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旅に出たい

 社会人になって1年目の夏、大学の後輩をドライブに連れていった。後輩から、学生のうちにやっておけば良かったって思うことありますか?と尋ねられた時、色んなところに出かけた方がいい、という風なことを答えた。

 当時は、社会人になると時間が限られてくるし、遊べるうちに遊んだ方がいいんじゃない?というような軽い意味で答えたのだと思うけれど、今になって自分の言葉の意味がわかってきた。(過去の自分と今の自分は別人だから、こうやって、たまに昔の自分の言葉に考えさせられたりする。)

 色んなところに出かけた方がいい。ありきたりなアドバイスだけれど、それはつまり、ありきたりと言われるほど多くの人が言っているということでもある。

 なぜ人は旅をして、人に旅を薦めるのか。単純に旅は、非日常で楽しくて息抜きになり、若いうちは「可愛い子には旅をさせよ」という言い回しもあるように、社会勉強にもなる。

 それだけでも十分旅を薦める理由になる。でも、大切な後輩に旅に出よと薦めるのは、つらく苦しいできごとに直面した時、思い出せる景色があるだけで心が救われることがある、ということを知っているからかもしれないな、と思う。

 感染症の流行や、自然災害、多忙な仕事や、家族のこと…。生きていれば、楽しいこともあるし、どうしても苦しく辛く旅にも出られない時期も必ずある。そして楽しい時よりも、苦しい時間の方が長く重く感じるものだと思う。

 そんな時に、あの場所に行けばあの景色があるんだろうな、と思える光景がひとつあるだけで、ふっと心が軽くなったりする。そういう光景が記憶の中に多ければ多いほど、辛い時の自分の力になるのだと思う。苦しくても踏ん張る力だけではなく、逃げる力にもなるかもしれない。

 そんなようなことを、適当ながらに当時の私も伝えたかったのかもしれない。

 あの夏の夜、夜空をかける流れ星みたいにまっすぐに投げられた質問の答えが、あれで良かったのかと時々考えていた。彼はあの後たくさん旅をしただろうか。

 私もそろそろ旅に出て、今の自分の息抜きと、未来の自分の味方を増やしたい。

美味しいごはんが食べたいです