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産学連携を推進するために知財関係者が知っておくべき現状と将来への展望(山口大学・佐田洋一郎先生との対談)

本稿は、知財ぷりずむ2018年9月号に掲載された「知財から見た 産学連携のリアル(連載第1回)」を改題、転載したものであります。

産学連携の隆盛は国立大学の法人化から始まった

加島 佐田先生には10年前にも本誌(2008年7月号)にて「初めて知財を担当する人のための大学知財の基礎入門」という記事を寄稿していただき、産学連携に取り組む多くの方にとって先生の記事は今でも活用されていますが、当時から10年が経過しまして産学連携を取り巻く状況は変わりましたでしょうか?

佐田 産学連携の数は増えて来ましたが、内容面はあまり変わってないです。

加島 あまり変わってないですか。私の認識の中では、大学も企業も、産学連携のノウハウがある程度体系化されてきているのではないかと思っていたのですが。

佐田 大学は現在、全国で777校あったと思いますが、最初に取り組みだしたのは時期の前後はありますが、主に国立大学(87校)と有名私立大学でそこで重点的に、知財整備事業が始まったのです。そして、この産学連携活動は、基本的には2004年の国立大学の法人化と絡んでいます。小泉首相が当時掲げたチープガバメント政策で、公務員全体の人数減らそう、あるいは整理・統廃合しようという中で、大学にいる教職員全員を、公務員から非公務員にするという方針がでたのです。その時日本の国際競争力が1990年初頭のトップから2002年には32位まで急落しており、これをどうやって回復するかというときに打ち出したのが、4つの知財立国推進体制で(次ページ参照)、行政・立法・司法・大学での柱を立てたのです。これは大学改革の取組みより前のことで、大学が保有している内部知的資産や知的財産、これをもっと活用して、その知を産業界に移し、活用を図れば、日本の国際競争力が回復するのではないかという声がでたのです。そういうことから、大学自体としては、もっと技術や研究成果を世の中に普及することは、大学の(研究機関、高専等を含め)責務とまで平成14年に制定された知的財産基本法に盛り込まれたのです。国立大学の法人化というのは、平たく言えば民営化、企業化ですから、企業と同じ感覚で大学を運営していくことが一方では期待されたのです。

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佐田 大学の法人化に伴い、行政改革の一環として国から大学への交付金が毎年1%ずつ下げられるようになったのです。毎年1%くらい大したことはないように見えるのですが、私が山口大学に来てから累計で交付金が確か15%+α程下がっているのですよ。交付金が法人化前には150億来ていましたので、いままで30億減額されたのです。これは、人口減少に伴い将来の学生数の減少等も考えれば「当然、法人化になった大学は考えているでしょう」というのが財務省の言い分だったそうです。一方で、文科省は大学に対して、「法人化と言っても何も変わりません、言い方が変わっただけです」と説明してきた経緯がありました。しかし、そういう中で、めざとく機を見ている先生もいたわけです。そういう人は、研究費は当然下がってくるという読みで動き始めていたのです。それが産学連携活動で、つまり民間等から金を獲得しないと、必要な研究費が実質的に確保できないという事態です。これは、法人化の道筋の一過程だと言い切る有識者がおられましたが、現にその通りになってきています。そう言った人から見れば、今になってなにを慌てているのですか。だから、共同研究でもなんでもやらないと、お金が入ってこないということになります。交付金以外に、科学技術研究費という補助金制度がありますが、採択率は全国平均で25%です。ということは、4人に1人しか当たらない難関です。国立大学では交付金から教員に支給される教育・研究費は平均で50万円前後、地方大学の中には30万円を切っている大学もあります。これは「月ではなく年間です」というと、企業の方は大概驚かれます。

加島 1人当たり年間の研究教育費が、50万円を、中には30万円を切る?

佐田 私が15年前に山口大学に来る前は、1人当たり年間の教育・研究費が100~150万円以上あったそうですから、それが今や3分の1くらいに減ったことになります。しかし、先を見据えていた人は、15年前の法人化あたりから産学連携活動に取組み始めていたのです。中には、産学連携は面倒、と言う人がいますが、第三者からお金をもらうのですから当然と言えば当然です。銀行なら、厳格な審査があり、最後はそのお金返さなきゃいけないはずです。財務省が「大学は全然状況が理解されていないのではないですか」と文科省に対して言っていると聞いたことがありますが、財務省にしてみると当然の発言をしたまで、と思っていることでしょう。

加島 自分たちでちゃんと稼いで来いですか。

佐田 そう。稼いで来なさいと。今は平成28~32年度の第5期科学技術基本計画に当たります。科学技術基本法に基づいて、大学ならびに研究機関等に出している金は、だいたい年間5兆円くらいなのです。1期が5年で25兆円。2期、3期、4期、5期、今5期で、多少の増減はありましたが、だいたい同じペースです。だから、法人化前と比べても、大学や研究機関等に行っている金というのは、ほとんど違っていないのです。ただ、一律にまんべんなくもらうお金は下げて、競争的資金は増えているのです。財布の中身をちょっと変えただけというのが政府筋の説明です。

加島 他にも大学にとっての産学連携のメリットとかありますか。

佐田 大学の中で、先生が企業とやる理由は、さっきも言いましたように、共同研究費の獲得がありますが、中には、研究テーマを見つける手段に考えている先生もいます。先生のところには、普通、学部4年生や、マスター、ドクターがいます。その彼らに教員は、研究テーマを与える必要があります。学生が15人いれば、研究テーマを15個用意してやらなくてはなりません。自分で、なかなか出せない場合、企業との共同研究をしていると、企業から出された課題が参考になり、助かることがあるとよく聞きます。課題やテーマをいろいろと出してもらうことができるというメリットは、研究現場では無視できないことのようです。

加島 企業が大学にアプローチするときには何らかの課題があり、それが研究テーマに繋がるということですね。

佐田 企業はただ遊びに来たわけじゃない。なんらかのテーマを引っ下げてきて、これをなんとか解決できませんかと言ってきます。その解決プロセスが研究力の向上になるのです。テーマの一つ一つを解決することにより、研究力の向上と研究目標の多様化が図れ、学生の研究意欲も高まります。こういったことが教育環境を充実させることになります、という話を先生方から聞きます。

産学連携が始まるきっかけについて

加島 山口大学の場合、大学から企業に対して連携のアプローチするケースが多いのか、それとも、企業のほうが大学にアプローチしてくるほうが多いのか、いかがでしょうか。

佐田 どちらから多いというより、双方向です。大学からのアプローチというのは、形はいろいろありますが、たとえば、学会発表会、新技術発表会とか、それ以外にもイノベーション・ジャパン等での展示会などで、大学の技術を企業にアピールすることですね。それを見た企業が、教員のところにアプローチする、というパターンが多いです。

加島 それは、大学が展示ブースを出すということでしょうか。

佐田 そうですね。イベントの企画をするところに、先生が直接あるいはURA(リサーチアドミニストレータ)やCD(コーディネータ)が代理で応募します。こんな展示をやりたいと申請して、採択されれば、そこに大学のブースが確保され、先生の研究成果をパネルやパソコン動画、実物等で展示します。ブースは少しお金がかかりますが、企業へのアピールのチャンスなので、そこは大学が補填しています。学会発表や論文発表だと、来てくれるのが大企業という傾向ですが、イベントはもっと層がひろがります。

加島 学会発表等は中小企業になると、そこまで手が回らないのですか。

佐田 回らないようですね。以前アンケートを取ったことがありましたが、論文等はあまり読まれていないのが現実です。そのため大学は、地域の交流サロンとかを積極的に利用しています。最近は、地方自治体が熱心に、企業と大学、あるいは公的研究機関が一同に会する場を作り、軽い飲食付きで名刺交換したりしています。山口大学の場合ですと、宇部市や下関市、岩国市などで毎月か2カ月に一度開催され、主にURAやCDが情報を収集して、研究者に伝えています。

加島 大企業と連携するのと、地元の中小企業と連携するのは、割合的にはどんな感じですか?

佐田 どうしても大企業のほうが多いですね。中小企業については、これから掘り起こしをしないといけないと考えています。地域の中小企業を元気にしなければということを、大学全体で取り組んでいます。中小企業への支援策ということで、本学では特許の無料開放を全国大学初で取り組んで、地域貢献を考えています。以前は先生個人の活動だったのが、今は組織活動になりましたので、大学にとっては大きな変化だと思います。

加島 個人活動だったのですか。

佐田 はい、個人として動いていました。法人化前ですが。しかし、それだと先生の交渉力にもよりますが、対価も低くあまり正統な評価がされていない傾向がありました。共同研究成果の特許権も、特許の知識がないため、わずかな研究費と引き換えに企業に全部持っていかれるという状況が繰り返されていたのです。中には良い研究成果に係わらず、論文発表だけで終わっており、企業としては事業化しにくい状況も散見されていました。そういう背景もあり、特許の管理も含めて、組織全体でやりましょうということで、大学に知的財産部署が設けられたのです。併せて産学連携部署の機能を強化して、そこで研究者を紹介し、産学お見合い企画に取り組んでいます。企業から「こんな研究してる人はいませんか」というアプローチがあれば、最適な研究者を紹介しています。ホームページで探す方が多いようですが、直接来られる方もウエルカムですので、気楽に活用して頂きたいと思います。

加島 産学連携部署にそういうアプローチしてくるのは、地元の中小企業ではなくて大企業のほうが多いですか。

佐田 中小企業にはどうしても敷居が高いみたいですが、最近は徐々に低くなっているようです。たとえば、山口大学には山口TLOという、大学の研究成果を企業に移転を専門に扱っている技術移転機関があります(平成10年に制定された技術移転促進法の実行機関の受け皿として設けられたのが、この技術移転機関「TLO」です)。会員システムで運用しており、主に地元中小企業が多いです。このTLOを通して、研究者を紹介する形を取っています。学会やイベント等での出会い型や、申し込みが来ての紹介型とか、出会いの形はいろいろです。

産学マッチングの相性について

加島 産学連携をする時に、相手と、たとえば相性が合う合わないとか見ていますか?全部が全部、申し入れがあったときに受けているわけでもないと思うのですが。

佐田 相性も大事ですけども、産学連携をやりたい先生と、やりたくない先生がいるのです。いい研究しながらも、企業と連携するのは面倒くさいと思っている先生も現にいます。報告書をいついつまでに出してほしいとか、特許出願するまでは発表するな、等の制約を嫌がる先生もいるので、それを見極めなければなりません。たとえば、いい研究していそうな人を発見した場合、その人のホームページや研究者情報のサイト等で、共同研究している人かが判ります。あるいは、その人の名前で特許情報を検索すれば、その人が過去に企業と共同で特許出願しているか判ります。特許情報は、研究者へのアプローチに極めて有効です。

加島 そうですよね。J-PlatPatで調べれば、共同出願とか、名前を入れれば出てきますね。

佐田 いい研究ながら、論文が出ているのに特許出願はしていないとか、出願はしているけど単独だという研究者には、単独踏破タイプの方が多いです。もちろん研究費は手に入れたいので、そういう人は、国の科研費や自治体や行政機関等の研究費補助金とかに応募して、自分の思いどおりに研究しています。
ただ、産学連携というスキームは、何が良かったと言うと、大学の運営なりを、産業界に近づける、いわば産業界が先生になってくれるということです。企業は、研究や開発から、商品やサービスを生み出し、世の中に受け入れられるために、世の中を観察分析して、常に世の中のことを考えています。一方、先生方の研究の究極の狙いは、自分の研究成果が教科書等に載ることです。特に、これまで企業と係わって来たことがない先生は、自分の信念や執念、ご本人自ら研究を趣味だという人もいますが、そんな世界で過ごしてきています。

加島 研究が趣味ですか。

佐田 そうです。趣味の定義はいろいろありますが、だからこそ没頭してやれるのかも知れません。ですが、ノーベル賞をもらった大村先生が仰っていたように、世の中の役に立つのが、本当の研究なんだと。世の中の役に立つものは何なのか、役に立つためにはどうしたらいいか、ということを一番知っているのは企業です。先生方の多くは、ずっと学生のときから大学にいて、産業界のことなんてほとんど考えてもいないし、情報も持っていない。特許出願を出すタイミングもわからない。そういう状況下で過ごしてきた人が、企業との共同研究等をきっかけに、自分の研究を実装化し、世の中で役立つことに目覚める。そこを期待しています。産学連携は言わば訓練の道場です。一番恩恵を受けているのは先生方だという人もいるくらいです。

加島 そうですよね。独立法人化から、今もう15年くらいになると思うのですけど、それで結構、先生方のマインドも、特に若い先生のマインドは、だいぶ変わってきているのではないですか。

佐田 そうですね。法人化から時間が経って産学連携を受け入れる状況ができています。その中で採用された若手の先生方は、企業が入ってきて一緒にやるのが当たり前のように感じていると思います。一方、60歳を越し、定年間近の教授の方々は、DNAに染み込んでいるのか、昔の文化のままの人が多く、共同研究なんかふざけるな、研究者の魂を売るのか、と言わんばかりの人もいます。もちろん全部じゃないですよ。そういった先生方にも、先程いったように、世の中の役に立つことの重要性を判っていただき、そのためには産業界を師とする気持ちも持っていただきたいと思っています。
今、大学の経営にも、まさに産業界の人を大学の経営者にいれたらどうかという動きもあるようです。企業人と連携することによって、大学の運営を法人化後15年も経ったのだから、もう少し法人らしく企業寄りにしたらどうかという言う有識者もいます。

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企業と大学との間の契約について

加島 実際問題として、企業と連携すると、共同研究契約や共同出願契約等の契約の問題が出てきたり、特許の出願の費用はどうするかという問題が出てくるかと思います。また、一昔前には契約書のテンプレートに不実施補償 が入っているケースがありましたが、企業との契約について最近の状況を教えて下さい。

佐田 法人化前までは、文科省作成の雛形で対応していました。契約部署に担当者が、1人くらいが頑張っていて、これでやってくださいと言って、交渉じゃなく通達だったのです。しかし、法人化以降はできるだけ話し合いで決めましょうとなりました。でも大学ごとにかなり状況が違っていました。特許出願の経費は、もともとは法人化前までは国有特許だったので、出願料や年金等は無料だったのです。それを法人化で、各大学が出願も含めて特許権の管理はそれぞれの大学ですることになったのです。出願するか否か、維持するか否か、等といったことはそれぞれの独自性で決めていくわけです。そうすると、その経費も当然のことながら、大学の経費から出しなさいということですよね。そうなると、大学財務からは特許に係る経費の削減が当然求められます。そのため企業からの実施許諾のロイヤリティ等を、経費に充てなくてはなりませんので、産業界には不人気な不実施補償とかをお願いしなくてはならなくなります。せめて特許出願経費を稼いで来なくては、コストセンターと言われ、学内で居場所がなくなります。企業としても、勝手に共同研究成果を公開されてしまわれては困るわけです。そこで知財管理部署としては、先生には、お金をもらっている以上は、約束をしっかり守ってくださいとねと、注意を喚起することになります。

加島 大学として、企業に対して知財に関して主にどんな要求するのですか?

佐田 知的財産に関して、特許出願費用を出してもらいたい、とか、実施料をもらいたい、というのが定番です。実施料というのは、企業からしますと価格に転嫁されるのです。そのため、価格に反映しにくい研究費(継続している場合には翌年の研究費)に、実施料分を上乗せしてもらう方法も取ったりします。実施料だけにあまり固執して要求しないほうがいいようです。もちろん、相手の企業によっては、税金の関係で毎年ロイヤリティを払ってもいいということもありますし、会計処理のため一時金の形で全部払いたいという場合もあるようです。いろいろ事情がありますので、よくコミュニケーションを取っておくことが大事です。

加島 今、それぞれの大学で、自分たちの雛形を作って、それで交渉している状況ですか。

佐田 法人化前までは、大学における全ての管理は、文科省の付属機関との位置づけだったので、文科省が決めて、このとおりやれと言われていたのです。これが法人化後は、急に自由にやりなさいということになりましたので、面食らった大学は少なくなかったと思います。法人化後でも、前の雛形を相変わらず使っている大学もありましたが、いち早く切り替えたところもありました。山口大学は直ちに切り替えました。

加島 企業からすると、なぜ不実施補償を払わなければならないのかと思っているところもあるかと思いますが。

佐田 特許法では共有特許は、双方が自由に実施していいということになっています。しかしながら実施行為が法律(国立大学法人法)で止められている国立大学にとっては、何らかの形で実施料等を確保しておかないと、先生へ満足のいく発明の報奨金が払えなくなります。そうなると先生のモチベーションが下がり、ひいては企業にとっても、結果的にはマイナスになってしまいます。文科省から配給されています交付金は教育・研究のためであり、特許の報奨金の財源とすることは、説明がつきません。その他の財源としては特許の実施料と共同研究の間接経費があります。共同研究費の中を詳しくみますと、直接経費と間接経費に分けられます。直接経費は、研究者が研究に直接活用する経費です。間接経費は、研究者の研究活動を支援する経費です。例えば事務経費とか光熱費、設備費、空調代、ネットワークやサーバー経費等々で、企業から支払って頂いた研究費の10%~30%が間接経費になります。アメリカでは50%という大学もあります。この間接経費は、大学の財務に集められ、先生の研究活動始め、大学の運営に使われています。もちろん特許の出願や維持管理費にも活用されていますので、共同研究費はもちろん、この間接経費は知財担当者からすると、大変ありがたい財源になっています。

大学という宝の山を掘り起こせ

佐田 大学の先生は、研究の成果と、研究のネットワークと、研究室にいる学生という3つの財産を持っています。そうすると、企業にとっても、先生の能力の結晶である研究成果を使いたいという場合と、先生のネットワークを使って国内のみならず、海外に向かっていろいろと情報収集や発信をしたいという企業もあるのです。更になかなか学生をとれないので、ぜひ先生のお力添えでいい学生を紹介してくれませんか、という人材確保の目的の場合もあります。産学連携にはいろんな思惑や狙いがありますが、結果としてお互いにウインウインになれば理想ですね。先生自身は自分の財産を気が付いていないこともよくありますので、皆さんから財産を掘り起こし、活用してあげるといいかと思います。

加島 そうですね。意識もしてないでしょうけど、企業から見たら、それがすごい財産となるのですね。

佐田 先生方のその財産は、そばで見ていてすごいと思います。企業が自前で同様な財産を構築しようとしても、一朝一夕でできるものではないのです。しかしながら、大学の財産の多くは眠ったままになっています。ようやく産学連携活動で、試掘採掘が始まったと言って良いでしょう。そうして掘り出されて事業につなげて、企業や産業の活性化、ひいては国民の福祉の向上に還元できるのです。大学はキャンパス鉱山と言われて、その鉱山の中にはいろんな鉱石、鉱物が埋まっています。今皆さんは、主に特許だけに注目していますが、それ以外にまだまだ沢山あります。先生の論文や学生そのもの、研究設備や実験装置等々です。これらの中には、中小企業ではどこももっていないような設備や器具が大学にはそろっています。よく知的財産権と言いますが、大学の知的資産や知的財産にも目を向けてほしいところです。

加島 大学の知的資産、知的財産とは何ですか?

佐田 大学の知的財産とは、研究論文、学会発表、報告書、監修、コメント、試作物等です。知的資産は、学生、院生、ポスドク、教員、試験装置、研究設備、クリーンルーム等が入ります。最近では、知的資産である大型顕微鏡や測定器等の研究設備や試験装置を地元の企業に開放して、企業の技術レベルを上げてもらおう、という取り組みが始められています。山口大学は、比較的低廉で利用できるシステムを組んで、周辺企業に活用を呼びかけています。これらは産学連携活動として、社会貢献の一環で、敷居も低くなっています。大学の活用で皆様方の活力を上げるために、大いに活用して頂きたいと思います。

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加島 おそらく、地元の中小企業はそういうのを使えること自体をあまり知らないし、使いたいと思っても、ハードルが高くて躊躇してしまうようです。あと一見して易し過ぎる課題については、先生にそんな簡単なことを持ってくるなと言われてしまう、ばかにされるのではないかという心配も企業にはあるようですが。

佐田 そんなことは決してありません。研究者にとってみると、そんなニーズがあったのかと、感激すると思いますよ。大学の活用を企業にどうしたら普及できるかということを、いろいろと考えております。
最近面白い事例を見つけました。大学による監修の活用の例です。白ハト食品が市販した大学芋に、東京大学医学部栄養管理室監修と商品に明記されて売り出した元祖大学芋です。なんとなく身体によさそうという気が起きますね。この監修は大学の知的財産を見事に活用しており、我々大学人として、大いに参考になることです。企業は多少のロイヤリティーを払っても、商品力のアップにより、そのコストの回収はできているはずです。

加島 大学のお墨付きにより宣伝効果を高めるということですか。

佐田 そうです。大学の信用力を、もっと企業は活用すればいいと思いますね。興味を引く事例をもう一つご紹介しましょう。喉がイガイガした時とかに食べるのど飴があります。こののど飴は、いろいろなメーカの商品が店頭に並んでいます。その中で目を引くのがカンロ(株)のボイスケアのど飴です。パッケージには、音楽大学(国立音楽大学)との共同開発と表記されています。音楽から声が良くなるとの連想が働き、思わず手に取ってしまいます。これらは、大学の知的資産、つまり信用力をうまく活用しています。ここで事例に上げたものは、企業から大学に提案したと聞いています。大学の活用も創意工夫です。これらも産学連携の一環ですので、大いに挑戦してみてください。

加島 特に地方では大学の信用力は大きいですからね。

佐田 先程も言ったように、大学はキャンパス鉱山ですから、いっぱい財産が眠っています。だから、産業界の方々には、その鉱山から宝を掘りだす能力を身につけてもらいたいですね。同じ山を見ても、財産にできる人と、素通りする人がいますよね。それと同じです。大学に赴任して15年間産学連携活動に立ち合いましたが、それなりの収益を確実に上げている企業は、実にうまく宝を掘り当てて、実にうまく事業に活用しています。皆さんにも、そんな、いわば山師の感覚で大学の財産を見つけていただきたいですね。

大学と企業との間のトラブルを未然に防止する方法

加島 産学連携を知財の面で見たときのトラブルと言いますか、大学側の知財に関する考えと、企業の考えがなかなか折り合わなかったりとか、たとえば、論文発表といった大学の先生の一番のミッションに対して、特許出願しないと発表できないという先生のもどかしさとか今でもありますでしょうか。

佐田 ありますね。

加島 逆に、先生が思わず発表を先にしてしまって、企業からしたら、どうして先に発表するのですか、といった事例とかもあるのではないですか。

佐田 その問題は、先生とのコミュニケーション不足からくるものだと思います。先生は、学生を卒業させなければいけない。あるいは、マスター1年から2年に、マスターからドクターに上げなければいけない。そういう時には、必ず学会発表や論文発表が必要になり、発表させてやらなくてはならない。これらは、先生にとっては大事なミッションであり、当然な季節作業となっています。学生・院生たちは、時間に追われて研究をし、ギリギリのところで発表準備をしています。企業としては、こういったタイムチャートを把握していないと、無断で突然発表された、と言う話になってしまいます。こういった、先生にとって当然の情報、つまり、共同研究に係わる学生、院生、教員等の諸々の各種スケジュールを、企業自らで把握することが、第一歩の仕事になります。更に、もしその先生が科研費を取っているのであれば、科研費の報告の時期はいつなのかも把握しておけば、トラブルも起きにくいと思います。

大学は特有のサイクルで動いていますから、研究の進捗を常時見ていて、その中から適宜特許のなりそうなものを引っぱりだしてやることも大切です。教員の習性として、共同研究の最後に特許出願を考えようと思っている人が多く、大学の特許は集大成した論文の副産物と考えられている傾向があります。そんな中で、企業側からの研究途中での特許出願のアドバイスは、教員にとっては目からウロコで有難いはずです。教員自身は、企業がどんな情報を欲しているかがよく判らないことも多いので、企業側から積極的なコミュニケーションを図ってもらえると助かりますし、独法化から15年経ち、産学連携コーディネーターやURAといった大学と企業をつなぐ人材を確保している大学も多くなってきていますから、そのような人達に相談することも大事です。

いずれにしても、産学双方向からコミュニケーションをきちんと取ることで、トラブルは回避できると思います。余談ですが、コミュニケーションということで、企業側にもう一つお願いしたいことは、教員と面談する際には、予めその教員の論文等に目を通して、2~3ほど質問を用意しておいてもらいたいですね。教員との会話もはずみ、その後のコミュニケーションがスムーズにいくことが多いですから。

連携先の大学の見つけ方

佐田 企業が連携先の大学を見つけるにあたって、先々月(平成30年5月)、経産省と文科省が共同で大学ファクトブック というのをホームページで公開しました。ここに、共同研究とか研究状況の全部のデータが大学ごとに開示されています。

加島 これは誰でも閲覧できるものですか?

佐田 誰でもできます。大学の研究者数、共同研究、受託研究件数と受け入れ額も出ていますので、一件一件の額の相場の見当がつくと思います。特許出願件数やその技術分野が示されていますので、どの分野に強いとかも判ります。産学連携の内幕情報ですので、ようやく開かれた大学という感じになったのではないでしょうか。

加島 これがあると、企業としても、マッチング先の大学を見つけるのに役立ちますね。

佐田 そう、大学の様子もこれでわかると思います。しかも、便利なことに、産学連携担当部署の担当者名やアドレスも表示されていますので、どの大学のどこに、どのようにアプローチすればいいかが判ります。

加島 このような情報が公開されているということ自体が、まだそれほど広まっていないですよね。

佐田 そうですね。これからですね。どんどん周知して、ぜひ皆様に活用してもらいたいです。

地域の活性化のために

佐田 大学の研究成果を産業界にうまくビルトインして、国が取り組んだ成果をうまく国民に還元するというスキームは、多くの国でやっています。周辺諸国をみれば、韓国や中国、台湾でも動いています。アメリカの場合は、大学の研究と併せて、軍事研究からの成果を、どんどん民間で活用を図っています。国防の予算で生まれた研究成果を皆で分かち合っているのです。韓国では産学連携を日本より後から取り組んだのに、今や日本より活発に機能して、サムスンやLGとかは、その恩恵を大いに受けていると聞いています。日本の場合は、大学の自主性に任せていますので、なんとなくモタモタしているのでしょう。

加島 もたもた状態ですか。

佐田 前に言いましたように、日本の国際競争力がかつて32位まで急落してから、知財立国を打ち出したものの20何位まで回復ができたのがせいぜいで、それ以上なかなか浮上していません。以前は1位を走っていたのですから驚きです。もっと産学連携を活発にという掛け声がこのところ大きくなってきていますが、大学の研究に限らず、国の研究機関、自治体の研究機関、あるいは産業界、特に中小企業へのもっと手厚い支援等と、日本全体の活性化を考える必要があると思います。私が思うには、特に、地方を元気にすることが必要です。今の日本は、関東、中京、関西という限られたエリアに、人口も産業も集まり過ぎています。

加島 南海トラフとか首都直下型の地震があったら、日本の機能が壊滅的になるとの報告が先般されていましたが。

佐田 ええ。そういう意味でも、各地方の大学がいろいろ持っているリソースを活用する方向に舵を取る必要があるでしょう。総務省や文科省等も、地方を元気に、ということで、いろいろと施策を打ち出しています。その一つとして、産学連携による知財活用があります。つまり、大学の研究成果を特許等の知財権で固め、企業、特に地方中小企業にうまく活用してもらうのです。論文の発表だけだと、発表された技術で事業化した場合、価格競争になりかねないため、「あなただけですよ」という状態で地方中小企業に移転します。地方で進めていかないと、一極集中で大地震や津波、豪雨等が襲って来た時に、国のリスク管理は一体どうなってるということになるでしょう。

加島 地方大学のリソースで、地方を元気に、ですね。

佐田 ただ、地方の大学は、なにせ運転資金が枯渇状態で、国内出願の経費の捻出もままなりません。そこで私は、国選弁護士みたいな制度が、特許の世界でもあるといいなと勝手に夢想しています。国選弁護士は2分の1か3分の1の経費で、いわばボランティア的にやっていると聞いています。それと同じように、国選弁理士という形ができるとありがたいのですが。弁理士の数は今や、1万人を超えています。大学の特許出願件数、年間約8,000件です。1人1件、ボランンティアをお願いできれば片付きます。

加島 弁理士1万人で割れば、年間1人1件、社会貢献しましょうということですか。

佐田 大学特許を1年に1件。日本のイノベーション推進活動や、地域の貢献活動のための国選弁理士活動(仮称)に参画していただけませんか、ということをお願いしていきたいですね。

加島 ちなみに、それに対する弁理士会とかの反応はどうですか。

佐田 それは、個人個人が事務所を経営していますので、弁理士会としてはなかなか言えないと、弁理士会の執行役員が変わるたびに言われます。ただ、国選弁護士制度も、個人発生的に出てきたと聞いています。福岡の個人事務所の所長さんが、弁護士を雇うお金がない方を知り、お金の有無で法の下の平等がされていないことを、なんとか解消したいと思って始めたことがきっかけで、今や全国に広がったのだそうです。

加島 そうですね。そこはやっぱり、志ですか。

佐田 ですよね。だから、知財の世界も、イノベーション活動や地域貢献を目指している地方大学が、お金がないことで出願をあきらめる、ということにならないよう、弁理士の皆様にご理解を頂き、国選弁理士制度(仮称)としてご協力を賜れれば、有り難いと思っております。

加島 それは本当に、志願制というか、登録制にしてもいいのかなと、今お聞きして個人的には思います。社会貢献したい人だけ登録して、それで、10分の1の1,000人、5分の1の2,000人とか、数が増えれば増えるほど、実現性も高まってくるわけですし。

佐田 そのとおりです。ご理解、有難うございます。弁護士は社会正義のためと、胸をはりますよね。弁理士にも、「イノベーション推進や社会貢献のため」というようなキャッチフレーズがあるといいですね。そうなると、先程、加島先生が「志」と仰いましたが、その志がはっきりしてきて、弁理士さん方も、大学でも気持ちよくご活躍して頂けるようになると思うのですが、いかがでしょうか。

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