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文章を追いかける

noteを開き、下書きに保存された記事を眺めながら、「書くことがないなあ」と思う。

そこには、いつか書こうと思って走り書きされた、文章になりきらない言葉たちが、たくさん眠っている。十も二十も三十も。いつか書きたくて、書かれたくて、そこに置かれたはずの言葉の群れ。だけど、今の私はソソられない。言葉たちの方も、書かれる気などさらさらない様子で、沈黙している。

「これこそ私の書きたいものだ」と、はやる気持ちで書き留めた時のことを確かに覚えている。最初はこうして読む人をひきつけて、とっておきのフレーズで盛り上げ、そして余韻を残したまま、最後はこんな言葉でしめくくる。そんな風に、全体像までくっきりと浮かび、あとは書きさえすればいいのだと、胸を躍らせたことも覚えているのに。たくさんのメモが保管されたそのページは、色あせたセーターばかりが吊るされたクローゼットみたいだ。

文章というのは、なんて逃げ足のはやいものだろう。あらわれたと思ったら、サッと消えてしまう。「あとでゆっくり向き合ってあげるから、ちょっとだけそこで待っていて」なんて言葉を聞きはしない。「じゃあ、もう、いいよ」と、温度の抜けた残骸だけを残して、あっという間に走り去ってしまう。

そんな風に感じることが多くなって、しばらくの間、猛スピードで走る文章をつかまえることに力を入れてみようと思います。じっくりと向き合うやり方が自分には合っていると思ってきたけれど、そうじゃないやり方をした時に、どんなものをつかまえられるか、試してみたくなりました。

もちろん、一度は走り去ったものの、時間をおいてまた私の元へ戻ってきてくれるものもあります。何度も何度も訪ねてきてくれるもの、イヤだと言っているのに押しかけてくるものも、たくさんあります。だけど、一度きりで、もう二度と出会えないものもたくさんある。そうしたものを、ちゃんとつかまえてあげたいと、今はそんな気持ちでいます。

「毎日更新します!」なんてことは臆病で言えないのだけど、「がんばって文章を追いかけます」と、ここに抱負を掲げます。

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