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【小説】神社の娘(第41話 妨害と桜)

●第4章 妨害と桜

 ざっ、ざっ、ざっ。

 早朝から、お伝え様の広い境内に竹ぼうきの音が響く。
 休日の早朝、桜は境内を掃除する。特に春休み、夏休みなどの長期休暇になると毎日だ。ラジオ体操のようなものである。

 掃除しながら桜はふと、「大事なもの、隠したいものってどこに隠す?」ということを考えた。
 蔵とか物置とか、金庫とか鍵付きの机とか?裏山に穴を掘ったり?
 神社なら大事なものこそ、神様の近くに隠すような。
 例えば、本殿、とか。

 そう思った桜は、本殿の方に目を向ける。宮司の吉野しか立ち入ることができない聖域。誰も入れない、隠しても見つからない。掃除の手を止め、じっとその方向を見つめる。

 竹ぼうきの音が一つ増えた。

 桜が音の方を振り返ると、いとこのあさひが浅黄色の袴姿で掃除をしていた。神秘的という言葉がぴったりな、まっすぐ質量のある黒髪、整った顔立ち、薄灰色の瞳を持つあさひ。まるで現代の日本人形だ。

 あさひを見ていると、桜は菊を思い出す。
 菊を感じる。

 二人は顔がよく似ていたからと思っていたのだが、最近、そうではないような気がしている。雰囲気、オーラ、説明できない何かがよく似ている。

「おはよう、桜」
「おはようございます。どうしたんですか、役場勤めになってから掃除はしなくてもと」
「やっぱり、掃除は心がすっきりするからね。久しぶりに一緒に掃こう」

 二つのざっ、ざっ、という音が境内に響き始める。掃きながら、あさひは桜に話しかけた。

「駆除の見学会、どうだった?」
「妖物が危険な存在になっているとわかり、驚きました。私が以前見たものは、あんな怖いものではなかったので。あさひさんや皆さんのこと、尊敬します」
「尊敬?」

 あさひは馬鹿らしいとでもいうように、腹の底から笑う。

「環境部だって、あんなヤツらを駆除できるようになったのは最近だ。短期間で無理矢理適応したんだよ。僕なんかこの間まで神職だったのに、手が足りないからいきなり妖怪ハンターやれって。無謀でしょ。それでもできたのだから、他の人だってすぐに大活躍だよ」

 あはは、と笑いながらざざっと掃き掃除を続ける。無謀とは言うが、あさひも有術の才能がある人間の一人であり、妥当な人事だと言える。

 あさひはぴたりと掃除の手を止めて、まっすぐ桜と目を見た。

「さっきさ、本殿、見てた?」

 ゆっくりと口角があがり、目じりが下がる。

「興味あるの?興味持ったの?」

 桜は息ができなかった。
 大したことは聞かれていないのに、あさひもたいした質問はしていないのに。この年上のいとこは、たまに恐ろしい目をする。

「べ…別に興味なんてありません。まあ、跡を継げば、いつかはあそこに入れるんだなあ~って思っただけです。だいぶ先の話ですけれど。おじいちゃんもお父さんもまだまだ元気ですから」
「今入りたい?」

 ざり。桜は見えない圧に耐えきれず、後ずさり、かかとが石畳をこする。呼吸もおかしい。
 ぷっ、とあさひが吹き出す。

「あはは、興味なんてあるわけないよねー。そういうようにできているんだから、僕たちは。変なこと聞いてごめんね」

 あはは、と掃除を再開するあさひに、奇妙さが残った桜だった。

 掃除を終え桜が部屋に戻ると、机の上のスマホが振動した。

〈今日、補講来る?〉と、クラスメイトの朋子からのメッセージ。
〈うん、行くよ〉
〈ファミレスにお昼食べに行こう。他の友達も一緒だけどさ、桜のこと話したら喋ってみたいって〉

 朝から訳もなく怖い思いをした桜だったが、このメッセージに思わずくるりと一回転していた。

 あまりに嬉しくて、朝食の席で、「今日お昼ごはんいらない。と…クラスの人たちとお食事会があります!」と家族の前でどきどきの大告白したほどだ。

 まだ橘平以外を「友達」と呼ぶのは気恥ずかしいけれど、嬉しさは隠せず。
 母のかおりは「わかった」と言って、柔らかな笑顔を娘に返した。幼少から友達のいる気配がない娘、友達を作る時間も隙も与えられなかった娘に、そうした日常が生まれたことが嬉しかったのだ。

 そこに父の千里が水を差す。桜とそっくりの黒い瞳、しかし厳しさばかりが目立つ目つきで娘に問う。

「クラスの人ってことは、みんな女子だよな?」
「うん、そうだよ。女子高なんだから」
「ならいいよ」

 友達と遊ぶだけなんだから、そんなこと聞くことないのに。

 かおりは不満ではあるけれど、そんな反論をすれば千里が怒るかもしれない。平和な家庭、穏やかな家庭を築きたい。ということももちろんだが、もともと弱気で争いごとは避けたい、そのためにはいくらでも卑屈にもなれるかおりの性格では、そういう発言はできないのだった。

「そういや、八神の。工作が得意なおじいさんの所。あそこの孫って女の子だったよな。モモだかリンゴだかそんな名前の」
「え…ああ…うん、そう。ちょっとご挨拶だけはした。でもお話はしてなくて、お名前はしっかり覚えてないけど」

 モモだかリンゴだかという孫は、寛平の長男の子供たちのことだ。桜は、今、橘平兄弟の名前をぽろっと言わなかった自分を「エライ」と思った。

 同年代男子と会った、遊んだなんて言ってしまったら、八神家への出入りが禁止されてしまうかもしれない。

「ならいい。そうそう、今年の祭り、桜がお神楽担当だからな。今日から稽古だ。お昼ご飯食べてきていいけど、16時には戻れよ」

 一回転する喜びから、くるくる何回転もして地獄へ突き落されてしまった。

 4人での一宮家大捜索もそうだが、野宿が今週あるのだ。稽古で参加できないとなったら、泣いてしまう。

 野宿だけは勝ち取りたい。

 桜にとって、そっちのほうが大事になっていた。

 環境部全体の会議で、土日に高校生以上の一般有術者たちを参加させることが決まった旨が報告された。 

 現場責任者として最低誰か1人は出勤するけれど、あくまで監督者。駆除はそちらに任せるということだ。
 職員の現場での負担は多少減るはずだという。
 蓮が手を挙げる。

「振替休日と有休は」
「要相談」びしっと環境部の一宮部長が答える。

 私たちだって取りにくいのが現状だ、と。この事態を早く収束したい気持ちは誰もが一緒だが、「お伝え様のほうでも原因調査に難儀している」とのことだった。

 退勤も迫る夕暮れ、来週以降の1か月分の休日出勤のシフトが配られた。どこをみても感知器課長の名はなく、感知係は課長の父と娘で埋まっていた。

「あ、桜まつりの土日!出勤回避~」
「何、ひまちゃん、そんなに桜まつり好きだっけ?」

 隣席の蓮が、その喜びように疑問を抱く。変に喜び過ぎたかな、と向日葵は焦って言い訳をした。

「と、友達とこの日に約束しててえ、休日出勤あるかも~って話だったからさっ。これで遊べる~って」

 俺もその日ないわ、と葵が呟く。あっそ、君のスケジュールなんてどうでもいい働け、と蓮がとげを刺す。

 向日葵は「これで一宮家大捜索作戦すすむな~」と上機嫌だ。よし、タケノコで何か作って、葵にあげちゃおう!と思うまでに。

 その雰囲気をあさひがぶち壊した。

「でもねアオイくん」

 葵が振り返ると、作業服姿の美しい日本人形が彼の後ろに立っていた。

「あとで連絡がくると思うけど、桜まつりの土日は私と神社でご奉仕だよ。だからその日はわざと外されているんだ、私と君は」
「え、そんなこと今まで一度も」

 あさひは葵のメガネに手をかけ、すっとはずす。あさひに見つめられ、葵の目の奥がぴりぴりする。

「わからないことは先輩の私に聞いて。そんなに難しいことはない。ただの裏方だよ。アルバイト感覚で大丈夫だから」と、メガネを葵の顔に戻した。

 にやけた顔の蓮がバカにする。

「結局君も連勤か。大変だね。ゴミ清掃だったら、君にごみを渡しに行ってあげるよ」

 げ、どうしよう、と向日葵は桜に連絡するためにスマホを手にすると、その桜から連絡が入っていた。

〈なんとかして野宿に行きたい!〉

 なんのこっちゃ!!さくらちゃん!!

〈橘平さん、どうしよう〉
〈どうしたの桜さん!?〉
〈お祭りの日、私もお手伝いなの。あとね、その稽古があってね、野宿行けるかどうかわかんないのどうしよう泣きたい〉
〈泣かないで!稽古って?〉
〈電話していい?〉
〈OK〉

 桜は桜まつりでお神楽担当になってしまって稽古があること、ついでに葵もなぜかまつりのお手伝いになってしまって、一宮家の捜索ができなくなったことを話したのだった。

 その後、桜は「朋子ちゃんたちとお泊り会するんだ!絶対行きたい!」と必死に父に頼み込んだ。
 かおりが「女の子のお友達だからいいじゃない」と必死に訴え、野宿を勝ち取ったという。
 千里は不承不承ながらも、女子高の友達ならと許可した。

 よくよく考えれば、向日葵の所でお泊り、は即バレの危険性があった。

 朋子やそのほか街に住むクラスメイトの家ならば、そのリスクは低いと踏んだ。当日は朝からみっちり舞の稽古という約束をして。

 一宮家大捜索は…また考えよう。

 とりあえず今は野宿会で頭がいっぱいの桜だった。
 
 友達とのお泊り会を許された桜の、華やかな笑顔。
 かおりは娘のこんな表情は今まで見たことなく、やっと親らしいサポートができたような気がしていた。

 ふと、「私はこれまで桜のために何かしてあげていたっけ?」という思いと、「そもそも、桜の笑顔って見たことあった?」という疑問が沸き上がった。

 そして、今になって猛烈に、とても、気になってきてしまったことがあった。

 吉野や千里の桜への態度だ。わざわざ小学校から女子高に通わせ、異常なまでに男子との接触を嫌う。
 この家はそういうものだ、として気にもしてなかった。それなのに、どうしても今、尋ねたくなってしまった。

 かおりらの寝室は8畳ほどの和室。
 椿が寝入り、その隣で、メガネを外して眠りつこうとしている千里に、かおりは思い切って聞いてみた。

「千里さん、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
「なんだ?」

 眠いのに邪魔するなとでもいうような返事だ。
 厳しい目つき、かおりへの雑な態度。すべて菊が亡くなってからだ。

 千里の態度が変化してから、かおりはより、彼が不機嫌になりそうな話題や発言は避けるようになった。
 これから彼女が尋ねることだって、気に入らないだろう。

 でも、どうしようもなく、桜のことが気になって仕方ない。
 最近、特に。

「どうして…その、どうして、嫁入り前の一宮の女の子は男の子と会っちゃいけないの?」
「…跡継ぎが女だとロクなことが起こらないからだ」

 低い声でそれだけ言うと、千里は布団にもぐっていった。


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