自己表現のリハビリ
わたしは今、自己表現のリハビリをしている。
最近思ったのは、自己表現は、楽しいばっかりではなくて、努力と継続が必要。
そして、わたしは、とにかく続けることが苦手。昔からずっと苦手。努力もたぶん苦手。
いろんなことに興味関心はあるから、これまでいろんなことに手を出してきてた。
そこそこいいじゃん!ということもいくつかあったけど、飽きてしまい、途中でやめてしまった。
その結果、中途半端な器用貧乏になってしまったな〜と思う。
もしかしたら、これも贅沢な悩みかもしれない。だって、わたしは、そこそこ恵まれている。
家族や友人に恵まれているし、働いてる会社も好きだし、たまに贅沢もできる。
幸せだなーと思う瞬間もちゃんとあるけど、なんだかピンとこない、しっくりきてない、自分の人生に何かピースが足りないといつも感じる。
そのピースは、自己表現だと思う。
ずっと自己表現したかった。なんでもいいから、自己表現したい。
それは、すればいいじゃん?なんだけどw
でも、正直、これまでは様々に理由で、思いっきり自分を表現することができてなかったと思う。
自己表現できなかった理由
表現できてなかった理由はいろいろある。
先に言っておくと、その理由はすべて言い訳でしかない。笑
人生の各フェーズで、やりたいことをやらない言い訳がいつもあった。笑
コンプレックスだったり、能力不足だと思い込んだり、人の目を気にしたり、時間がなかったりなど。
たぶん、めんどうくさかったのかな?
いろんなことに手を出してみて、わかったことがある。
得意なこと、好きなことでも、突き抜けるには努力と継続が必要。
努力せずにできることが才能だよ、ってよくきけど、それはその通りかもしれないが、やっぱり形にするにはある程度の努力は必要。
才能あるようにみえる人は、裏で努力している人が多い。本人は努力と捉えてないこともあるだろうけど、たぶんそれは客観的にみたら、努力だ。
わたしは、その努力をサボってきたんだなって思うんだよね。
めんどくさがってしまった。
そして、そんな自分の特徴を言語化できてしまったため、今度は自己表現のハードルが勝手に無駄に上がってしまったのだ。
ここまで、何も継続できないと、これから何かを始めるの怖くなってしまう。
また続けられないかもしれない。
やればできるもん!と言って、何もやらないほうが圧倒的に楽。
でも、それって、なんでそうなるの?と考えると、他人の目を気にしてるんだよね。
それもまた、やらない新しい言い訳でしかないのだ。笑
ハードルを下げる
とはいえ、言い訳だとわかっていても、確かにちゃんと、臆病にはなっている。
だから、リハビリが必要だと思った。
やらないといけないことは、とても簡単で、とにかく、ハードルを下げること。
自己表現のハードルを下げて、行動のハードルをさげて、完成度のハードルを下げる。
続けられなくても、またいつでも再開すればいいだけ。
何をやりたいかをわからないから、それをずっと探してたんだけど、やっと気づいた。
探しても見つかりません。笑
自分探しもそう。
探してるうちは見つかりません。笑
何かに決めるしかないんだよね。
人生は何でもそうかもしれない。
決めて、それを正解にする方法を考える。
とりあえず、先に何かを続けてみるしかない。
周りの人たちを見ていて、才能あったり優秀な人よりも、欲を持って小さくても、何かを継続している人がすごいだということに気づいた。
欲と継続は最強武器。
うまくやれない、また継続できないかもしれない、やりたいこともはっきりしてないと思い、何かを始める勇気がなかったけど、
でも、それはちょっと自分に厳しすぎるかもしれないと思ったんだよね。
決めたら絶対にやり遂げなきゃいけないわけじゃないし、別にやめてもいいし、続けられなかった自分じゃなくて、少しでもやれた自分を褒めて、小さなことでも、それは経験値になり、自分にとって何かプラスになるかもしれない。少なくともマイナスにはならないはず。
完璧にやらなきゃ!とか、自分がやっても意味ないとか、言い訳は永遠と思いうかぶけど、やらないよりは、やりたいなら、やったほうが絶対にいい。
そして、小さく小さくてもいいから、それを続けること。
偉そうに書いてるが、これは本当に他誰でもない私自身に向けて書いていること。
このnoteも、自己表現のハードルをあげてしまい、言い訳ばっかりしている私のリハビリ。
ゆるく発信を続けて、思ったことを書いて、自己表現のリハビリをしていこうと思う。
書けて偉い!
最後まで読んでくれてありがとう!
またねー。
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