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インターネットに未来はない(後編)
(↑先日投稿したnote↑の続きです)
前編では、「言論空間」「人と人との関わり合いの場」として、現状のインターネットがかなり限界を迎えているという話を書きました。
今日は、「SNSがなぜここまで人をおかしくするのか?」「人と人との関わり合いの場としてのインターネット以外に潜む問題はなんだろうか?」を考える、二本立ての構成でお送りします。
開かれすぎて閉じすぎたSNS
SNSのヤバい(=人をおかしくする)要素は、「開かれすぎていること」と「閉じすぎていること」の両方があります。ここではTwitterを例にとっていろいろ考えてみましょう。
開かれすぎているSNS
ぼんやりとTLを眺めていると、頭がこんがらがりそうになることがよくあります。
つい最近で言えば、
「ロシアがウクライナに侵攻する可能性がある」という緊迫したニュース
サイゼリヤにデートで行くのがどうこう……というよくわからない炎上(?)
クスッと笑える日常ツイート
その他諸々の玉石混交……
カオスですね。
これはひとえに「インターネットが広すぎる」からです。
普段の自分ならまったく興味を抱かないようなツイートでも、「インターネットが広すぎる/開かれていすぎる」せいで、目に入ってしまう。そして、目に入った途端になにかコメントせざるを得なくなってしまう。
なにかコメントを「できてしまう」のも、それは「インターネットが広すぎる」せいで、相手の顔が想像できないからです。想像せずにコメントができるように、プラットフォーム側に仕向けられていると言い換えてもいい。
考えてもみてください。Twitterでは最近本当に「何をきっかけに炎上するかわからない」殺伐とした風景が繰り広げられています。
誰かの気に食わなければ炎上するのです。
シリコンバレーで重視されている、成功するネットサービスは人の「7つの大罪」を刺激しているという話、面白い
— 山口慶明🇺🇸で何とか生きてる (@girlmeetsNG) September 17, 2020
Twitterだけで5つくらいカバーできそうだけどw
①憤怒 Twitter
②強欲 Amazon
③傲慢 Facebook
④嫉妬 Instagram
⑤怠惰 YouTube
⑥暴食 UberEats
⑦色欲 Pornhubhttps://t.co/nC1JBm267P pic.twitter.com/XgjhQIfHJz
そうです。SNSがビジネスとして成功するのは、「利用者の強い感情を誘導する」ときなのです。
ユーザーの「一瞬の怒り」を逃さず、ツイートに結びつけてやる。
そうすると、そのユーザーに対する反論が生まれる。
それに反応する。
……このような繰り返しを経ると、いつの間にかTwitterに無限に時間を浪費することになります。
Twitterはプラットフォームとして大きくなりすぎました。さらに140字という字数制限はあまりに短い。そのためユーザーの怒りを刺激していないと生き残れないという不健全な構造になってしまっているのです。
そのあたり、noteは賢いと思います。
上の記事にもある通り、コメントをしようとすると「ホンマにそれ大丈夫か?」という警告がポップアップします。
さらに、コメントへの返信機能もつけていない。
これは、明らかに不毛なレスバを防ぎ、結果として健全なコミュニティを創り上げることを目指しているように見えるのです。
noteはTwitterのような世界的な大規模企業ではない。日本だけに特化したサービスです。
しかも収益構造を広告に頼っていないので、「ユーザーの強い感情」を誘導しなくても、末永く平和にプラットフォームとして維持できる。
本当に賢いと思います。
閉じすぎているSNS
SNSが閉じすぎていることも、問題をややこしくしています。
意見の違う人をブロックorミュートして、好きなツイートに反応して、と繰り返していくと、自分が見たい意見ばかり増幅されていくことになります。
これはアルゴリズムの仕様として、「なんとなくTLに留まってしまう」を実現するためのものではないかと推測しています。
切れ端を拾えない人もいる pic.twitter.com/TsOrIRUaIu
— ダ・ダ・恐山 (@d_d_osorezan) December 22, 2021
このツイートで言うところの、TwitterのTLを眺めるための「MP」の消費を限りなく減らすように作られているので、ついボーッとSNSを眺めてしまう、ということです。
この恐ろしいところは、ボーッとSNSを眺めて時間を浪費してしまうこと、だけではありません。
自分の意見が凝り固まってしまい、凝り固まっていることにすら気づかないことです。いわゆるエコーチェンバー現象のような状態です。
個人的にも、SNSの恐ろしさを感じたことは何度かあります。Twitterで見かけて「面白い!」と思ったツイートのことを母親に我が物顔で語った所、それは違うのではないか? と冷静に反論される、という経験が何度もありました。
「分かりあえる」わけがない
このように、SNSは
基本的には自分にとって心地良い投稿ばかり流れてくる
たまに心地悪いツイートを見かけてしまうと、怒りを放出せずにはいられない
というように、「どう転んでもずっと見てもらう」ための手立てが充実していることが分かります。SNSをビジネス化したやつ絶対性格悪いと思う。
もう一つ、付け加えるなら、基本的に、SNSで意見が対立している人と「議論」してもほぼ確実に何も解決しないです。普段対面で人と喋っているとき喧嘩腰の人と会話するのが一苦労であることからも分かるでしょう。その上相手の顔が見えないテキストベースのコミュニケーションでは、もう出口が見えませんね。
これから変わっていけるのか?
「インターネット→リアルへの回帰」「更にリアルに近いインターネットへの進化」の二つの路線が考えられるのではないかと思います。
インターネットからリアルへ
インターネットからリアルへ戻ってくることのススメは先日の記事に書いています。ぜひご一読を!
インターネットの進化・深化
今後のインターネットがどういう方向に進んでいくのか、まったく予想がつかないというのがホンネです。
一つ期待としては、今流行りのメタバースが拡大すると、「相手の顔が見えるインターネット」が広まることになり、平和になるのではないか? という推測があります。ですがこれも希望的観測に過ぎない可能性が高いでしょう……。難しいものですね。
これを書きながら、はやみねかおるの小説『都会のトム&ソーヤ』を思い出していました。
その中に、主人公たちが、完璧でリアルとまったく同じゲームを作ろうとするシーンがあります。
しかし、そこで主人公(の一人)のおばあちゃんに諭されます。現実とゲームを混同していいことが起きるのか? というふうに諭され……(詳しくはネタバレになってしまうので、ぜひ本編をご一読ください!)
児童文学ですが、案外現実を予言しかけていた部分もあるのかもしれないですね。
ここでインターネットについての記事は終わりです。
今後は「日本」について、や、「東日本大震災」について、など、幅広く扱っていくつもりです。乞うご期待!
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