一粒の勇気 #ウミネコ文庫応募作品
陽菜は困っていた。
小学校で一番の仲良しである、英真ちゃんを怒らせてしまったのだ。きっかけは些細なこと。
英真ちゃんと遊ぶ約束をしていたけど、陽菜がお母さんとのお出かけに行ってしまったからだ。
陽菜の家はお父さんがいない。お母さんは仕事で忙しく、夏休みの間もずっと家にいなかった。それが突然お休みをもらえたとのことで、お母さんと一緒にお出かけできることになったのだ。
陽菜は嬉しくて、英真ちゃんとの約束を断ってしまった。電話で「ごめんね」と言ったけど、英真ちゃんは「ずっと前から約束していたのに」と怒って電話を切ってしまった。
夏休みということもあって、それからずっと英真ちゃんとは話していない。
英真ちゃんはいつもピアノや水泳などの習い事で忙しい。きっと、夏休みの間も忙しいのに陽菜のために予定を空けていてくれたのだろう。
英真ちゃんに、ちゃんと謝らないと。
そう陽菜は思っているけど、何だか電話もしづらい。1回だけ英真ちゃんの家に電話をかけてみたけど、英真ちゃんのお母さんに「ごめんね、お腹が痛いみたい。また今度かけてくれる?」と言われてしまい、そこから電話をかけていない。
このままでは夏休みが終わってしまう。仲直りしないまま新学期になるのは嫌だ。早く仲直りしたい。
そんなことを考えながら商店街を歩いていたら、目の前にいた人とぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
とっさに陽菜は謝った。前を向いて歩いていなかった陽菜が悪い。顔をあげてぶつかった相手を見て、陽菜は目を丸くした。
そこにいたのは、陽菜より年上のお姉さんだった。高校生か、大学生。雑誌のモデルやテレビで見るアイドルのようにきれいな人。
「いや、大丈夫だよ。お嬢さんこそ、怪我はないかい?」
陽菜は一瞬みとれてしまったが、お姉さんの声にハッとして、慌てて返事をする。
「だ、大丈夫です」
「そう。それなら良かった」
優しい人で良かった。安心した陽菜は、ペコリとお辞儀をしてそのまま歩きだそうとする。そこへ、お姉さんが声をかけてきた。
「何か、困りごとかな」
「え?」
「気がかりなことがあるんだろう?」
お姉さんの言葉に、陽菜はびっくりした。何も言っていないのに、陽菜が困っていることを言い当てた。
「どうして」
「うつむいて歩いていたからね。困りごとなら相談にのってあげよう。私はそこの店の店員だよ。ほら、おいで」
知らない人について行ったらいけない、と学校でも、お母さんにも言われているけれど。
商店街のお店の人なら大丈夫。お姉さんの家に行くわけではない。そう思って、陽菜はお姉さんの後をついて行った。
お店へ行く途中、陽菜は英真ちゃんを怒らせてしまったこと、仲直りしたいことを話した。お姉さんは「それなら良いものがあるよ」と言い、お店に入るなり戸棚をあさり始める。陽菜は黙ってその様子を見ていた。
しばらくして、お姉さんは、半透明の紙に包まれた粉を陽菜に見せた。
「この粉薬をお友達に飲ませるといい。毒じゃないよ。味も匂いもほとんどない」
いつも風邪をひいたときは粒の薬を飲んでいる陽菜にとって、目の前の粉薬は見慣れないものだった。
「これは何の薬ですか?」
「この薬を飲むとね、心が広くなるんだ」
「心が広くなる?」
心が広くなる。陽菜の知らない言葉だった。
「簡単に言うと、優しくなるってことさ。だから、君が何か言ってもすぐに許してくれるよ。安心して謝ることができるわけだ」
飲むだけで優しくなる薬。そんな不思議なものがあるなんて。不思議な薬を持っているこの人は、もしかして。
「お姉さんは魔女なんですか?」
「……そうかもしれないね」
お姉さんは「そうだよ」とも「違う」とも言わずに、ただ微笑んでいるだけだった。
「どうやって飲ませれば」
「簡単だよ、飲み物に混ぜればいい。そのお友達と、食事をする機会はないかな」
陽菜は悩んだ。英真ちゃんと会うことができないのに、一緒にご飯なんて食べる予定はない。そして、思い出した。
「もうすぐ、お友達のお誕生日会があります」
「それはいい。きっと、ジュースが出てくるだろう。そこにその粉を入れるんだ」
お姉さんは何だか楽しそうだった。
今日はクラスメイトの香乃子ちゃんのお誕生日会だ。
香乃子ちゃんはお金持ちで、とても大きい家に住んでいる。
お誕生日会にはクラスメイト以外の、陽菜の知らない子供もたくさん来ていた。英真ちゃんも来ていたけど、陽菜とは一言も口をきいてくれない。陽菜は悲しくなった。でも、それもあと少しの辛抱だ。
魔女のお姉さんにもらった薬を英真ちゃんのジュースにいれる。その後、英真ちゃんに「この前はごめんね」と言う。それだけ。
もし、ジュースに薬を入れているところを誰かに見られたら、飲み物の色が変わる粉だと言ってごまかす。お姉さんは薬以外にもたくさんの粉をくれた。お店で水に溶かしたものを飲ませてもらったけど、飲み物の色が変わるだけの、駄菓子みたいな味の粉だった。
何も怖いことはない。
でも、やっぱり。
それはズルをしているようで、陽菜は嫌だと思った。
陽菜は英真ちゃんのジュースに薬を入れることはやめた。結局、その日は英真ちゃんとは一言も話していない。目も合わせていない。
香乃子ちゃんのお誕生日会は、初めて会う人ともお話できて楽しかったけど、何だかさびしかった。
次の日、陽菜はお姉さんのお店に行った。
「お姉さん、お薬使わなかったのでお返しします」
「それはそれはご丁寧に。その顔だと、仲直りはできていないようだけど」
「はい。でも、英真ちゃんにお薬を飲ませるのはずるいような気がして」
「そうか、君は良い子だね」
お姉さんは優しく微笑んで、陽菜の頭をなでてくれた。そして、テーブルの上にあったオシャレなカゴから、何かを取り出して陽菜に渡す。
「そんな君にはこれをあげよう」
陽菜の手の上にあるのは、赤いキャンディーだった。
「キャンディー?」
「そう。赤い色をしているだろう。赤は、勇気の色だ」
「勇気の色」
「君はお友達に謝る勇気がないと見える。だから、このキャンディーを舐めて、勇気をもらうんだ。おまじないみたいなものさ。ずるいことではないだろう?」
公園の前を行ったり来たりしていると、こちらに向かって歩いてくる英真ちゃんを見つけた。
英真ちゃんはピアノのレッスンに行くときは公園の前を通るのだ。陽菜は思い切って声をかけた。さっきキャンディーを舐めたから大丈夫。
「英真ちゃん!」
突然聞こえてきた陽菜の大声に、英真ちゃんが驚いたような顔でこっちを見る。
「陽菜ちゃん、なんでここに」
陽菜は声をかけた勢いのままに、英真ちゃんに頭を下げて謝った。
「この前は一緒に遊ぶ約束だったのにごめんね!」
英真ちゃんは何も言わない。不思議に思って陽菜が顔をあげると、英真ちゃんは泣きそうな顔をしていた。
「私こそ、ごめんね。陽菜ちゃんは、謝ってくれたのに。陽菜ちゃんと遊ぶの、楽しみにしてたから悲しくなっちゃったの。この前の香乃子ちゃんのお誕生日会の時も言おうと思ってたんだけど、言えなくて」
陽菜も泣きそうだった。震える声で、英真ちゃんに尋ねる。
「じゃあ、仲直り、してくれる?」
泣きそうだった英真ちゃんの顔は、満面の笑みになった。
「もちろん!」
英真ちゃんの答えを聞き、陽菜も笑顔になった。
陽菜は嬉しくて、早く報告したくて、その後すぐにお姉さんのいるお店に向かった。
お店にたどり着く前に、レジ袋を持ったお姉さんを見つける。どうやら買い物をしていたようだ。
「お姉さん!」
「おや、この前のお嬢さん。……お友達と仲直りできたようだね」
「はい! お姉さんがくれたキャンディーのおかげです」
ありがとうございます、と陽菜はお礼を言った。キャンディーのおかげで、英真ちゃんに声をかけることができたのだ。
「それは良かった。お祝いに何かあげたいところだけど、あいにく買い出しの帰りで良いものが……ああ、そうだ」
お姉さんは、手に持ったレジ袋の中から、キャンディーの袋を取り出した。
「さっき買ったものだけど、キャンディーをあげよう。いちご味だよ」
「わぁ、ありがとうございます」
家に帰って、お姉さんにもらったキャンディーを取り出す。
手のひらにコロンと乗ったキャンディーは、見覚えのある赤い色をしている。
(あれ? このキャンディーって)
舐めてみると、やっぱり、食べたことのある味がした。
この前お姉さんにもらった勇気をくれるキャンディー。それと同じ味だ。
もしかして、あのキャンディーは。
勇気をくれるなんてデタラメで、普通のキャンディーだったのかもしれない。でも、陽菜はそんなことどうでもいいと思った。
だって、英真ちゃんと仲直りできたのだから。
<了>
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小学生向けに書いたつもりなのですが、ちゃんと児童向け小説になってるかしら?とドキドキです😣💦
でも、児童向けの作品は書いたことがなかったので、とても楽しく書けました✨
ウミネコ制作委員会様、とても素敵な企画をありがとうございます!
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