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赤い鳥居はだいたい不思議がつきまとう

西公園

先日の福岡は天気が良くて暖かかったので、浮かれるように散歩に出た。
12月に入ってから、職場の関係で日中外に出なくなり窓のない事務所に籠もりきりだから、休みの日に天気がいいとどこでもいいから外を歩きたくなる。

今回は福岡在住15年超なのに一度も行ったことがなかった西公園へ向かった。
地行や唐人町の静かな住宅街の路地をぶらぶら歩くと、趣のある家や店があって楽しくなる。
そういう家の庭木や花にも目が留まって写真を撮りたいなあと思うが、個人宅にカメラを向けるのも躊躇われて結局歩きながら眺めるだけになる。

そうこうしながら歩くうちに西公園の入口に着いていた。幅の広いまっすぐな道を進んで、そのまま階段を直進すると光雲神社に辿り着く。
福岡の方ならご存知だろうが、光雲神社は「てるもじんじゃ」と読み、黒田如水と黒田長政を祭り、その法名を一字づつとって名付けられた。

私はほんの数年前まで、光雲神社を高村光雲ゆかりの神社だと思い込んでいた。
いや、だって「光雲」だから……
本人が祭られているというより、光雲作の神像でも祭られているのかと思っていた。思い込みはこわい。

この時期の光雲神社は花も少なく少し寂しいが、静かで神さびた雰囲気がある。
花はないが社殿前には桜と橘らしき木が植えられていて、金柑より少し大きいくらいの黄色い実がたくさんなっていた。緑に黄色の色合いが美しい。

光雲神社を参拝すると、社殿右手に「荒津神社」という社もありそちらも参拝。西公園のあるこの山は荒津山または荒戸山と言い、荒津神社はこの山の守り神として神武天皇、大物主神、金毘羅神を祀っている。
さらにその右手には稲荷社の朱色の鳥居が続いていた。

午後3時過ぎのちょっとオレンジがかった日射しを浴びた赤い鳥居は、それだけで別世界の入口のようだ。古びた鳥居はなおさらだ。
鳥居の下を進んでいくと社殿と社務所らしき建物に行き着いた。


「中司孫太郎稲荷大明神」は「なかつかさそんたろういなりだいみょうじん」と読むらしい。
「中司孫太郎って誰?!」と、まず疑問。
人名なのか、祀られているお稲荷さんの名前なのかもよくわからない。
由緒書きを読んでもよくわからない。

しかし、そんな疑問よりも面白いのは、この社殿の奥にも裏にも大小の社が幾つもあって、どれも古びていて足場もちょっと危ないのだが、よく一カ所に集めたなと感心するくらいの数がある。ほとんどが稲荷社だが中にはお地蔵様や違う神名が書いてあるものもあった。

どういう経緯でそこに集められたかはわからないが、周辺一帯に祀ってあった社が壊されないように、なくならないようにと誰かがひとつところにまとめてお祀りしたのではないか、と思う。

人々に守られながら続く神社、信仰というのは由緒や社格などとは違った部分で、強い力があるのだろう。由緒もいつか人の記憶からなくなるのかもしれないが、たぶんここの稲荷神社はずっと大切にされていくんだろうなと思えた。

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