仮想通貨とフェイクニュース〜缶詰技術協会「食品と容器」2019年11月号巻頭随想です。

 東京海洋大学の大迫一史教授の紹介で、缶詰技術協会「食品と容器」2019年11月号に随想を掲載していただきました。

「仮想通貨とフェイクニュース」という題ですが、紙の新聞が読まれなくなった現実について考えてみました。

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 長年勤めた新聞社を今年1月に退職し、個人の会社を立ちあげました。
 
 1980年代、駆け出し記者の頃は、人生80年時代ということばが定着しつつありました。それが、いま「人生100年時代」といわれ始めています。

 定年の60歳を過ぎても同じ会社に勤め続ける選択肢もあるでしょう。

 しかし、第二の人生の長さを考えれば、気力も体力もあるいま、新しい世界に踏み出して、土台を作り始めておくことが大切だろう、と私は考えたのです。

 ジャーナリズムがかなり大きな転換点にきていると思ったのも独立した動機の一つです。

 新聞社を辞めたあとも、公益社団法人日本記者クラブの個人会員として、報道にかかわっているのですが、新聞とはまったく違う方法を試みてみています。

 私の郷里は広島県の瀬戸内海に浮かぶ小さな島です。対岸の尾道の高校にも渡船に乗って通っていました。

 その島で、中学1年生から高校3年の夏まで、家の近所100世帯前後に新聞を毎朝配達していました。そのアルバイト代から趣味に使うお金、1枚2千円以上するLPレコードや、ギター、高校生になってからはバイクのガソリン代などひねり出していたのです。

 地元の中国新聞,山陽新聞はじめ、朝日、読売、毎日、産経、日経、日刊工業など全国紙、それにデイリースポーツなどスポーツ各紙、それに尾道限定のタブロイド判の新聞など、全部で十数種類はあったでしょうか。特定の新聞だけ扱う専売店ではなく、どんな新聞でも扱う合売店でした。

 野球は昔もいまも広島カープのファンですが、島に届く新聞の締め切りは早いので、前夜のプロ野球の試合は途中までしかわからず、朝のテレビニュースを見て結果を確認していました。もちろん、夕刊もありませんでした。

 印刷締め切り時間の関係で、最新のニュースが掲載されない新聞でしたが、半世紀近く前はまだテレビのニュース番組も限られていて、政治、経済、社会の出来事を詳しく知る手段は新聞くらいしかなく、新聞が来るのを楽しみにしてくれていました。

 雨が降って、新聞が濡れても「ご苦労様、ありがとう」と受け取ってくれていたものです。島には日立造船はじめ造船所がたくさんあり、比較的裕福な人が多かったのか、個人家庭でも複数の新聞を購読する方も少なくありませんでした。

 ところが、テレビ番組やインターネットが国際ニュースから地元市町村の話題まで詳しく情報を提供するいまはどうでしょう。普段より配達時間が遅かったり、新聞が濡れていたりすると、お叱りの電話が販売店にかかってきます。そもそも購読者が大幅に減ってしまいました。

 2018年版総務省情報通信白書のデータによると、メディア別の利用率(2017年、平日)は、テレビ80.8%、インターネット78%に対し、新聞は30.8%にとどまっています。世代別にみると、新聞の利用率は60歳代でも59.9%で、若くなるほど利用者は減り20歳代はわずか7.4%という惨状です。

 新聞のありがたみは確実に薄れているのです。なのに過去の成功体験が忘れられないのか、インターネットが普及し始めた1990年代、インターネット広告は単価が低いとして、取り扱いには消極的でした。半世紀近く前から、新聞配達の現場を含めて新聞と付き合ってきた私には新聞社が根拠のないエリート意識をぬぐい切れないでいるように思えました。

 従軍慰安婦問題や原発事故の報道をめぐって、一部の新聞が事実確認を十分徹底していなかったり、偏った伝え方をしたりして、新聞がフェイクニュース(虚偽・捏造ニュース)の発信源であるかのように揶揄されるようになったのも残念なことです。

 新聞の記事は、プロの編集者、校正者、発行責任者(パブリッシャー)などによる幾重ものチェックを経ているので正しい、そう思ってきたのですが、距離を置いて眺めてみれば、新聞以上に信頼できる情報発信の仕方がいくらでもあることに気が付きました。

 個人であっても信頼される情報をインターネット上で発信でき、しかも購読者に課金することも可能な仕組みが普及しつつあるのです。官公庁の情報公開制度や企業のディスクロージャーが進んでいて、新聞社のような大きな組織に所属しなくても簡単に資料を入手することが出来る時代になっているのです。

 私はあるサイトを利用して、この夏、宮城県産の和牛で証明書上の父牛とは異なる父牛の遺伝子が発見された事件を記事として掲載したところ、宮城県や全農宮城県本部が生産者向けに説明会を開いて、事実関係を認め、河北新報やNHKそれに日本農業新聞も後追い報道するスクープとなりました。

 広島県の捨て犬シェルターの実情も県などが情報公開した資料を基に数十回連載したところ、動物愛護関係者の間で評判となり、1本100円から500円程度の寄付が大半のところ、1万円をポンと寄付してくれる方もいて驚き、そして感激しました。

 もちろん、私という個人がまず信用されることが大前提です。最初は知り合いが主な読者で、そしてその友人たち、関係者へと読者が広がっていくのです。

 最初から300万人にとどける日経新聞時代とはずいぶん違う読者への接近法ですが、読者からの意見や情報提供もたくさん届き、一緒に調査を進めているような感覚を経験できます。個人の知識不足や思い込みを排除するにはインターネットのような双方向でかつ誰でも閲覧できるメディアは報道の手段として新聞やテレビ、雑誌より優れていると実感します。

 新聞やテレビをドルや円、ユーロのような主要通貨とすれば、インターネット上の個人のニュースサイトは仮想通貨のビットコインといったところでしょうか。中央の統制は受けず、その単位自体の信頼性がすべてです。

 来年、このサイトで執筆しようと思っているのが、韓国の浦項製鉄(POSCO)の技術研究所長も務めた在日韓国人・金鉄佑さん(2013年死去)の伝記です。日本と韓国の関係が戦後最悪といわれる今、朝鮮半島の人たちと日本がどうかかわりあってきたのか、

 戦後の日韓国交正常化と韓国の工業化の歴史を紐解きつつ、紹介してみたいと思っています。そうした歴史や人物にお詳しい方がいらっしゃれば、ぜひ、お読みいただき、お知恵も拝借できればと思っています。


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