読書感想文: 飯野謙次『仕事が速いのにミスしない人は、何をしているのか?』

一言で言えば: ミスが起こらない仕組みを整えよ。

みなさんは過去に失敗したことを思い出して「あー」とか「うー」とか叫んだりすることがあるだろうか。私はある。頻繁にある。その度に「あー」と声を出してしまったことが恥ずかしくなり、更に「うー」と声を出してみて、さらに恥ずかしくなるというのを何度となく繰り返している。

そもそも私は昔から一貫して注意力の欠けた人生を歩んでおり、照明や空調を消し忘れたり、会議の時間をすっぽかしたり、免許証をコンビニのコピー機に置き忘れたりなど、細かい失敗エピソードには事欠かない。その甲斐あって、これまで属したどのコミュニティでも「そそっかしい人」という評価から外れたことはなく、正確さの求められる作業は苦手だと自負している。

しかし一方で、さすがにもう少し失敗を減らせないだろうかと思うことは多く、そんな折にこの本を見かけ、 Prime Reading 対象で無料だし、ということで読んでみた次第である。


この本の著者である飯野氏は、かの有名な失敗知識データベースを擁する失敗学会の副会長であり、失敗というものに対する並々ならぬ造詣があることが窺える。そんな失敗学の第一人者が著したこの本を要約すると、冒頭に示した通り、ミスが起こらない仕組みを整えよということに尽きるのである。

さて世間では、「失敗なくして成長なし」、たくさん挑戦してたくさん失敗することで成長できるのだから失敗を恐れるな、という話がされることがある。とはいえ無為な失敗は避ける方がよいのは明白で、この本では冒頭に、

失敗は成功の母とは言うが、日頃の仕事や生活では、失敗やミスはしないほうがいい

と釘を刺している。さらに読み進めた先では、もうすこし踏み込んで

まったく予想だにしていなかった失敗はほとんどない
同様の失敗が今も起こり続けているのは、かつて起こった類似の失敗が共有されていないから

と断じている。

そうはいっても、という気にもなるが、ここには理論的な裏付けがあり、本文中では「ハインリッヒの法則」が引用されている。製造業に関わる人なら誰でも知っている(であろう)有名な法則であり、重大事故1件の背後には、同じ原因による小さな事故29件があり、さらにその背後には、事故にならなかったが「ヒヤリ」とした事象が300件あったはず、つまり、重大事故:事故:ヒヤリ = 1:29:300 である、というものである。

たとえば「海外旅行の際にパスポートを忘れて取りに戻り、飛行機を逃した」というたった1回の大失敗の陰には、「定期券を忘れてSuicaの残高を使って電車に乗った」などの小さな事故が29件くらいはあって、さらにその陰には「定期を忘れたけど取りに戻って事なきを得た」とか、「財布を忘れたけど電子マネーで支払いができた」などの事故にならなかった事象が300件くらいはあるはず、ということである。

すなわち、財布を忘れた程度の小さな失敗を見逃さずに対策を打っていくことで大きなミスを防ぎ、「ミスをしない人」になることができる、と考えることができるのであるが、ここで、ミスをしないように気をつけることは対策ではないという筆者からの警告が入る。本文から抜粋すると以下の内容である。

以後気をつけます、では、失敗はなくせない
注意力では、失敗もミスもなくすことができない

それではどうすればよいかは、これらに続く文中に示されており、

人間の絶え間ない高度の注意力を必要とするものがあれば、それは作業そのものが成熟していない。作業そのものに設計ミスがある

すなわち、ミスを起こさないようにするのではなく、ミスが起こらないようにせよ、ミスが起こらない仕組みを整えよという主張が行われる。


ミスが起こらない仕組みを整えるために具体的にどうしていけばよいのかについては、本書中で多くのページが割かれており、マニュアルの書き方やチェックリストの使い方から、忘れ物をしないための方法(出かけるときに絶対に忘れたくないものは靴の中に入れておくなど!)まで様々挙げられている。

ただ、私はこれらの具体例よりも、本書中で書かれていた失敗の分析方法が最も得るものが大きかったと感じており、それは失敗の原因は「注意不足」「学習不足」「伝達不良」「計画不良」の4つに分類できるというものであった。つまり、ある失敗が生じたとき、この4つの視点から分析し対策を打っていくことで、同じ失敗を繰り返さずに済むのである。

注意不足は、「うっかり」によって生じる失敗を指すものである。人間が人間である以上、大小はあれど必ず生じる失敗であり、この種の失敗への対策としては、「作業が惰性になり、注意力が衰えたとしても、ミスにつながらないようにするには」という観点でしくみ化するということが有効である、と著者は主張している。たとえば、うっかり予定を忘れる失敗には、リマインダーを設定して通知してもらうという対策であったり、データの入力ミスなどについては、人手で作業するのをやめて自動化するといったことが挙げられている。私は、この原因による失敗が恐らく最も類型が多いと思っており、対策を打つときの基本となる考え方であると感じた。

学習不足は、知っておくべきことを知らなかったために生じた失敗を指すものである。この種の失敗への対策としては学習することしかないものの、もう一歩踏み込んで、学習する動機付けと学習を楽しむ工夫が必要、と著者は述べている。たとえば英語学習については、英語ネイティブのパートナーを見つけたり、英語でのコメディ番組を見てみたりといったことが挙げられている。私はこの他にも、そもそもインセンティブを感じない学習であるなら、自分はなぜそれを学ぶのかを考えてみたり、学んだ時の報酬を用意したりも効果があるように感じた。

伝達不良は、伝えたかった内容が伝わらなかったり、誤って伝わったために生じた失敗を指している。この種の失敗への対策としては、しっかりコミュニケーションをとる他に、暗黙知を形式知にしていくといったことが挙げられている。暗黙知とは「言葉で表現できない知識」であり、特にグループに新しい人が入ってきたときに問題になる。この暗黙知について、たとえばマニュアル化するなど、皆が共有できる「形式知」としていくことが必要である、とのことである。

計画不良は、誤った計画によって期限に間に合わなかったり、目標を達成できなかったりといった失敗を指している。この種の失敗の対策としては、とにかく的確な計画を立てるという身も蓋もないものが挙げられている。それが出来たら苦労しないよと思うものの、そもそも計画を立てるとは、「いつまでに、自分の持てる力のどのくらいをかけて実行するか」を考えることである、と説明が続き、少し具体性が上がってくる。

計画不良についてはもう少し踏み込んだ説明があり、そもそも計画を立てるときに実現可能な計画を立てること(自分の遊興、家族サービスも含めて!)、そして、計画を振り返る時には何をどう間違えたのか(自分のリソース配分の何がいけなかったのか、相手の何を思い違いしていたか)を一つ一つ振り返ることが必要と筆者は述べている。端的に言えばしっかりPDCAサイクルを回すこと、という言葉に集約されるとは思うものの、そもそも Check に耐えうる Plan を立てよ、ということなのだろうと感じた。


まとめると、何か失敗をしたとき、「注意不足」「学習不足」「伝達不良」「計画不良」の4つの視点から振り返ることで効果的な対策が打てるが、そもそも効果的な対策を打つためにはしっかりとした計画、すなわち「いつまでに、自分の持てる力のどれくらいをかけて実行するか」を考えてから物事にとりかかるべし、ということを胸に刻みたい。

そして、この結論と同じくらい胸に刻んでおきたい一文を引用して、この記事の〆としたい。

たいていのミスは他人から見るとたいしたことではない

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