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憧れに騙される

「憧れることを止めましょう」
メジャーリーグで活躍している大谷翔平選手がWBCの決勝前に発言したこの言葉を知っている人は多いと思う。

誰かに憧れた時期は誰しもあること。
こうなりたい、ああなりたい、気付けばその人に意識が向いてしまっている。

しかし、その憧れの表面上の良く見える部分だけに目を向け、真似したり受け止めたりしてしまっていることが多々ある。その憧れが本物であれば、プラスとマイナスの面の双方を分析することが大変重要だと思うのである。

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一年前の夏前。
友人に憧れをひそかに抱いていた。彼は大きなプロジェクトを立ち上げたり、未知の世界に事あるごとに飛び込んだりして、日常を楽しんでいた。傍から見ても彼の変化を感じずにはいられないほどのスピード感だった。

そのスピード感と成長を手に入れたくて、自分自身もボランティア活動の主催を務めることとした。前に出ることを嫌い、常に参謀役や2番手に甘んじていた自分から変わりたかった。

詳細は割愛するが、ボランティア活動には300人を超える方が関わってくださり、自分の中では憧れに近づく挑戦であった。

結果的に無事に成功に終わったが、大きな一歩を踏み出しすぎた自分は、様々なことが重なり少しだけ病んでしまった。少なからずの成長を感じられた反面、自分の性格的には合ってない挑戦を行ったと感じた。
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この経験を通し、憧れのプラス要素だけを見て突き動かされることの危うさを強く感じた。

見えている部分を真似することで得られるものは多いかもしれない。しかし、憧れという存在にはとてつもない差があり、その対象は想像以上の経験と努力によって形作られていることを忘れてはいけないと思う。

憧れとは、プラスとマイナスを知り得た上で抱くものじゃないか。
憧れている人の良くない面を知ったうえで、憧れや尊敬の念を抱く。そういう状態こそ、自分に落とし込んだ時に、真似する部分と反面教師にする部分が明確になる。

人は誰しも異なる個性がある。自分に合ったやり方がある。
憧れと同じことを繰り返して失敗を積み重ねることで、自分を知れるのかもしれない。失敗の数はもちろん重要である。
でも、少しだけ見方を変えてみることで質の良い失敗となる。

今回の経験を通すと。
憧れの良い面だけで失敗したおかげで今があるとも言える。だから言っていることはある意味で矛盾している。

でもやっぱり憧れだけで上手くいかずに諦めてしまうというもったいないことは避けたい。だからこれからも憧れの前に立った時、衝動的に行動しつつ、どこか頭の片隅に冷静に分析する自分がいてほしいと願っている。

あとは憧れの対象になりたいなんて甘く考えていることが露呈してしまったのである。

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