不気味で。

 聞いたのかって確認してきたから、聞きましたって素直に答えました。怒られるかと思ったけどそんなこともなくて、プレイヤーからテープ出して、また引き出しに仕舞って、今度はちゃんと鍵かけてました。

 そのままいつも通り夕飯食って帰りましたよ。それが何かって……聞けるわけないじゃないですか、怖いですもん。叔父さんがいつも通りやろうって態度なんだから、従うしかない。そうでしょう?多分触っちゃいけなかったものに触ったのは俺だし。鍵かけてるとろこに入れたやつなんてね、見ない触れないが鉄則です。隠してるもの見たって良いことにはならない、万が一見ても見なかったフリができればセーフ。触っちゃったらアウト。田原さんならわかるでしょう。関わらなければなかったことにできますもん。

 俺の場合はね、触るどころか、再生までしちゃったからおしまいです。いつもみたいに手土産持たされて、だいたい近所の畑の――家庭菜園名乗るには敷地面積も育ててるものも大がかりなとこの、おすそ分けみたいなやつなんですけど。そん中にね、そのカセット、入ってたんですよ。

 帰ってびっくりしました。だって一度仕舞ったじゃないですか。完全に故意に入れてる。怪談の類だからなんやかんや謎の力で入ったって線もなくはないですけど、あれ以降机の引き出し、鍵かかってないんです。もう手元にないの分かってるじゃないですか。じゃあ叔父さんのせいってことになるでしょう。

 なんでって、知りませんよそんなこと。叔父さんの意図なんかわかりません。何も言わずに入れたんだったら聞かれたくないってことでしょう、野暮なことしませんよ。巻き込まれたって言えばそうなんでしょうけど……どうなんですかね、叔父さんそんな……甥を危険な目に遭わせるようなことしないと思うんで。希望的観測ですけど、信用してますよ、一応血縁ですし。

 そんでプレイヤー持ってなかったんで買う羽目になりました。買いましたよ、だってカセットあるなら買わなきゃダメでしょう。聞けないから。

 作り物、だったら良いんですけどね。仲間内でふざけてホラー作品撮ろう!みたいな。でも……貰ってからたまに、これ二ヶ月くらい前の話なんですけど、聞いてるんですよ。明らかにね、内容が変わってるんです。途中までは前に聞いたのと同じです。一人ずつ怯えながら消えていく。

 そんで昨日ね、四人目が消えました。

 そうなったら、今度は叔父さんの番じゃないですか。まだですよ。今は叔父さんが一人で喋ってる。楽しそうに。相手もう居ないのに、こんな饒舌に喋れるんだなって思いました。

 もう少しなんです。多分。叔父さんが怖がって、消えるのが。

 別に恨みとかないです。それどころか気の合う話し相手なんで、居なくなるとそれなりに困る。でもなんか……俺に渡した意図、勘ぐりません?聞いてほしいんじゃないかって。この手の怪談の落としどころって全員消えて闇の中じゃないですか。そうしたくないんじゃないかなって。

 消えるのは良いけど、忘れられるのは嫌みたいな。どうしようもないなら、せめて覚えていてほしいって。通り魔みたいだったらそうです。でも気持ちは分かる気がする。忘れられるのはなにより恐ろしい、本当に死ぬのは忘れられたときって言うじゃないですか。誰にも相談できませんしね、こんなもの。偶然俺が聞いちゃったから、じゃあこいつでいいやくらいの考えなのかもしれません。言ってくれないなら分からないですもん。

 その消えてったひとたちがどうなったか分からない以上、憶測でしかないですけどね、嫌な予感……くらいのものですけど。聞けないです。何もできないし。俺は見守るだけ。自分が好奇心とかいうどうしようもない理由で悪いことして関わっちゃった以上、カセットを保管する行く末を見届ける義務が発生したっていうか。

 なにもないならそれでいいです。変わらず遊びに行くだけなんで。いまのところ叔父さん元気だし、なにも言われないし。叔父さんが大学卒業してからもう十年以上経ってるはずなんで、消えるにしたってまだでしょうし。

 でも俺、一人で抱えるの嫌になっちゃったんですよね。唯一関わりのある、真っただ中の叔父さんがだんまりなんじゃ結局俺も一人じゃないですか。だから田原さんに喋りました。だって田原さん、夏だから怖い話ないのとか言ってくるんですもん。喫煙所の他愛のない話題って言っても自業自得ですよ、俺と一緒で。好奇心で首突っ込んだらろくなことになんないですね。

 それで――どうですか。プレイヤー、持ち運べるやつにしたんで今持ってるんです。聞きますか。

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