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【小説】神社の娘(第11話 橘平、桜と友達になる)

「さーて、八神家に向かって出発だ~!!」

 向日葵のピンクのデコ軽に乗り、4人は八神家に向かう事になった。
 橘平は家の車に乗る癖で、自然と後ろのドアに手を触れたが「きっちゃん、助手席だよ」と向日葵に声を掛けられた。

「いいんすか隣」
「家まで案内してよ。あんま覚えてない」
「あ、そーゆことですか」

 そういうわけで、橘平は助手席、桜と葵は後部座席に乗り込む。乗り込むと桜はすぐに、大きな猫のぬいぐるみを抱きしめた。
 車が発進した。ついに3人が八神家にやってくる。 
 橘平は、葵たちの考えた言い訳を頭の中で反芻する。母との会話もシミュレーションする。実花の反応パターンもいくつか考えてみる。
 考えれば考えるほど、心臓の鼓動が大きく、速くなっていく。体がおかしくなりそうだった橘平は、同乗者たちに話しかけて気を紛らわそうとした。

「そーいや、後ろの二人も向日葵さんの車ってよく乗るんすか?」
「うん、私はよく乗せてもらうよ。街へお買い物行くときとか」
「そーそー、さっちゅんは私としょっちゅうドライブデートね~」

 シートにもたれかかる葵は「俺は初めてだ」と答えた。桜がちっちゃい猫のぬいぐるみを葵の膝に載せる。

「まじっすか。桜さんはしょっちゅうなのに」
「向日葵の車に乗る機会なんてないし、派手過ぎて乗りたいとは思わないし。今日は仕方ない」
「は~これだから!」

 その後の話のなかで、葵も車を持っていることが分かった。黒の車らしいが、大学生の弟に昨日から貸してしまっているという。春休みで帰省中の彼は、それで友達と遊びになど行っているそうだ。
 桜は大きな猫のぬいぐるみを抱きしめ、絶えずにこにこで橘平と話し続けていた。ちっちゃい猫のぬいぐるみを握りながら、葵が声をかける。

「桜さん、楽しそうだな」
「だって私、いままで」

 同年代の子のお家に…と言おうとして、桜は橘平が自分にとって今、どんな存在か、なんという関係が適切なのかを心に尋ねる。
 心は、彼との正解の関係は分からないと答える。でも、なりたい関係だけはハッキリしていた。
 友達。
 自由な時間を与えられず、友人を作ることはとうに諦めていた。けれど、橘平なら。
 初めてのお友達になってくれるかもしれない。
 友達になりたい。
 その気持ちが自然と口から出る。

「お友達の家に行ったことないじゃない。初めてだから楽しみすぎて」

 先週は初対面、昨日は八神さんから橘平さん、そして今日は「お友達」。
 橘平は耳を疑った。桜は「お友達」と言ったのか。聞き間違いではないかと。ミラー越しに、「お、お友達?お友達って言いました」と桜に確認する。
 桜は無意識だった。心の声が漏れていたことに気づき、恥ずかしさと同時に後悔も襲う。勝手にお友達にしてしまった、と。

「ごめん、もしかして迷惑…」
「んなことない!俺もお友達になりたい!だから友達!!」

 橘平が助手席から振り向き、ぐーを桜に突き出す。桜もぐーを作り、橘平にこつんと当てる。

「わーい、ねえねえ葵兄さん、私、橘平さんと友達になったよ」

 両頬がりんごのように赤く、興奮している。その表情に、いつもの「申し訳ない」感情は含まれていない。
 純粋に嬉しさを表している桜だった。葵は微かだが、とても柔らかな温かい笑顔で「良かったな、桜さん」と返した。

「うん!!」
「桜さん、めっちゃもてなすからね!お茶淹れるよ!」
「ありがと~」

 桜は猫のぬいぐるみをさらに、ぎゅむむと、抱きしめる。本物の猫なら窒息だ。

「え、ってか桜さん、友達んち遊び行ったことないの?」
「ほら私は外の学校だから、帰り遅くなっちゃうでしょ。それにバイクの免許取るまでは送り迎え付きだったから」
「なるへそ」

 超能力も案外不自由だが、歴史ある神社の跡取り娘も意外と不自由。桜の発言から、橘平はそう察した。
 八神家のような平凡そのものの家より、家柄が良くてお金持ちな家の方が楽しく暮らせる。というものではないのかもしれない。教科書や本の知識が世の中だと思っていた橘平は、彼らに出会ってから知る外界の出来事が、珍しくもあり、切なくもあった。
 知らないことを知ると、視界が広がり、世の中を見る目が明るくなる。しかし、そうではない側面もあるのだった。
 わいわいと話しているうちに、八神家の敷地が見えてきた。橘平は試験直前対策のように、言い訳をざっと復習する。試験まであと1分くらいの緊張感だ。

「く、車は庭に停めてください」

 橘平の不安とどきどきはピークを突き抜けそうだ。庭には飼い犬の大豆。人間は見当たらなかった。
 軽自動車を降り、玄関へ向かう。
 さあ、弁明?いや弁解?弁論か?と橘平は半分混乱しながら玄関を開けた。

「た、ただいまー!」

 若干声が裏返り、恥ずかしさも加わったためか、母が出てくるまでの時間が長く感じた。

「おかえり」

 実花が居間の方から現れた。ピタリと動かなくなる。

「こんにちはー!息子さんのお友達デース!お邪魔しま~す」

 いの一番、背景に南国の花が見えるような明るい声で向日葵が挨拶する。続いて、桜、葵も挨拶した。

「……お、お友達?おおおお、お友達連れてきた?」

 やはり、今まで見たこともないタイプの「お友達」に、母も驚いたようだ。

「あああああ、う、うん、この人たちは」
「ど、どどど、どうぞどうぞ!上がってください」

 ごゆっくりー!と、母親は慌てた様子で居間に消えてしまった。
 身構えていた橘平は、拍子抜けだった。

「あ、じゃあどうぞ…」

 心臓が、頭が、破裂しそうなほど悩んだのは無駄だったらしい。普段から子供に深く介入しない親だが、それをより理解した橘平であった。

「言い訳の必要なかったな」
「いきなりお部屋行ってだいじょぶ?」
「え、なんで?」
「男子特有のヘンなもん置いてあったりしないの~?お掃除してきてもいいよ~?」
「期待してるよーなもんはありませんからっ!どうぞ!」

 つまんなーいとヘラヘラ笑いながら、向日葵は靴を脱いだ。

 地区の集まりから帰って来た橘平の父、幸次は、庭に停まっている車を見て「お?」と足を止めた。
 ピンクのキラキラした車。幸次は毎日、職場の駐車場で見かけている。

「うっそ、向日葵ちゃん?うちに来てるの?何用?」

 玄関を開けると、見慣れない靴が3足。橘平の足のサイズより大きいメンズスニーカー、小さめの運動靴、そして蛍光ピンクにリボン風のシューレースがついたスニーカー。3人の客人のうち一人は向日葵だ。幸次は確信した。
 居間では、実花がテーブルに折り畳みの鏡を置いて化粧をしていた。鏡にぶつかるほどの至近距離に自分の目を写し、アイラインを引いている。
 向日葵はここにいない。ということは2階、つまり子供たちといるのだろう。そう幸次は推測した。

「見たことない靴あるけど、誰か来てる?」
「まあ」
「金髪の女の子いた?」
「うん」
「橘平?柑子?」
「ぺー」
「へーあの子と友達だったのか。意外だなあ」

 向日葵と息子の関係を意外に思いつつ、あと2足も橘平の友達だろうと、幸次はそれ以上興味を持たなかった。

「ねえ、コーヒー飲みたいなあ」
「自分でやって」

 普段であれば、外から帰ってきてお茶を頼むと「はいはい」と淹れてくれる実花。今日は様子がおかしい。
 まず、出かけないのに化粧をする妻の姿は初めてだ。「家と近所はノーメイク。なんなら親戚の集まりだってそうしたい」の彼女が、幸次がいままで見たこと無いほど、必死に塗りたくっている。むしろ怖い。若いころ、幸次とデートする時ですらきっと、こんなに頑張ってメイクしていたとは思えない。

「…お化粧してどっかいくの?」
「は?!行かないけどお!?家の中にいるときは化粧しちゃいけないの!?」
「ああ、いや、いいと思う…」
「もー、話しかけないで!手元狂う!!失敗したら幸次のせい!!」

 実花が夫を呼び捨てするとき。それは、怒り、腹立ち…。
 触らぬ神に祟りなしと、幸次はとぼとぼと、台所へ向かった。


 とんとんとん、と4人は階段をあがり、橘平の部屋へやって来た。
 彼の部屋はキレイでもなければ、汚くもない。本棚には漫画や子供の頃に買ってもらったであろう図鑑、机には教科書とノートが積まれ、通学リュックが床に寝そべっている。ロボットや城の模型もおいてあった。

「えーっと。飲み物持ってくるんで…とりあえず座っててください」と、橘平は折り畳み式の小さな丸テーブルを設置する。

 自分の部屋に同級生以外が来た。女の人は小学校以来かもしれないな。そう、思いながら橘平は再度下へ降りて行った。
 桜は言われたとおりに座るが、向日葵は立って部屋を歩き回っていた。葵も橘平の机などを眺めている。
 向日葵はベッド側の壁に飾ってある、ポスターのようなものを眺めた。どこかの国の美しい風景だ。青々と茂る木々、空など、美しい色彩で神秘的である。

「きれいな写真ねえ」

 桜も立ち上がり、そのポスターを観る。 

「どこかしら。ヨーロッパの方かなあ。ちょっとアジアな雰囲気も感じる。不思議な風景」
「ふーん、アイドルとか美少女キャラのポスターじゃなくて風景ね。きーちゃん、ロマンチストだわ」
「…ん?」

 桜はベッドに乗りポスターに近づく。

「ポスター?うん、写真だよね?」
「どしたのさっちゃん」

 女子二人がそちらに興味を持っている間、葵は別のことに目を向けていた。
 八神のお守りだ。
 癖でよく書くと、彼は話していた。橘平の持ち物を観察してみると、通学リュックにあのマークが刺繍してある。ノートや教科書の表紙の端の方にも書かれている。
 女子たちが気づいたかは分からないが、玄関の靴箱の上に、あの模様が書かれた小さな札が貼られていた。おそらく、敷地内にたくさん見つけることができるだろうと予測できた。

「すんません、ドア開けてくれますかー」

 一番扉の近くにいた葵が開ける。橘平が温かいウーロン茶と茶菓子をもって入って来た。キャンディーチーズや個包装のクラッカー、一口大のせんべいなどが丸い皿に詰まっている。
 みなで小さな丸テーブルを囲み、橘平が八神家について説明を始めた。

「おそらく、蔵とか倉庫とか探すと思うんですけど、うちは分家なんで特別なものは何もないんです。この家と庭だけ」
「うんうん、かちょー次男だもんね」
「よく知ってますね」
「お茶友だから」
「つっても、すぐ隣が本家です。うちと本家の仕切りって特になくて、ほぼ同じ敷地。自由に行き来できます。あ、しいて言えば、ちょっとした植木とか花がありますけど」
「じゃあ、本家の方に姿を見られても、怪しまれることはないかしら?」
「たぶん。本家の裏口から山の方に出られるからさ、よく友達と本家通って遊びに行ってたし」

 橘平はウーロン茶を一口すする。

「それに本家っていってもさ、じいちゃんとばあちゃんしか住んでないから。そんなに心配しなくても大丈夫だと思う」
「他のご家族は住んでないんだ」
「あー、おじさんたちがいたけど…嫁姑問題でちょっと。じいばあがいなくなったら本家に住むかもってさ。ああ、近くにはいるんだけど」
「うーん、どこんちも家族トラブルはあるねえ」

 かさり、と向日葵がチーズの包みを開けながらしみじみ言った。

「二宮家もあるんすか?」
「まあねえ。例えば私は兄貴が超嫌い」
「兄貴。お姉ちゃんだと思ってた」
「なのにあいつと同じ職場!課!入職からずっと異動願い出してる。受理されない、辞職すらできないのは分かってるけど出し続けるよ。いつか離れられるはず」

 誰とでも仲良くできる人、家族仲もよさそう、という印象だったので、橘平は意外だった。
 職場から離れられないのは、村の引力、「なゐ」のせいだろう。

「嫌いでも、せめて出勤したら挨拶くらいしろよ。ほんと」
「あーやだやだ、休日にあいつの顔なんて思い出したくない!ってか葵に言われたくない!」

 早く話題を変えたほうがよさそうだ、と橘平は察した。

「えー、とりあえず敷地を案内します!」と立ち上がった。

 3人もそれぞれ立ち上がる。向日葵と桜はコートのポケットにスマホのみという恰好だが、葵はメッセンジャーバックから30センチくらいの細長いものを取り出し、腰の後ろに下げていた。

「なんですかそれ?リコーダー?」
「短刀。なんでリコーダー持ってくんだ」

 橘平は心配しすぎではと思った。しかし桜を全力で守るには、注意も準備もしすぎるほどがいいんだ、と考え直した。
 どんな時でも非常時を想定し、しっかり準備する葵。
 明るい笑顔で場を和ませる向日葵。そして怪力。
 では、橘平が桜のためにできることは何だろう。今すぐ思いつかないけれど、早急に見つけたいと願う橘平だった。

 
 八神分家の裏に周ると、すぐ本家が見えた。話通りにちょっとした植木や花があり、すんなり敷地内に入れた。

「八神本家は一宮とか他の本家みたいに立派じゃないんで、敷地って言っても狭いです。探すところもそんなにないと思うんすけど。家になければ…山…?」
「げー、山はごめんだよ」

 と向日葵の言うように、この敷地内で早々になにか手掛かりがみつかれば。みな思いを一つにするのだった。
 橘平の家側の本家の敷地には、木造の古い物置小屋があった。
 桜がその壁を眺めていると、あの模様を見つけた。

「物置小屋の壁にお守りのマークがある」
「うん、どの建物にも基本的に彫ってある。うちも基礎と、壁のどっかに彫ってあったな」
「橘平少年の持ち物にも書いてあったな」
「え、見たんですか!?」
「見えたんだよ、失礼だな」
「あ、すんません。はい、前も言ったと思うんですけど、いろんな物に書いてます。なんか落ち着くんで」
「八神家で大切に受け継がれてきたものなのね。じゃあ、この小屋入ってみていい?」

 と、桜が物置を指さす。

「どーぞどーぞ。大したものないし、めちゃくちゃちらかってるけど…」

 それなりの広さを持つ物置小屋の中は、工具類や農作業用の道具が置かれていた。そのほか、使わなくなったと思われる家具や置物、コマや凧などの玩具、多種多様、雑多に物が置かれていた。
 予想以上に埃や土なども付いており、橘平は人数分の軍手と、女性陣には「俺ので申し訳ない」と自身のジャージを羽織ってもらった。桜は袖をまくるほどであったが、向日葵はそこそこといったサイズ感だった。

「葵さんにエプロン持ってきたんすけど…」

 橘平は家庭科の授業で使っているエプロンを持ってきた。しかしどう見ても、葵には小さい。

「いいよ気を使わなくて。別に汚れていいし」
「すんません、うちに葵さんに合うものはない…」

 何がヒントになるかわからない。その姿勢で、4人は道具、小屋の床や壁など、隅々まで丁寧に観察したが、これといったものは見つからなかった。
 橘平がスマホで時間を確認する。すでに12時をまわっていた。

「そろそろ昼にしませんか?母さんが焼きそば作ってくれるらしいっす」ということで家に戻ると、実花が玄関の開く音を聞きつけて飛んできた。
「みなさん、お昼にしますか!?」
「おおう、うん、お昼食べる」
「すぐ作るわね!」
「ありがとう。じゃあ、みんな上で」
「居間で召し上がって、みなさん」

 真っ赤な口紅の実花が、4人を居間へ誘う。

「えー、俺の部屋」
「居間にいらっしゃい」

 ゴールドのラメが異様に目立つ実花の瞼。母の体全体から発せられる強い圧力に息子は屈した。
 橘平は母が焼きそばを焼く隣で、お茶をいれる。
 そういえば、家の中で母が化粧をしている。珍しいことである。

「化粧してるけど、どこかいくの?」
「行きませんよ、橘平さん。家の中で化粧しちゃいけないのかしら」

 いつもより濃いめのメイクに、変な言葉遣い。

「ああ、いや、いいと思う…」

 実花はダイニングテーブルのいわゆるお誕生日席に座り、4人が焼きそばを食べる姿をウキウキと眺めていた。
 あっちへ行けとも言えず、居心地の悪い橘平であった。
 

 焼きそばを食べ終え、また物置小屋探索を再開する。橘平は軍手をはめながら「みなさん、なんかすいません」と謝った。

「ええ?なにが~?」
「母さんがずっとみんなのこと見ててさ…食べにくかったですよね。どうしたんだろ。いつもと違う」

 向日葵が橘平の肩を抱き、にやにやっと話しかける。

「ママさ、息子の彼女が来たとでも思ってうれしーんじゃない?」
「か、彼女!?」
「そー!しかも、こんなにカワイイ女子が二人よ?どっちかしらって思うじゃなーい?それを観察してたんじゃね?」

 橘平は無言で向日葵を見つめる。

「…何?」
「向日葵さんとは思ってないっすよ、さすがに」

 こいつ、と向日葵は橘平の頬ををむにゅむにゅもんだ。

 物置小屋にはやはり、封印に関係しそうなものは無さそうだった。
 という事で、4人は今、蔵の前にいる。
 小屋の方は古いという形容だったが、こちらはこじんまりはしているものの、歴史がありそうな作りだった。

「一宮の蔵と同じくらい古そう」
「おー、ここならなんか手掛かりありそーじゃん!」

 蔵の和錠にも、鍵穴の中心にお守りの模様が入っていた。橘平は鍵を差し込むことなく、解錠する。

「え、カンタンに開いちゃうの?」
「さっき言ったように、うちは立派じゃないんで。盗むものなんてないから、鍵は飾り。蔵っていうかこっちも物置」

 橘平と葵が、重い扉を手前に引く。

「こっちも散らかってるんですよ…」

 蔵の中には段ボールや木箱、葛籠など、さまざまな年代の入れ物が山積みになっていた。

「もー、すぐ詰め込むから…主にじいちゃんとじいちゃんとじいちゃん…」
「じいちゃんしかいないんかい」
「そーなんすよ」

 ほこりもうっすら舞っている。

「気を付けてくださいね、段ボール落ちてきてじいちゃんが下敷きになったことあるんで」

 向日葵は蔵の中を見回し、うんざりしたように言う。

「うへえ、これ一個一個開けて…絶対今日じゃ終わんないじゃん」
「八神さんちに悪いから、夕方には退散しないといけないしな」
「とにかく、できる範囲で探しましょう!うん!」

 桜が早速、蔵の奥のダンボール箱を開け始めた。段ボールからはアルバムや小学校の教科書、橘平兄弟が着ていた幼児服など、比較的最近のものが次々とでてきた。

「木箱とか葛籠開けたほうが何か見つかりそうっすよね?段ボールどけられないかな…」

 古い入れ物の上に次々と新しい入れ物が置かれていったのだろう。年代物の箱の上には何箱ものダンボールや袋やらが無造作に積まれている。

「そうだな…段ボールは開けないで降ろしていくか」
「あー、じゃあ、どこかスペース作ってですよねぇ…」

 そんなことをしていたら、この日は段ボールの位置替えで終わってしまったのだった。
 彼らは部屋に戻り、次の土曜日にも八神家に集合することを決めた。

 
 帰り際、彼らは挨拶をしたいと、橘平の両親がいる居間に顔を出した。八神夫妻はダイニングテーブルの上でキムチを仕込んでいた。 

「あ、八神かちょー!今日はありがとうございました~!ん、きむち?」
「おお、向日葵ちゃん。そ、キムチ。あれ、葵くんもいたの?」
「今日はありがとうございました。お母さん、焼きそばご馳走様でした。美味しかったです」

 葵に声をかけられた実花は「ひゃっ!」と小さな声を上げ、「そんなそんな…あ、あんなもんで…」ともじもじしている。

「めちゃ美味しかったですよ~キムチもおいしそ」
「ありがとう。美味しいわよ」

 幸次は「ええと、そちらは…」と、向日葵の後ろに半分隠れている桜に目をやる。

「い、一宮桜です。今日はありがとうございました」

 桜が90度を超える深いお辞儀をする。ぺこり、と音がしそうな可愛らしい動きだ。

「いちのみや?」

 幸次が黒縁メガネの弦に手を当てる。葵がすかさず「橘平君のお父さん、お母さん、お願いがあります」と切り込む。

「一宮桜さんが遊びに来たこと、黙っていていただけますか?」
「ほんと、すいません!誰にも言わないでもらえると超助かります!」

 長年村に住み、役場にも務める幸次。一宮家の特殊性は多少、察するところがあった。

「…うん。そもそも言う人いないから、安心して」

 桜が土下座する勢いのお辞儀で、感謝の意を表す。
 彼女は友達の家へ遊びに来たことを周囲に隠さねばならない。橘平は不思議に思うと同時に、「おかしさ」を感じたのだった。

「じゃあ、おじゃましたしたー!帰りマース!」
「また役場でね。これからも橘平と仲良くしてやって」
「もちですよ!きっぺー君、私の舎弟なんで~また来ますねっ!」
「え、舎弟!?」
「違うの?舎弟になったんちがうの?」

 確かに昨夜、橘平は「舎弟」として雑用でもなんでもやると発言した。

「良かったな、きれいなお姉さんができて」
「はは…」
「は!お母さま、今日は何も持ってこなくてほんとすいません!こんどお、超おいしいもん持ってきますね!」
「あらお構いなく。また来てね」

 実花は向日葵ににこやかに返しつつ、横目で葵を捉え「また…」と囁いた。

 
 愛犬の大豆とともに、橘平はピンク軽の前までやってきた。

「橘平さん、今日は本当にお世話になりました。また来週もお邪魔することになって、ご迷惑かけてしまうけど」
「迷惑なんて全然!いつでも気軽に来てよ!だって」

 大豆は桜のことが気になるのか、顔や体を彼女の足に擦り付けている。

「友達んちなんだから」

 今、橘平の前にいる桜は、向日葵にも葵にも、今まで見せたことがない表情をしている。
 その感情のまま、桜は帰って行った。
 彼らとの入れ違いのように、弟が自転車に乗って現れた。

「お帰り。どこ行ってたの?」
「タカんちで遊んでた」

 桜さんも自転車で、バイクで、徒歩で。自由に友達の家に遊びへ行けるようになったらいいな。
 橘平は夕陽に願ったのであった。

 橘平は部屋に戻り、ベッドへ横になりかけた、その時。
 扉が勢いよく開いた。扉は壁に当たって、どばんだが、がごんだか、聞いたこともない音を立てた。
 現れたのは鬼のような形相の母。橘平に早口でまくし立てる。

「橘平、いつの間に葵クンと友達だったの?いつから?なんで教えてくれなかったの?言わなきゃダメじゃない」
「へ?」
「また来る?」
「あー」
「来るの?」
「た」 
「来るんだね?来るときは絶対教えてね、今日ノーメイクだったでしょ私。あのね、あおい、いやね、お客さん来るときはお化粧しないといけないのよ。子供だからわかんないと思うけどつまりね…」

 いきなり何の話をしているのか。息子はちんぷんかんぷんだったが、話の冒頭を思い出した。母は「いつの間に葵クンと友達だったの?」と言っていた。
 そう、実花が突然メイクしたり、変な話し方になったり、挙動不審だったりしたのは「葵」がいたからだったのだ。息子の彼女が来た、じゃない。
 べらべら続く「お叱り」を橘平が遮る。

「母さんって葵さんのこと知ってるの?!」  
「当たり前でしょ!みんな知ってるわよ!」

 向日葵同様、彼はある意味村では目立つ。今のは愚問であったと橘平は軽く反省する。

「いつから知ってる?お嫁に来た時から?」
「そんなすぐじゃないわよ。親戚と近所の顔覚えるので精いっぱいだったしさ。ってかそん時、葵クンまだ小さいし」

 子育てで他の子なんか気にする余裕なかったし。と苦労もにじませる。

「ちゃんと認識できたのは、葵クンが中学、いや高校生の頃かなあ。すっごいかっこいいが子いるのは知ってたのよ、噂でね」

 実花はベッドに腰かける。

「で、きっぺーが小学校入ったでしょ。中高も近くにあるじゃない、そこでさ、見ちゃったわけよ」

 その時の光景、そして胸のときめきを思い出しているのだろう。母の瞳がきらり、と光る。

「一瞬で分かったわよね、噂のかっこいい子」

 橘平が葵の事を知っていたのも、学校の女子が彼について話していたからだ。大人の間でも噂になっていたらしい。

「大学卒業後は役場でしょ。もー、わざとお父さんの弁当をカバンに入れないで役場に届けたわよ、何回か」
「ええ、マジで」
「マジマジ!こないだもやった!はー、橘平のおかげで超至近距離で会えちゃったあ。ありがと!」

 鬼の顔がアイドルに恋する乙女に変わる。
 葵への憧れを隠すことなく語る母の姿に驚きながらも、内心複雑でもあった。

「父さんいるのにさ、葵さんにきゃーきゃーしていいの?」
「アイドルよアイドル。別に浮気じゃないんだからさ、いーじゃない。かっこいい人見るのってねえ、きゅんとして心にいいのよ」
「きゅん?とうさん…」
「子供にはいえないこともあるのよ!!」

 いままで葵ファンであることなんて全然気取らせなかった母。といいよりも、橘平が母にそこまで興味がなかっただけかもしれなかった。
 しかしだ。これまでの話からすると、葵は多くの女性から好意の目を向けられている可能性がある。
 彼の外見からすればわかりそうなものを、橘平は考えもしなかった。向日葵にはたくさんのライバルが立ちはだかっている。

「でもさ」

 橘平がライバルのことを考えていると、実花が特大のため息をついた。

「絶対彼女いるよねえ、あんなかっこいい子」
「…いたら何?」
「アイドルに恋の噂が立ったら、ファンはざわつくでしょ…」

 芸能人でもあるまいしと思う息子だが、ルックスだけ見れば全く劣らない。むしろ葵の方が勝っているかもしれなかった。

「あれれ、でもさでもさ、この辺に葵クンに釣り合う人いる?」
「それは」
「いないや!いない!うん、まだ彼は私のアイドルだわ」

 一緒に来ていた向日葵と桜は、葵にとっての「そういう人」には全く見えなかったらしい。
 頑張れ向日葵さん。
 桜の自由とともに、向日葵が多き障害を乗り越えられるようにも願う橘平であった。 


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