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映画『グランツーリスモ』リアルでRTAしちゃおうぜ

爆速。快速。高速。最速。とにかくスピード感がすごい映画です。去年見た『トップガン マーヴェリック』も「飛行」の臨場感と、「スピード」という爽快感を肌でビリビリ感じる作品でしたが、今作『グランツーリスモ』もあらゆる編集技術を使い、カーレースの迫力をたっぷり感じさせてくれます。空撮、レーサーの顔のアップ、マシン内部の起動、上昇するスピードメーター、細かいハンドル操作、それらレースにおけるあらゆるカットをコンマ単位で次々と見せることで、カーレースの緊張感・スピード感を演出。音響の圧も心地よく、全体としてレースシーンにおける演出の良さが際立っていました。これは間違いなく大画面で観るべき映画でしょう。

そもそも『グランツーリスモ』は1997年にプレイステーション用ソフトとして発売されたゲームで、プラットフォームを変えるたびに新作を発表してきたレースゲームの代表格といえるシリーズです。キャッチフレーズは「リアルドライビングシミュレーター」。その名の通りリアルなカーレースの再現、細かいカスタマイズ性が売りとなっており、世界的にも人気のあるタイトル。そして開発元は日本のポリフォニー・デジタルというところ。私個人はむかし友人宅で何度か遊んでいたことがある程度なので、熱心なファンではないですが、リアル路線をとことんつきつめた本ゲームは確かに「シミュレーション」を冠するにふさわしく、人気なのもうなずけます。

お話は以下の通り、
人気ゲームシリーズ「グランツーリスモ」を毎日夢中になりながら遊んでいるヤン(アーチー・マデクウィ)。家族から「ゲームばかり」と呆れられながら生活を送っている彼のもとに信じられないようなメッセージが送られてくる。「本物のプロレーサーにならないか」と。曰く「グランツーリスモ」の世界的トッププレイヤーを集め、プロのレーサーとして育成する「GTアカデミー」を創立するにあたってメンバーを選出するというのだ。このビッグチャンスをものにするためにヤンは育成プログラムへの参加を決意する。GTアカデミー創設者(オーランド・ブルーム)と、新人たちの育成を担当する元レーサーの男(デヴィッド・ハーバー)、世界中から集結したライバルたち。彼らとの特訓の日々の末、ヤンはプロライセンスをかけたレースに出場することとなる――。

にしてもこれ実話なんですね。”事実は小説よりも奇なり”を地で行く内容でびっくりです。そもそもこの「GTアカデミー」は2008年から2016年まで行われていたプログラムで、こんな前代未聞の破天荒かつ無謀なチャレンジを実際にやってのけたってだけでも面白すぎる。作中ではレーサーとしての運転技術を習得するシーンだけでなく、体力や精神力を高めるための訓練も多く描かれており、現実のレースがいかに過酷で危険なものなのかを感じさせます。実話がベースということからネタバレもなにもないので書きますが、ヤンは2011年度ヨーロッパチャンピオンになっており、その後、現実のプロレーサーとなって実績を積み重ねています。いやはやすげえ話だ。
話はこのGTアカデミーでの特訓と、その後各国で行われるレースへの参加がメインとなっており、いわば負け犬が成功をつかんでいく『ロッキー』パターンの物語。フィクションとしていきなりこれを提示されたら、いやいや上手くいきすぎだってもう少し脚本ねろうぜ、ってなりそうなくらいの良くできた話なのですが、でもこれ実話だもんなあ。現実が虚構を凌駕することで素直に「すごいすごい!」という気分になってしまうあたり、映画、というよりもフィクションの在り方は受け手の気分や知識量でいとも簡単に切り替わるんだなあと実感します。とはいえもちろん映画的な脚色はありまして、例えばライバルにあたる金髪坊主のランボルギーニに乗ったお坊ちゃんはめちゃくちゃ嫌な奴に描かれていて、お偉いさんの集まりで口汚く相手をののしったり、レース中にめちゃくちゃ危ない運転をして主人公を邪魔してきたり、「いやそんなことしたらファンもスポンサーも離れるし、何より自分の命も危険にさらしてるぞ」と言いたくなるほどわかりやすい「悪役」として描かれています。その他にも車やレースが好きな人からすれば細かい部分で突っ込みどころがありそうな気がしますが、それより何より大枠として存在する実話のお話が強すぎるうえ、レースシーンの突き抜けたスピード感に当てられることで、細かいことを気にするのは野暮だよなあって気分になります。というかマジでレース中の細かい演出が良いため、そんなことをいちいち気にせず入り込んで観てました。

この映画を観に行ったのは単純に映画が好きだし、ゲームが好きだからという以外に「監督のファンだから」というのがありまして、ニール・ブロムカンプ監督の新作だし、どんなもんかなーと公開前から気にはなってたんですよね。ブロムカンプ監督は2009年『第9地区』で鮮烈なデビューを飾り、ボンクラな映画ファンおよびSF好きのハートをがっちりつかんだ人で、その後も『エリジウム』『チャッピー』といったオタクオタクしたSF作品を多く作っている御仁。正直『エリジウム』以降は微妙な出来の作品も多く、徐々に存在感が薄れてきていたのですが、今回の『グランツーリスモ』で見事に返り咲いた感があります。これまでのSF要素強めな作風を封印して「カーレース」「スポ根」「成功譚」というキャッチ―なジャンルに手を出しているのですが、それでもしっかり面白いものに仕上げているあたり流石です。おそらくそれは根っこの部分で監督の描きたいものと共通するテーマがこの作品にあるからなのだと思っていて、つまりそれは「テクノロジーによって個人の身体が変容し、その変容が社会や人々にどのような影響を与えるか」というテーマ。『第9地区』も『エリジウム』も『チャッピー』もその点では似たようなことを描いている作品で、本作『グランツーリスモ』も例外ではありません。
主人公ヤンは「ゲーム」というメディアを通すことで、現実を拡張しており、日常生活の中でもゲームのような思考回路を使い車を運転します(例えば映画序盤の警察に追われるシーンでゲーム表示のような順路が目に浮かんだり)。これは『チャッピー』において身体を手に入れたチャッピーが世界を新たな形で認識していく過程を思い起こします。また、ヤンはレース中、集中力が上がることで「ゾーンに入る」場面があるのですが、ここでもゲーム画面のように「正しい道筋が見える」状態になり、ゲームによって現実が拡張する瞬間が描かれています。ゲームの中を現実のように捉え、現実のレースをゲーム的に捉えることで、類まれなる能力を発揮する彼の姿からは、外骨格を手に入れた『エリジウム』の主人公や、ゲームの世界を探訪することで、現実をより深く把握することとなる『デモニック』の物語が重なります。まあ、もっと単純に映画的な「わかりやすさ」や「かっこよさ」を際立たせるの為の演出だとも言えるのですが、私的にはブロムカンプ監督の「らしさ」がしっかりと残されてる気がして嬉しかったな。

ヤンの周りの人間関係では、デヴィッド・ハーバー演ずる元ドライバー、ジャックとの師弟関係がよきです。というかこの映画の影の主役は彼であり、『クリード』における老いたロッキーよろしくヤンのことを導いていきます。最初はいやいやだったのが徐々に心変わりしていき、気づけば俄然力を入れて教え込むという流れは、あるあるではあるけれどやっぱり観ていてほっこりしちゃうなあ。また「GTアカデミー」創設者のひとりであるダニーも個人的には好きなキャラ。というかオーランド・ブルームさん、あなたこういう絶妙にうさんくさい役もできるんですね、新発見でした。親子関係、師弟関係、恋愛関係と、ヤンを中心とした人間模様を描いていきますが、あまりそこら辺の葛藤には重きを置いておらず、サクサク進行していきます。情緒よりもレースを観ろ!って方向に作られてるせいで、観ながら受けるストレスは少ないのですが、その分人間ドラマを期待してる人には少々物足りないかも。そしてある意味ではこの映画、葛藤が少なすぎることが問題でもあって、実際に起きた死亡事故が映画における「谷」にあたる部分として用意されているのですが、逆にそこからの立ち直りが早すぎる点や、実際に死んだ人がいることを考えると「被害者側」の視点や、「ケア」にあたる描写の少なさが少々気にかかりました。と同時にそれらの事件がヤンの責任でないことは強調されていますし、実話であることは間違いないので、描き方や尺の問題でもあるのかなあと。こういった点は実話ベースの映画における難しさな気がしますね。
あと日本描写の違和感の無さが結構ポイントで、アメリカの大作映画にありがちな「変な日本」になっておらず、製作者のリスペクトを感じました(日本人役の役者さんのしゃべり方は片言っぽかったけどね)。まあつまり実話ベースであると同時に、観客を楽しませるエンタメ方向に振り切った作りになっているわけです。爆速感がすごい映画なので、大きい画面でその気持ちいい「圧」を感じましょう。ブゥーーーン!



てか今年は『ラストオブアス』『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』『テトリス』等、ゲームを原作とした作品が豊作ですね。。ゲームが原作の作品ってこれまではあまり「期待されないもの」だった気がするのですが、近年それが変わりつつあるような気が。『グランツーリスモ』のように元々の作品にストーリー性が希薄な場合は、実話を絡めることでドキュメンタリーちっくな作品を生み出せることが分かりましたし、「この方向性があったか」という発見の楽しさを感じます。『ラスアス』や『マリオ』みたいな物語性のあるゲームが原作の場合は、そのリアリティラインをどこに設定するか次第で途端にバカ度が上がってしまうため、これらの成功作を手本として今後も実写化を進めて行ってもらいたいもんだなあと、いちゲーム好きとしては思います。つうか『ワンダと巨像』の実写化の話どうなったん。

あと私が観に行ったときの劇場予告ではドゥニ・ヴィルヌーヴ『DUNE2』、ロバート・ロドリゲス『ドミノ』、マーティン・スコセッシ『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』、リドリー・スコット『ナポレオン』をやってまして、「なにこの映画秘宝読者が歓喜しそうなラインナップ」と思ったり。あれか、『グランツーリスモ』を見にくるやつの嗜好なんて簡単にわかるとそう言いたいのか。まあ実際その通りでどれも好みにぴったりなんですが。というわけで上記の作品は全部観に行く予定です。そして『DUNE2』は予告を観るとわかるとおり、主人公の闇落ちフラグがびんびんに立ってて大変よき。


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