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スタートアップ冬の時代に上場する。〜noteのIPOに際して〜

2022年12月21日、note株式会社は東京証券取引所グロース市場に上場しました。ここまで来るのに様々な困難があり、IPOを支えてくださった関係者の方々、なによりもnoteを利用いただいているクリエイターやユーザーのみなさまに感謝を申し上げます。

今年は長年続いてきた株式の上昇相場が転換期を迎え、グロース株を中心に株式マーケットが大きく崩れ、「スタートアップ冬の時代」とも呼ばれました。この特異な環境下でIPOに至った当事者の立場から、激動の2022年の振り返りも兼ねて、今のフレッシュな感覚を忘れないように心境を綴りたいと思います。


一年前から一変したマーケット

昨年2021年のIPO件数は125社。また、新興市場であるマザーズ市場(現在のグロース市場)への上場は93社と過去最高。また2021年12月単月のIPO件数は31社と、日本のIPO市場は大変な盛り上がりを見せました。

一方で、ちょうどそのあたりから株式マーケットが崩れ始めます。2022年2月のロシアのウクライナ侵攻、3月のアメリカの政策金利引き上げなどを要因として、マーケット環境悪化の色が濃くなり、アメリカではリーマンショック翌年の2009年以降、日本でも2012年のアベノミクス以降から途中浮き沈みありながらも長く続いていた株式の上昇相場が終了しました。

特にアメリカの金利上昇は上場グロース株や未上場スタートアップのValuationにネガティブな影響を与え、2022年は随所で「スタートアップ冬の時代」という声を聞きました。IPOマーケットにも影響し、今年の前半は上場承認された企業のうち8件が延期をするなど、異例の状況となりました(去年の上半期の上場延期は3件)。

他でもないnoteも、上場承認時のValuationについてはスタートアップ関係者を中心に驚きを持って受け止められ、私にもいろいろな反応をいただきました。当社はまさに上場申請期で株式マーケットの影響を大きく受ける立場でしたので、個人的には最も影響力の大きいアメリカの金利動向・株式マーケット動向を頻繁にチェックしながら、インフレ撲滅・金利上昇に強い決意を示すパウエルFRB議長のタカ派発言(株式市場にとってはマイナス)を聞いては、勘弁してくれと思う日々が続き、焦燥感を募らせました。極め付けに、上場日前日の12月20日、日銀が長期金利の変動幅を0.25%から0.5%に拡大する事実上の利上げを決定して翌日の株式市場の相場が大きく下落した時は大きくずっこけました(パウエルFRB議長も黒田日銀総裁も、世界経済・日本経済のために政策決定していらっしゃいますので、まったくの逆恨みです)。上場日当日の日経朝刊1面の見出しが「日銀 異次元緩和を転換」だったのは、金利上昇と株式相場の下落に個人的に悩まされ続けた2022年を象徴するニュースだったと感じます。

それまでのIPOオファリングの定石が崩れる

こうした環境の変化を受けて、当社だけでなく多くのスタートアップがIPO戦略の見直しも迫られました。

昨年まで一定規模以上のIPOのベストプラクティスといえば、新規上場時にできるだけ大きなオファリングサイズ(上場時の会社による公募増資と既存株主による売り出しを合わせた総額)を確保し、株式の流動性を高める。そしてそれによって、海外機関投資家、特にロングオンリーと呼ばれる長期投資志向の機関投資家を多く呼び込み、上場時の時価総額を最大化させるのが定石とされてきました。その一環として、一部の機関投資家に株式を戦略的に割り当ててIPOのモメンタムを創出するコーナーストーン投資 / 親引けや、IPO時のディールへの参加を機関投資家が対外的に表明するIOI(Indication of Interest)などの手法も広まり、2021年はスタートアップ関係者によって過去から積み上げられてきた様々なIPOファイナンス手法がベストプラクティスとして花開き、定石として確立した感がありました。

当社も、上場準備自体は数年前から取り組んでいましたので、昨年までインフォメーションミーティング(IM)やカンファレンス等で多くの日本や海外の機関投資家(ロングオンリー、ヘッジファンドなど)と面談や意見交換を実施していました。2021年は特にクロスオーバー投資家(上場株投資家で未上場企業にも投資を行おうとする機関投資家)の動きが積極的でしたので、当社も海外のクロスオーバー投資家とディスカッションする機会も多くありました。中には「上場を待たず今すぐでも投資したい」という投資家もいて、旺盛な投資意欲をスタートアップの立場から肌で感じることができました。

しかし2022年、世界が一変し、当社の事業自体は昨年からも順調に成長する一方で海外機関投資家からのコンタクト数はかなり少なくなりました。投資家の需要が小さくなっている中で、昨年までのIPOのベストプラクティスは適用が難しくなり、当社含め多くの企業が戦略転換を求められることとなりました。

2021年までのIPOの定石はここ数年非常に有効でしたが、将棋や囲碁の定石、サッカーの戦術と同じように、時代や外部環境によってゲームのルールが変化し、定石や戦術も変わってきます。

当社も、元々想定していた旧臨報方式でのIPOから国内オファリングへ、そしてオファリングサイズも想定より大幅に小さくなりましたが、現状の外部環境を前提にした資本政策としてはこれがベストと考えています。

なぜ上場するのか? - 上場ゴールでないからこそ

「この状況で、なぜ上場するのか?」上場承認後のロードショー中、多くの投資家からこの質問を受けました。マーケットが悪いのであれば、上場タイミングを延期するなどして、市場が回復するのを待つのがよいのではないかという指摘です。

もちろん当社も様々なオプションを含め、社内や既存株主の方々と議論を重ねました。その上で、意志をもってこのタイミングで上場することに決めています。頂いた質問に対する答えは、当社にとって「上場がゴールではないからこそ、いま上場する」というものです。

巷に「上場ゴール」という言葉がありますよね。そもそもこれを目標にしているスタートアップ関係者はほとんどいないと思いますが、仮に上場時の株価の最大化が目的(ゴール)であれば、上場タイミングはマーケット環境の悪い今ではなかったかもしれません。

もちろんnoteのゴールは上場自体でも、上場から得られる資金でもありません。ではnoteが目指すものは何か。それは、「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする。」というミッションの実現です。

noteが目指しているもの

noteはミッション冒頭の「だれもが」にあらわれているように、個人も法人も、老若男女あらゆる人に使っていただけるプラットフォームを目指しています。

ここで少し、noteが取り組んでいることについて説明させてください。投資家の方も当社と話す前と後でnoteに対するイメージが変わる方も多いのですが、noteは単なる投稿サイトではなく、インターネットにおけるコンテンツの流通(ディストリビューション)ファイナンスの課題を解決するメディアプラットフォームです。コンテンツは、テキストだけに限られず、漫画やイラスト、写真、動画や音声なども含む、現実世界で表現されるあらゆるタイプのコンテンツを意味します。

メディアエコシステムのイメージ(note 目論見書より)

よくブログとの違いを聞かれるので答えておきますと、Web2.0の文脈で登場したブログは、インターネットにおける「発信」を容易にしました(上の図でいうところの「クリエーション(Creation)」)。ブログの登場で有名人や権力者でなくとも世の中に自分の意見や考えを気軽に発信することができるようになり、インターネットにおける創作(クリエーション)の民主化が進みました。

しかし、単なる発信を超えて、インターネットで質の高いコンテンツが流通するにはまだまだ課題がありました。具体的には、流通(検索が主流でルールをハックすることが可能)とファイナンス(収益性が低い)の課題です。特に収益性の面で従来のネットの主なマネタイズエンジンである広告は単価が低く十分な収益をクリエイターに還元しにくいため、インターネットはクリエイターが手間と時間をかけた本気のコンテンツが流通しにくいという課題がありました

noteは、このインターネットにおける流通とファイナンスの課題を解決しようとしています。インターネットにおけるコンテンツの流通とファイナンスの仕組みを構築するプラットフォームですので、単なる投稿サイトではなく、将来的に非常に大きなところ、インフラのようなサービスを目指しています。

今でも、MAU4,000万、会員数550万、コンテンツ数2,700万超と、この分野でかなり多くの方々にご利用いただいています。しかし、インフラのようなプラットフォームになっているかというと、贔屓目に見てもまだまだ届いていない人々がたくさんいると思います。実際にロードショー期間中にお会いした投資家の方々の中には、既にnoteに投稿してますという方もいらっしゃいましたが、見たことはあるが使ったことはないという方々も多くいらっしゃいました。

インフラとなるために、未上場のままでいくのか、あるいは上場企業として社会の公器として成長していくのか。どちらの選択肢もあると思います。ただ、noteが目指す大きなミッションの実現には、コンテンツ流通のインフラを提供する会社として、上場によるクリエイター・ユーザーの層の拡大、認知のさらなる向上、社会的信用の確保が不可欠だと考えました。

noteは「街」

私たちはよく、noteを「街」にたとえています。賑わっている街には、たくさんの人々が集まり、クリエイターが集まり、お店などの商業施設や映画館・美術館などの文化・娯楽施設、学校や役所などの公共・教育施設もあります。明確な目的を持って街に来るひともいれば、特定の目的はないけれども何かおもしろいことを期待して街に訪れる人もいる。毎週何かのイベントがあったり、大きなお祭りが開催されたり。たくさんの人が街に集うことで、相互のインタラクションが生まれ、経済的にも文化的にも街が発展していく。そのような街をつくっています。

街づくりは、一朝一夕にはできません。上場は、より多くの人にこのnoteという街を知ってもらい、街にお招きするための準備を整える。あそこの街に行くと何かおもしろいことに出会えるよ、チャンスがたくさんあるよ、夢がかなうよ。街のインフラを整えて、そのような認知や体験を積み重ねることで、よりこのインターネットの街を大きくしていきたいと考えています。

noteはインターネットの「街」

上場は、ミッションに向かうための通過点

このような考えから、IPOというコーポレートアクション単体で見るのではなく、もっと長期的な目線で会社の達成すべきミッションとそこに至るまでの道のりを考えたときに、長期的な成長のためには今IPOすることが必要だと考えました。もちろんマーケット環境が良いに越したことはないですが、noteの目指す大きなミッションの実現に向けては、上場は遅かれ早かれ通過すべきもの。上場がゴールでないからこそ、上場というマイルストーンは早く通過して、その先のミッション実現へ向かった方がよい。

もちろん、今年のマーケットでIPOを延期し、未上場市場でさらに調達して数年後の上場を再び狙うという会社もあると思います。IPOプロセスを実際に経験して思うのは、どの会社にも上場に向けたドラマがあり、IPOに正解はないということです。むしろ、選んだ道を正解にするのがスタートアップとしての正しい心構えでしょう。

私としては、会社の選択を未上場時に投資いただいた既存株主の皆様にも理解いただき、大変感謝しております。

今年の上場でよかったこと

IPOの成否は、会社やサービスがそれによってどれくらい成長できたかという意味で、少なくとも数年は経たないとわからないと思います。IPO後に株を買う投資家にとっては最初に低い価格の方がその後リターンを上げられる可能性が高まったり、マーケットの地合いが悪いからこそ投資家からのシビアな目線に鍛えられて上場スタートアップとして力強く成長するという見方もできるかもしれませんが、会社の資本政策という観点ではマーケット環境が良い時に調達できるに越したことはありません。

ただ、現時点で、今年12月の上場で一つよかったと思うことがありました。それは、上場の喜びを社員のみんなとも現場で分かち合えたことです。

2020年のコロナ禍以降、東証での上場セレモニーは参加人数が制限されており、上場セレモニーが中止になったり、セレモニーが再開された後も人数が数名に限定されるなど、制限がありました。この冬からそれが少し緩和され、まだまだ一部ですが役員以外の社員とも現地で喜びを分かち合うことができました。特に、IPOプロジェクトで苦楽をともにした上場準備チームも現地で参加できたのは、CFOとしてとても嬉しく感じた瞬間でした。株式マーケットの度重なる下落に頭を悩まされ続けた「スタートアップ冬の時代」2022年の最後に、少しだけ苦労が報われたと感じる瞬間でもありました。

先に書いたように、上場はnoteにとってミッション実現に向けたマイルストーンの一つでしかありません。日本はもちろん、世界でもユニークなサービスであるnoteを、ここまで伸ばしてきた社員、支えてくださった株主や取引先、ステークホルダーの皆様、そしてなにより、日頃noteを利用いただいているクリエイターのみなさまに感謝しつつ、これからも「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする。」というミッションの実現に向け、今後もクリエイターとコンテンツの未来を創っていきたいと思います。

2022年12月21日 東京証券取引所にて。

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