お嬢様とヒツジとの哲学的口論「同情するなら金をやれ!」
〈登場人物〉
マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。
ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。
〈時〉
2018年11月下旬
マイ「今朝、ワイドショーで、あるファッションモデルが肌荒れをカミングアウトしたってことを取り上げていたんだけどさ、ホント、バカみたいな話だよね。肌荒れ程度をカミングアウトして何かした気になってさ、それを周りにいる人も褒め称えてるわけ。『肌荒れで悩んでいる人に勇気を与える行為だ』ってね。バカバカしくって聞いてられなかったよ」
ヒツジ「なるほど。まあ、不治の病なんかと比較すれば、肌荒れ程度でって思うのもやむを得ないところだがな。だが、人の悩みというのはその人それぞれであって、そのモデルは肌荒れに心から苦しんでいたのかもしれないし、そのモデルのカミングアウトによって、同じように苦しんでいる人に心から慰めを与えたかもしれないことは否定できないことだろ」
マイ「でも、たかが肌荒れだよ?」
ヒツジ「お前、この前、風邪を引いてたよな?」
マイ「何の話? 引いてたけど」
ヒツジ「その時、何を考えてた?」
マイ「何って……苦しいとか、早く治んないかなとか、そんなことだけど」
ヒツジ「心から苦しかったか?」
マイ「苦しかったわよ」
ヒツジ「もしも、その時、お前の所に誰かがやってきてこう言ったとしたらどうだ。『風邪なんて大した病気じゃない。大げさに苦しむんじゃないよ。バカバカしい』って。そんなこと言われたら、どう思う?」
マイ「『お前も風邪引け!』って思う! …………あー、なるほど……」
ヒツジ「そういうことだ。お前の風邪の苦しみがお前にしか分からないように、彼女の肌荒れの苦しみは彼女にしか分からない。だから、他人の悩みを、『そんな小さなことで』と笑い飛ばせる資格は誰にも無い」
マイ「分かった。認める」
ヒツジ「それと同時に、他人の悩みに対して同情できる資格も無いということになる」
マイ「どういうこと?」
ヒツジ「他人の悩みに対して同情するのは的外れだということだ。他人の悩みは理解できないわけだからな。たとえば、お前の友だちが失恋したとする」
マイ「ヤなたとえ」
ヒツジ「失恋に苦しんでいる様子の彼女にお前が、『かわいそう』と思うことは的外れだ。なにせ、彼女の苦しみはお前には分からないんだからな」
マイ「ちょっと待ってよ。たとえばさ、わたしも失恋した経験があったら、その苦しみが分かる可能性もあるんじゃないの? それに、失恋した経験がなかったとしてもさ、想像すればその苦しみが分かりそうに思えるけど」
ヒツジ「失恋した経験があっても、お前と彼女では、失恋した状況も違うだろうし、そもそも恋愛観も違うだろう。気持ちが正確に理解できるわけがない。経験が無かったとしたら、ましてなおのことだ」
マイ「じゃあ、同情って意味無いっていうの!?」
ヒツジ「意味が無いどころか、有害ですらある。他人の気持ちを、本当には分かりもしないのに、自分勝手に推し量るんだからな」
マイ「全然納得できない!」
ヒツジ「お前は風邪を引いたとき、『かわいそう。辛いね、苦しいね』って同情してほしかったか?」
マイ「それは……まあ、そんなことされても、うっとうしいだけだけど」
ヒツジ「そういうことだ」
マイ「だったら、そういう時って、どうすればいいわけ? 何もできないの?」
ヒツジ「相手が何か望んだらしてやることもできるだろう。気晴らしに付き合ってほしいと言われたら、そうしてやることもできるし、ただそばにいてほしいと言われたら、そうしてやることもできる。お前が風邪を引いたとき、お前が望む看病を母親がしてくれたようにな。ただ、同情はするな」
マイ「うーん……」
ヒツジ「同情というのは、本来分からない他人の苦しみを、強引に自分の中で解釈するものだ。それは明らかな間違いなんだ。昔のドラマで、『同情するなら金をくれ』という中々パンチの効いたセリフがあったが、それをもじって言えば、『同情するなら金をやれ』ということになる。同情は不可能、他人の苦しみはその他人にしか分からないということを自覚することが、他人を尊重するということにつながるんだ」
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