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【小説】神社の娘(第8話 向日葵と葵、バケモノを倒す)

 楽しいバイクの時間はあっという間だった。
 森の南口、つまり森の入口付近に到着し、バイクを茂みに隠した。
 周りに人がいないことをよく確認してから徒歩で森へ向かう。葵が先頭に立ち、桜もそれに続く。
 二人から少し離れて、橘平と向日葵が歩いていた。
 向日葵は橘平の肩に手を載せ、顔を覗き込みながらこっそりと話しかける。

「ねえ、きー坊」

 派手な声とは打って変わって、静かで艶のある「大人」の女性の声だった。
 普段からは想像できない彼女の意外な一面に、橘平はドキリとする。

「私らがバケモンなんとかしてる間さ、全力で桜を『守って』くれるかな」

 桜を守りたい。その気持ちでここまでやってきた。それは言われなくても全力で務めるつもりだ。

「はい」
「もしかしたら『なゐ』もでてくっかもしんない。どんな奴かわかんないけど、それでも全力で『守って』」

 あ、そうか、親玉がでてくる可能性があるのか。バイクが楽しかったせいで、橘平は失念していた。

「ね?」
「は、はい!」
「うっし、良い子良い子」

 橘平の背中をバン、と叩き「全力全力~」と言いながら、向日葵は橘平の前に立って歩き始めた。この「背中バン」はあまり痛くなかった。むしろ、勇気が湧いた。
 役立たずの俺ができることは。
 桜さんを全力で「守る」こと。
 橘平は心に深く刻み付けた。

 先日同様、森の中にはすんなり入ることができた。もちろん中は真っ暗で、各自、懐中電灯を点ける。

「雪が残っているから、足元気を付けて」

 葵と向日葵が先頭に立ち、他二人はその後ろをついていく。
 前の二人は懐中電灯以外にも手元に何かを持ち、それを見ながら歩いていた。

「桜さん、前の二人、何見てるの?」
「方位磁針だよ」

 名前を呼び合うことになったあとから、二人のやりとりは急に友達同士のようになった。呼び方を名字から名前に変えただけなのだが、二人にとって、その効果は絶大だったようだ。

「え?なんで」

 あのね、と桜が説明する。

「道がわからなくても、基本的には方位磁石の北に従えばあの広場にも、出口にも着くの。あの時も私、持ってたし」
「そうなんだ。追いかけるのに必死で気づかなかった。ぶっつけで来たの?勇気あるなあ」
「私が来る前に二人がこの森に入ったから、だいたいのことは聞いてた。それにここも封印されてて、入れるようになったのは最近で仕方ないというか…」

 好奇心で一度立ち入ったことのある橘平は、それを意外に思った。では自分が入れた時は封印が解けていたのだろうか。

「え、封印?それに二人が」
「ちょっと静かにしろ高校生」

 会話が気安くなり、つい声も騒がしくなってしまう二人に、葵が釘をさす。

「緊張感持て、緊張感。もしかしたらバケモノがその辺から出てくるかもしれないだろう」
「しゃべって緊張ほぐしてんじゃんよー。ほんとマジメさんだな。リラックスしてるほーがパフォーマンス良くなんのよ?」

 向日葵が二人の方を振り向き、葵を指さす。

「こいつもきんちょーしてんのよ、大目に見て」
「向日葵もだろ」

 と、葵は向日葵の手首をつかむ。彼女の手は、小さく震えていた。

「きょわ!?」

 向日葵は超音波のような奇声を上げ、自身の腕がもげそうなほど、激しく葵の手を振りほどいた。
 それに反応することなく、葵は淡々と「桜さんと手繋いどけ」と言う。

「うっせーお前だって橘平に抱きついとけ、ばーか!」

 このやり取りを後ろで見ていた橘平は「向日葵さん、葵さんとは近くて遠いな」と感じた。
 今、手を振りほどいたのは、嫌だからではない。照れ、もしくは驚きに見えた。幼いころから一緒に桜の側にいる、非常に距離の近い人間から、少し触れられただけであの反応。葵のことを異性としてかなり意識しているようだ。
 軽口を言い合える幼馴染なのは間違いないのだろうけど、意識しているからこそ、それを隠すために雑な物言いをする。
 意識しているから、バイクの後ろだって乗らない。胸の鼓動がバレてしまいそうだから。
 距離が近すぎて、それ以上になることへ踏み出せない。だからこそ、良い幼馴染の距離を保ち続けるしかない。
 桜と橘平にはべたべたしてくるし、服装も声も化粧も派手だし、軽いノリで男女関係なく人懐っこく甘えそうな向日葵。実は案外、臆病な性格なのかもしれなかった。

 では葵はどうだろう。さきほどの好みのタイプを思い出す。
 笑う人。
 向日葵も当てはまるけれど、もしかしたら別の人の可能性もある。それに、向日葵とは今のところ軽い言い合いも多いし、先ほども無反応。唯一の接点は、彼女が葵のコートを羽織っていたぐらいだ。あれは単純ないたずら心だったのか何か分からないけれど。
 少年は「唐揚げおいしいから俺は向日葵さんを応援しよう」と決めた。

「頑張れ…」

 橘平がぼそっと呟く。
「何か言いました?」
「あ、いや、何も言ってないよ、桜さん…」
 あの夜は見知らぬ少女を追いかけるのに必死だった。
 今日はその少女、桜が隣にいる。頼もしい年上たちもいる。きっと、あんなバケモノはさっさと倒して、目的を果たせるだろう。
 希望をもって、黙々と歩いた。

 途中であの怪物にも、ほかの脅威にも遭遇することなく、桜の木の広場にたどり着いた。
 相変わらずの美しさを誇る桜の木が、そこにあった。

「おお…」

 小さな声をあげ見惚れてしまう橘平だが、三人は無反応だった。

「あのバケモノ…どこかしら?」

 広場には満開の桜があるばかりで、2匹の恐ろしいカオナシは見当たらない。

「近くに潜んで、って隠れられるほどの大きさでもないし…」

 用心しながら4人は桜の木に近づいていくと、木の下には桜が破壊したはずの神社のミニチュアが置いてあった。

「どうして?!私が壊したはずなのに…」
「怪物を消滅させないと、これも完全には壊せないのかもしれないな」
「ふ~ん。もっかいこれ壊したらさ、バケモンでてくんのかな?」
「そうかもな」

 葵が小さな神社を踏みつけるが、全く壊せない。メガネを外して日本刀を抜き、神社に刺そうとする。しかし刃が通らない。

「押し返されているようだな」

 向日葵も踏んだり投げたりするが、傷一つ付く様子がなかった。

「やっぱ私らじゃダメなのね~」
「なんでなんで?桜さん、踏んでで破壊してたじゃん」
「桜さんの有術でしか壊せないんだよ、やっぱり。以前も俺らでは壊せなかったんだ」
「え?桜さん、こないだ超能力使ってたの?目なんてあるこれ?」

 これ、と桜はミニチュアの屋根を指さす。

「屋根の模様。お伝え様の神紋、家紋みたいなものね、これ目を表すらしいのよ。だから私が壊せた。じゃあこれから壊すから、みんなは心構えを…」

 葵は日本刀を、向日葵は腕を構え、桜を守るようにそれぞれ立つ。
 橘平は向日葵の言葉を思い出し「何があっても桜さんを守る」気持ちだけを強く持ち、桜の隣で神社の破壊を見守った。
 桜はメガネをすっと外し、神社の模様と目を合わせる。そして思い切り神社を踏みつけた。
 ぐしゃ、ぐしゃ、と何度も踏み、再生できないほどバラバラにした。

 すると、先日のように左右から巨体の目なしバケモノが現れた。橘平は素早く桜の手を取り、奴らが着地する前に走り始めた。
 桜の木よりも太い腕や足が、葵と向日葵を襲う。二人はそれを交わしながら、近づく機会をうかがっていた。
 図体が大きい分なのか、動きはそう素早くない。だが、腕や足を振り下ろした時に生ずる強風や拳が地面にあたったときの衝撃で、接近は困難だった。

「はあ、はあ、こんなとき、魔法使えたらな!!もう!!」
「んなもんない!」
「分かってる!!!!!!」

 一本角の方が、両手を頭上に振り上げ、拳を思い切り地面にのめりこませた。
 その時できた一瞬の隙を狙って、葵は左に回り込んで飛び上がり、腕を袈裟懸けに切りつけた。雷のような激しく青白い光とともに、怪物の腕がぼとん、と落ちた。しかし反対の拳が降ろされる。
 葵は広場の外までぶっ飛ばされてしまった。

「葵!!」

 すぐにでも駆け付けたい向日葵だが、バケモノは向日葵を追いかけてくる。

「葵兄さん!」

 広場の外まで避難していた桜は腕をひねって橘平の手をはがすと、一目散で葵のもとへ走っていった。

「桜さん危ない!!」と声を張り上げながら、橘平は急いで彼女を追った。

 木の根が見え隠れする、まだ解けきらない雪の上に勢いよく落ちた葵は、苦しげに唸る。
 化物からの一撃、そして着地の衝撃で、骨の何本かは折れたようだ。もしかしたら内臓からも出血しているかもしれない。経験したことのない激痛だ。
 それでも葵は起き上がろうとする。
 しかし体のどこにも力が入らないどころか、呼吸をするだけで痛みが走る。瞼も重たくなってきた。
 でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
 向日葵を一人で戦わせるなんてことはできない。
 だから、桜を頼るしかない。

「桜、さん…」

 葵が守るべき少女の名を呼んだ時。ちょうど桜が飛ぶように駆けてきた。

「葵兄さん!」

 その勢いで彼に馬乗りになり「目を開けて!」と呼び掛ける。桜はなかなか開かない葵の瞼を無理矢理こじ開け、葵の瞳と自身の瞳を近づけた。
 追いついた橘平はその光景に驚いた。
 けが人にまたがって目をこじ開ける桜。そして鼻先が触れるほどに近い距離で、じいっと葵を見つめているのだ。
 桜に5秒ほど見つめられると、葵は体が熱くなり、痛みが消えていった。

「ありがとう、起き上がれそうだ」
「良かった!」

 桜は葵の上から退き、起き上がるのに手を貸した。起き上がった葵は「向日葵!」と叫び、広場へ走り去った。
 満身創痍の青年が、少女に見つめられただけで、走れるほどに回復した。
 これは聖人の奇跡なのか。橘平は自分が何を目撃したのか理解が追い付かなかった。

「さ、桜さん、今の」
「有術だよ。壊して、治す。それが私の力」

 葵が倒れている間、向日葵はとにかく逃げ回っていた。
 その間にも、向日葵は冷静にバケモノを分析する。
 奴らにはおおまかな動きのパターンがある。共闘はせず個人で動いている。そういうことが分かって来た。

 片手を失ったバケモノが、残りの腕で襲ってきた。片手の分バランスが少し取りにくくなっているようで、時折、よたよたと走る。隙が増え、もう一方ほどは脅威ではなくなっていた。
 バケモノ拳が向日葵の2、30センチほど前に来たところで、彼女はその拳の前で自身の手のひらをくるっと返した。
 すると、片手のカオナシは仰向けにばったりと倒れた。死んでひっくり返った虫のような恰好だ。
 向日葵はバケモノの腹に乗り己の拳を突っ込んでみたが、全く無意味だった。やはり、村の周辺に出てくる「ちっちゃいバケモン」とは比べ物にならないのだ。普段相手にしている奴らは、隙さえ狙えば人間の拳でも多少のダメージは与えられる。

 こいつらは別格だよ。やっぱ消滅させるには…葵がいないと。

 両手の残る二本角の方が、向日葵を殴ろうと拳を横に振りぬく。
 すんでのところで気づきバケモノから飛び降りたが、彼女は着地に失敗して倒れてしまった。普段ならしないような失敗だ。
 体力も精神力も、限界なのかもしれない。向日葵はむき出しの地面に爪を立てる。

 結局、あいつらを倒せる能力を持たない私じゃ、何もできないんだよ。
 ずっと、弱いって言われてきた私の能力なんて。役立たず。
 やっぱりさ、葵、私一人じゃ桜を…。

 いつも陽気な彼女が心折れそうになってきたころ、激しく青白い閃光が辺りを照らした。同時に、恐ろしい断末魔もこだまする。
 立ち上がって声の方に目を向けると、葵がひっくり返っているバケモノの胸を一突きにしていた。限界まで刃を刺し、思い切り引き抜くと、バケモノはドロドロに溶けていった。

「向日葵!!」

 素早くバケモノから退散し、葵は向日葵の方へかけていく。

「大丈夫か!?」
「全然大丈夫。そっちこそケガは」
「治してもらったから。早くもう一匹を」

 と無事を確かめ合っている間に、残りのバケモノは広場の端に避難していた二人に向かっていた。

「桜さん!!」
「さっちゃん!きっぺー!」
 

 橘平は桜としっかり手を繋ぎ、森の中へ逃げた。
 しかし、真っ暗で雪も残るという悪条件。なかなか全速力でまっすぐ走ることは難しかった。怪物は木をなぎ倒し、もうそこまで迫っている。
 ぼこりと地表にでた木の根に、桜が躓き転んでしまった。

「桜さん!大丈夫!?」
「は、はい、っつ…」

 足を強くぶつけてしまったらしく、桜は痛みで立ち上がるのが辛そうだった。

「俺の腕とか肩とか掴んで…」と言っているうちに、バケモノは逃げられない距離まで詰めてきた。

 とっさに、橘平は手のひらに子供のころから親しんでいる「おまじない」を描き、立ち上がれない桜をしっかり抱きしめた。
 巨大で不気味なバケモノが、手を伸ばせば届きそうなところにいる。立ち上がれない桜。
 逃げたくても逃げられない状況のなか、橘平は彼女を抱きしめることしかできない。しかし「俺ができるベストはこれだ」と、橘平は不思議な確信持っていた。
 桜も妙に「守られている」感覚があった。大丈夫、安心してと、橘平から伝わる体温が教えてくれている。
 二人の頭上には怪物の右足。普通なら、このまま潰されてしまうだろう。
 しかし右足は二人の頭上すれすれで止まった。怪物はそれ以上、踏み込めないようだった。

「と、止まってる?」
「なぜかしら…?」

 何が起こっているか考えられない二人の前で、怪物が右横にゴロンと転がった。そして日本刀を高く振り上げた葵が飛び上がり、左わき腹から真向に切り下した。
 青白い光とともに体は見事に真っ二つに割れ、ドロドロと溶けていった。


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