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「夜のピクニック」を読んで

”なんかよく分からん。”
これが最初の感想だった。

恩田陸さんの「夜のピクニック」は、2004年に刊行された小説である。

私がこの本に出会ったのは、映画化が話題となった2006年。当時高校生だった私は、主人公が自分と同じ高校生であり、物語の舞台が「歩行祭」というなんともおもしろそうな学校行事であったことに惹かれ、文庫本をすぐに購入した。

ところが、読んでみると、始めから終わりまで単調。何か大きな出来事が起こるわけではなく、主人公たちがただひたすら夜通し歩くだけの物語に、当時の私はすぐに退屈してしまった。異母兄弟が同じクラスにいて、これまで一言も話したことがないという状況にもいまいちピンとこず。

”なんかよく分からん。”

という感想に終始してしまったのである。




それから十数年の時が流れた。

私は高校生活を終え、大学も卒業し、社会人になったり転職したり結婚したりした。

今年に入ると、思わぬ出来事により、自粛生活を余儀なくされた。そして、なんとなく、昔読んだ本を読み返してみようという気分になった。本棚を漁っていると、真っ先に目に入ったのが「夜のピクニック」である。おそらく、名作と言われるこの作品の面白さが分からなかったことを、この十数年、心のどこかで悔しがっていた自分がいた。もしかして、大人になった今なら違う感じ方をするかも…そんな期待があった。

そして読後の正直な感想は、

”どこにでもあるような、でも今の私には二度と手に入れることのできない、きらっきらの青春が詰まった小説だったんだなあ。”

だった。
まるで自分も80キロの距離を夜通し歩き切ったかのような達成感や、ひとつの大きな行事が今まさに終わったことへの寂しさを抱いてしまった。

高校生の時に読んだのと同じように(同じ本だから当たり前だけど)、この物語は、特に劇的な出来事は起こらないし、よくある「スクールラブ」や「熱血スポコン」モノとも違う。異母兄弟が同じクラスにいるなんて、「よくある」ことではないし、「歩行祭」なんて行事も、多くの高校生が経験することではない。

それでも私が感じたのは、”ありふれた、きらきらの青春”だったのはなぜだろう。

物語の一節に、こんな台詞がある。

”みんなで、夜歩く。ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう。”

この物語では、夜通し歩くという非日常の中で、
ずっと前から良く知っていると思っていた友人の違う一面が見られたり、
昼間にはとても語れないようなことを熱く語り合ったり、
自分でも驚くような思いがけない行動をとってしまったり

そんな場面が全体に散りばめられている。


思い返せば、高校時代、「歩行祭」じゃなくても、そんな場面が私にもあったような気がする。
具体的に思い出せるかというと、そういうわけではないけれど、懐かしく、どこか切なく、「あー、そうそう、そんなこともあるよね。」なんて共感してしまう。そして、今まさにその状況にある主人公たちを羨ましく思うのである。

主人公たちは高校3年生。高校生活も終盤を迎え、自分の高校生活を振り返り、もっと青春しておけばよかったと後悔する場面がある。

青春、といえば、
きれいなものを思い浮かべるけど、本当は違う。勉強、部活、人間関係。小さな社会の中で、常に自分の立ち位置を探りながら、もがきながら、必死で生きる。もっと泥臭いやつのことを青春っていうんじゃないかな、なんて思う。

だからこそ、青春だったなんて、後から気づくものだ。

”みんなで、ただ歩く。ただそれだけのこと…”

そんなことは大人になればほとんどないのだ。
大人になれば、嫌いな人や興味のない人と関わらない自由を手に入れることができる(そうもいかないことも勿論たくさんあるけど。)。だからこそ、あの小さな狭い世界に閉じ込められていたときの貴重な経験は特殊であり、今となってはありふれない。


そういえば、この本を最初に読んだ時、私は青春真っただ中にいた。

そうか、真っただ中にいたからこそ、この物語の尊さに気づけなかったのかもしれない。

今私は、この小説によって青春時代のきらきらを追体験した。

ああ、高校生に戻りたい。

そんな気持ちが止まらない。


そうは言っても、戻れるはずもないことは分かっている。それに、当時は当時なりに大変なこともあったから、もしあの頃の私が今の私のそんな台詞を聞こうものなら、「こっちの気も知らないで。」と怒り出すかもしれない。(笑)

戻りたくても、戻りたくなくても、どっちにしろ戻れない。
だから思う。
いつか、さらに歳を重ねた私が、今まさにこの時代を愛おしい思い出として振り返る日が来るのかもしれない。だから、今の自分なりに、今を一生懸命生きてみようかな。

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