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【小説】神社の娘(第40話 インスタントラーメンに憧れて)

「あはははは、それで野宿う!?ウケる!!」

 古民家に向日葵の高い笑い声が響いていた。話題の中心の橘平はうううう、という苦い顔だ。

「いや、テント借りるからキャンプっす、キャンプ!」
「私はどっちでもいいけど、楽しそうだからぜひ参加したくって。それで、お父さんたちになんて言おうかなあって。ひま姉さんのところに泊まる、でいいかな」
「えー、一人で野宿したいんだー、とか?」

 それは流石にダメだろ、と新聞を読みながらも話を聞いている葵がつっこむ。

「そうだね、私がお母さんでもそれはちょっとな。うん、私と遊ぶことにしな。わー、でもキャンプいいねえ。私も友達とキャンプしたことある」
「夕飯を悩んでるんすよ。無難に家で食べようと思ってたけど、優真がそれじゃあ野宿じゃないって」
「お家にカセットコンロある?あれと鍋があればさ、即席ラーメンできるじゃん。簡単じゃない?」
「わあ!お外でラーメン!?」

 桜がなぜか異様な食いつきをみせた。

「それ、韓国ドラマで見た!というか、韓国ドラマのラーメンシーンってとっても美味しそうで、憧れてたの。インスタントラーメン食べたことないから!」

 箱入り娘はアニメと韓国ドラマは見ているらしい、でも即席ラーメンは経験なし。

 橘平の心のメモが増えていく。これもまた意外ではあった。アニメもそうだが、桜がテレビを見る様子が想像できないのだ。

「じゃあそれにしよ。簡単そうだし。優真に聞いてみる」
「やだもー。超楽しそう。私も参加したーい」
「え、それは」

 彼女のファン、優真がどんな反応をするだろうか。長年の友人は想像する。

 その一。固まって挨拶すらまともにできない。おそらく固まったまま。みな優真に気を使い、そのままキャンプは盛り上がらないで終わる。
 その二。挙動不審。二人とも気持ち悪がるかもしれない。野宿台無し。
 その三。興奮してべらべら喋りまくる。これも気持ち悪がられそう。うざいかもしれない。つまり楽しい野宿にならない。
 その四…五…六…

 結論として、向日葵の参加は楽しい野宿にはならない。と、橘平は結論付けた。

「ああ、そうそう、見てこれ」

 と、桜が手提げからプラモデルを取り出した。先日、寛平とともに作成したロボット、クラシカだ。

「クラシカ・ハルモニ!おじい様と作ったの」
「わー、よくできてるじゃなーい。しかもヨハネスの機体じゃん」

 向日葵はプラモデルを手に取り、しげしげながめる。お気に入りの場面や泣けるシーンが次々と浮かんでくる。「うわーもう泣けてきた」と半泣きだ。

「あ、そういえば車に乗ってた猫のぬいぐるみ!そうかあれ」
「そうだよ~ヨハネスのお友達、レオポルトよん」
「俺こないだ、友達んちでクラシカ第1期鑑賞会して。今度、ファイナルシーズンの第2期鑑賞会もするんす」
「えーいいなあ!それも楽しそう!行きたいな!オタクさんの解説付きなんでしょ?」

 もう、橘平がすることなんでも「いいな」と言い始めてきた桜。橘平としては「じゃあ来なよ!」と言いたいところだが、同年代男子3人と会うのはいいのかどうか。判断がつきかねる。

「ちょ、それ私も行きたいわあ…オタクの解説って何よ、ちょそれ行きたいんだけどマジ。いついつ?土日?いや有休とろか?いや取れない…」

 向日葵まで食いつく。
 そちらにもいるのだ、優真が。

 橘平は「友達の優真がですね…」と、喉から絞り出すような声で「向日葵さんが好みのタイプ?っていうか憧れてて、ファンといいますか、間近であえたらちょっと挙動がおかしくなりそうというか…だから気持ち悪くなるかなあというか…失礼を働きそうっていうか」と話した。

 対象となった女性は口角がゆるゆるになる。

「うっそ、優真君、超絶センスいい。私が好みのタイプとかめっちゃいいじゃん。だったらむしろ行くよ、うん、握手でもハグでもするよお!やだあ、モテキやっときたじゃん!!来ないと思ってた~!」

 未成年だけどな、とまたも葵が新聞をめくりながらちゃちゃを入れる。何歳でも好かれるのは嬉しいの!と彼女はぴしゃりと返す。

「私と違って万年モテキの三宮さんにはわからないでしょーけどね。そりゃあ、優真君と付き合うとかはないよ。会ってもないのに失礼だけど。でもさあ、男女関係なく、誰かに憧れてもらえる、好きになってもらえるって嬉しいし、ちょっと自分に自信持てるじゃん。ああ、私少しは人間として魅力あるのねーって」

「向日葵さんモテそうですけど。かっこいいし。俺、向日葵さんのこと超好きですよ。怪力だから付き合うとかはないけど」
「うん、私もひま姉さんだーい好き!付き合いたい!」

「ありがとうさっちゃ~ん、付き合おう!そう、私、女子にもてるのお。強いからさ、ストーカー野郎追い払ったりね。女子からはいつでもモテキ!橘平のは何それ、何目線だよ。私も橘平超好きだけど、一言余計だからこっちこそお付き合いは永遠にないわ」

 おっと、そうそう、そうよ、忘れちゃうところだった!と桜が今日の本題に入る。八神家で見つけた神社の写真を葵と向日葵にタブレットで見せた。

「本当にそっくりだな。むしろあれのまんま。森と鳥居まであるのか」
「ここ見て、狛犬みたいなものもあるのよ。やっぱりね、八神家も封印に関係してるんじゃないか、って睨んでるのよ。その解明はこれからだけれど」
「それと、これ。描いてみたんだけど」

 そういって橘平がリュックから取り出したのはスケッチブック。開くと、あのミニチュア神社のデッサンが現れた。

 全体図のほか、後ろから見た図、屋根、森、などさまざまな各部が写真のように描かれている。3人はその腕前にぽかんとするしかなかった。

「描くことというより、観察を目的に描いてみたんすけど」

「うっま…」という向日葵の「それ以外何が言えます?」な感想に、他二人も激しく同意する。

「へへ、そうですかねえ。まあ特に何も分かんなかったんですけど、森のバケモノって狛犬だったのかなって。ほらあいつら、口開いてるヤツと閉じてるヤツでしたよね」

 そう言われて、桜たちはあのバケモノの様子を思い出す。
 多分そうだったかも~と向日葵が記憶に自信がなさそうに小さな声で発言する。葵は必至でそこまで覚えていなかった。

「ああ、そうね、確かそうだった!森の中に狛犬。じゃあこの鳥居もどこかにあるのかなあ」
「この模型通りだとすると、森の近くに鳥居のミニチュアがあるってこと~?」
「うーん、そうなのかなあ。じゃあ、犬の散歩ついでにちょっと探してみます」

 また桜は寛平から聞いた情報をもとに、一宮家でまもりに関する物を探していることも報告した。今のところは特にめぼしいものは見つかっていないという。

 お家広いから、一人で探すの大変でしょ、私もやるよ。じゃあ俺もと向日葵、葵が言う。
 じゃあ、今度来てもらおう、と桜は返した。

 ここで橘平は戸惑う。
 自分も行っていいものなのか。

 正月や親戚の慶事くらいでしかいかないお伝え様。友達の家のお伝え様。3人が一緒に探すなら、俺もと思うが。

 橘平の表情から何か察した向日葵は、何か助け船が出せないかと悩んだ。しかし、早々と桜が解決した。

「橘平さんも一緒に来て!友達の家なんだし!」

 喜びを深く感じる前に橘平は声を発していた。

「いいの!?」
「うん!」

 そういうわけで、彼も一宮家に行けることにはなったが「でも、男の子のお友達ができたなんて正直には言えないからどうしよう」問題が発生した。

 向日葵がフレッシュ入りのコーヒーを飲みながらさらっと提案する。

「んなのさあ、私の友達にしちゃって、自由研究でお伝え様見学に来たとかいえばいいのさ。ほら、きー坊は役場の職員の子よ?私が面倒見てるって感じで通るじゃん。その時は、さっちゃんは奥に引っ込んで、こそこそと」

「おお、じゃあそれでおねしゃす!!」
「いえーい、解決!」

 と、橘平と向日葵はハイタッチしてきゃいきゃいとじゃれあう。
 しかしお伝え様大捜索については、結局、社会人のことを考えると土日しかできない。

「有休か」
「でもさ、いま有休取りにくいっていうか却下されるらしいじゃん。伊吹さんさ、お子さんの用事で有休申請して感知器にねちねち言われてた。そして取らず…ぶらっく」

 有休って難しいんすね、と橘平がこぼすと、去年まではヒマで取りやすかったの、と向日葵が解説を付け加えた。

「ねえ、、この時期は神社が忙しくて、家の方はがら空きだから。その土日で。これなら有休取らなくていいよ」みんなで探すならさ、お伝え様の桜まつりの期間はどう?学校始まっちゃってるけど

 住人である桜の意見がもっとも、とこの件は解決した。気がしたが。

「ああ、そうだ、きゅーじつしゅっきん!ちょっと待って」

 そう、社会人組は地獄の休日出勤があり、土日だからと言っていられない現状があった。向日葵と葵はさっと課内のスケジュールを確認する。まだ、その日の出勤者は確定していなかった。

「すまん、決まったら連絡する」
「ああそうか、未成年とか他のオトナが使えるようなら、土日に入れてくんだっけ。まあ、スケ確定は来週以降か~」

 頬杖をついてままならぬ休日に悲しみを感じていた向日葵だが、ふと視線をテーブルに移すと、それぞれのカップが空になっていた。

 だいぶ長々と話していたし、みな喉が渇いたころだろうと「あら、もうみんなドリンクないね~。日本茶でいいかな。入れてくるね」と呼び掛け、台所へ向かった。


 ヤカンに水を入れ、火をかける。沸騰までの長いようで短い時間。シンクに両手を置き、向日葵は台所の窓の外をぼんやり眺める。

 横に葵がやってきた。彼は向日葵が一人で台所に立つと、頼んでもいないのに手伝いにくる。

「さっきの有休の話、ちょっと思ったんだが」
「何を?」
「同じ日に有休申請するのって、偶然って思ってもらえるのか。それとも」
「…それとも?」

 この不器用が一体、どんな面白いことを言ってくれるのか。向日葵は少し期待する。

「俺に嫌がらせか、とか課長なら言うかもな。残業したくないから」
「は?」

 期待するような言葉はなく。肩透かしをくらってしまった。

「まあ現状、同じ日に2人消えるわけにはいかないからな。休日出勤、ないといいな」

 それだけ言うと、葵は茶箪笥から緑茶の入った茶筒を取り出し、向日葵が洗っておいた急須に茶葉を入れ始めた。

 肩透かしも何も、二人の関係を邪推する者は部内にはいないし、邪推されたらどうなるかわからない。絶対されてもいけない。向日葵はもやもやと切ないと悲しいと諦め、そんな気持ちがいっしょくたになった。

 はあーあ。
 そのすべてをため息に乗せる。

 どうした?と葵は声をかけ、どんどん距離感を破壊していくのだった。


「ねえねえ、鑑賞会本当に行きたいんだけど。ひま姉さんも興味あるみたいだし2人で行ってもいいかなあ。お友達、挙動不審になんてならないよ。ひま姉さん話しやすいし、すぐ打ち解けるって。親しみやすい、会えるアイドルだよ」
「アイドルかあ…恩返しに向日葵さんを連れて行くのもアリか。うん」

 真冬のイルミネーションのように一斉に。ぱあっと明るい笑顔が点灯する。

「ありがとう!橘平さんのお友達ともお友達になれるかな」

 まあ変だけどいい奴らだよ、と返したが、自分以外にも友達が増えていくことに多少のさみしさもあった。先日「クラスメイトとお近づきになれた」という話を聞いた時も、ほんのりと感じた。

 桜は自分だけのものでもないし、むしろどんどん、友達を作るべきだ。

 橘平だって友達はいる。桜だけが友達じゃない。よく分からない感情で気持ち悪いけれど、桜の一番の友達というポジションだけは守りたいと思うのだった。

 そんなこんなで本日はお開き、次に4人で会うのは桜まつり。

 それまでに、桜単独で家の捜索、橘平は犬の散歩ついでに鳥居探し。そして野宿の会。成人組は辛い通常業務の日々。

 桜はバイクに乗って帰っていったが、本日橘平は向日葵に送り迎えをしてもらっている。
 はい乗って~と言われ、乗り込もうとしたが、橘平は「すいません、忘れ物」と古民家へ戻った。

 玄関を開けると、ちょうど葵が台所へ向かうところだった。

「忘れ物か?」

 橘平は家にあがり「ちょっといいですか」と葵に近づく。

「実はこの間、酔っぱらった向日葵さんからまた電話がありまして」

 葵の心臓が深く跳ねる。知らんふりをするか否か。
 ここは顔にも出さない、動きもしないことを決めた。

「あの時、向日葵さんの隣に誰かいたっぽくて。それ、葵さんですか?それがどうしても気になって」

 無表情を貫く葵。橘平がこの後、何を話すのか、ドクドクするが、何があっても動じない、と心の中で唱える。

「…なんで気になるんだ?」

 もし隣にいたのが違う人だったら、葵さんは…。

 気になって尋ねてしまったが、この話題はするべきじゃなかったかもしれないと、橘平は後悔しはじめた。
 しかし口にしてしまったからにはと、自身の思いを伝えた。

「心配ですよね、向日葵さんがお酒飲んだら。隣にいたのが葵さんだったら、葵さんが側で心配できるから、そうだといいなって」

 まっすぐに、葵に思いを伝える姿勢。
 橘平なら「大丈夫」だと思えた。

「…俺だよ。隣にいたの。舎弟のきっぺいに電話したの、見てた」

 橘平はほっとしたと同時に、隣に居たのが彼で良かったと心底思った。さっきまで心を読ませない顔だったが、今はよくわかる。

「近くで心配できて良かったですね」

 生意気だな、と葵は橘平の頭をぐしゃぐしゃにする。

「電話の内容、誰にも言うなよ。向日葵にも絶対」
「それは、はい、絶対守ります。ところで話に出てきたポンコツって葵さん?」

 葵は下駄箱の横の箱から靴ベラを取り出し、「メガネ外すぞ」と脅す。
 すいませんすいません、と橘平が謝っていると、「きっちゃんまだー?」という大声とともに向日葵が玄関をがらっと開けた。

 男子陣はびくっとし、聞かれてなかったよな、はい大丈夫、とアイコンタクトをとる。

「今行きます!」
「そうそう、帰りにうち寄ってくれる?」
「向日葵さんち?」
「義姉さんとタケノコの煮物とかご飯とかいっぱい作ったのよ。お裾分けしたいからさ。お家の人と食べて」

 あ、うちもタケノコ、父さんが取ってきました!そうかい、などいいながら、二人は玄関を出ようとする。

 その二人の後ろから声がかかった。

「え、俺には?」

 その声にぴたりと向日葵は立ち止まり、「な・に・が?」と言いながら声の主を見る。橘平もそちらに振り向く。

「いや、俺にもタケノコご飯とか、夕食に」
「子供か!自分で作れ!」

 ぴしゃんと玄関が閉められた。

「いいんですか、タケノコ」
「いいんだよ、自分で作らないとねえ、料理はうまくなりません。学生時代、納豆だの卵だの混ぜてただけのツケだな」

 少年は車での葵との会話を思い出す。

 天然じゃなくて、そう振舞ってるのかもしれない。

「あれ、わざとですかね?」
「…さあ。前はあんなこと言わなかったのになあ」と苦々しい顔をして車に乗り込んだ。

 そういう顔はしつつ、少しくらい持っていってやらないこともない、とも考えているのだった。


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