短編【ある日常】
昨晩、テレビ番組を見ていた。
おいしい食事を紹介する番組だった。
いろんな食事の中で、私が特に記憶に残ったのはランチだった。
650円のミニバンランチ。
なぜだかは説明できない。しかし、そのランチに惹かれたという事実は確かだ。
翌日私は仕事だった。
午前のアルバイトが終わってお昼休憩の時、ふとよぎったのは、昨日記憶に残したランチだ。
当然、テレビ番組で作られた架空のランチだから、同じものがあるはずはないのだが。
それでもそのお弁当を思い浮かべながら、よく通っているカフェへと足を運ばせた。
錆れて何度も修復が入った商店街には、たくさんのお店が入っている。いつもは賑やかだが、お昼が少しすぎたこの時間に人通りはあまりない。
向かっているカフェへ近づくと、店の前に何か見つけた。
それは、そのカフェが新しく始めた「お弁当」だった。一律600円。
同じではないが、私は少し、来るべきタイミングというのを感じた。私がそうしたのか、誰かがそうしたのかわからないが、とにかくそのタイミングだったのだ。私はよく、変なことを考える。
無性に嬉しくなり、そこのお弁当を買った。
手に下げたビニール袋に入ったお弁当が、大きく揺れる。まるで、子どもの乗っているブランコみたいだ。
商店街中央にあるわけではない「中央鳩公園」で食べることにした。なぜ中央にないのに中央という名前が入っているのか、昔からの謎である。同時に、なぜこんなに大量の鳩が出没するかも、昔からの謎だ。
もしかすると、鳩の中での中央的な存在なのか、鳩が人間の中央にいるからこの名前なのか、いろんな想像が駆け回る。
椅子に座り、大きく深呼吸をする。
パリパリと乾燥した、でも暖かくて柔らかい、ガソリンの匂いと草の匂い…
気持ちよく空気を感じているが、脳はどうだろうか。私はよく、変なことを考える。
蓋を開ける前に透明の蓋の下には、たくさんの唐揚げが見えた。安全に、穏やかに、ランチを食べることができることほど、幸せなことはない。
私はこんな小さなことにも、十分すぎる幸せを感じられる人間だったのだ。
唐揚げをひとつ食べた。
目の前の車道で、路面電車がすれ違う。新しく改造されたものも、古いままのもの。すれ違うたびに、音を鳴らして挨拶をする。人間がつい忘れてしまうようなことを、あの路面電車たちは欠かさず行っている。美しい。
唐揚げをみっつたべた。
鳩に食事を邪魔されかけている。二匹の鳩だ。
仕方がない、この生き物たちも生きていくのに必死なわけだから…
しかし無闇に私の食事をわけ与えることはできない。しかも唐揚げをあげると、共食いだ。
そう考えると吹き出しそうにもなったが、今の平和な食事中にそれを見るのは残酷だ。
そしてなにより、私は鳩が苦手なのである。
唐揚げをいつつ食べた。
私の背中の向こうの遊具で遊んでいる子どもたちがいる。
小学生、まだ声の高い男の子たち、低学年から高学年まで様々、こんな小さなコミュニティの中にも、上下関係やそれぞれの個性がはっきりと現れているのが面白い。
「捕まったやつは…」
どうやらジャンケンでチーム分けをして、片方のチームがもう片方のチームを捕まえる、という遊びをするらしい。私も小さい頃はよくやったものだ。
「捕まったやつは、あの人ナンパしてこいよ!」
そんな声が聞こえてきた。
まさか私のことではないだろうかという奢りの気持ちと、小学生の発想の突出したナンパという言葉へ驚きと笑いが生じた。
それから私は、いざナンパを持ちかけられたときに、どう答えたら面白いだろうと、真剣に考え始めた。私の悪い、くせである。
唐揚げはあとひとつになった。
小学生のことも気になる。鳩も仲間をもう1羽連れて帰ってきた。
唐揚げを食べてお弁当をしまうと同時に、目の前にいるビニール袋の音に強く反応する鳩たちを追い払い、後ろにいる小学生の男の子たちを一瞥して、私が「あの人」なのかどうかを確認した。
鳩や男の子たちは緊張、恐怖、不安、好奇心、さまざまな感情を空気に溜めて、去っていった。
何もかもがひと段落したところで、
私はおばあちゃんに電話をかけることにした。
おばあちゃんの声は、私の心をほっとさせる。
次第に明るくなっていく声。まるで少女だ。
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