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祈りのカタログ・第二十話「黒蟲と呼ばれるもの」

 死の直前に身内に知らせることがあります。これを〈虫の知らせ〉と呼びます。この時の〈ムシ〉は〈蟲〉と書くのが正しいと思いますが、古くから〈虫〉の方の漢字を使います。
 虫の知らせには大きく分けて二種類あります。
 ひとつは、
——人が死に逝く時、遠くの身内にその姿を見せる。
 と言う現象です。
 そして、もうひとつは、
——正体不明の虫を飛ばして何かを知らせようと試みる。
 と言う現象です。いずれも噂に聞いたことがあるかも知れません。しかし〈正体不明の虫〉の方は珍しい現象です。あまり耳にしたことはないかも知れません。
 正体不明の虫と呼ばれていますが、古くは〈黒蟲くろむし〉と呼んでいました。
 祖母が、昔、身内の葬式の時に、
「蜂のような黒蟲が来て別れを告げていった」
 と言っていました。
 その時、私は心の中で、
——蜂のようなと言うより、蜂そのもので良いと思う。
 と、つぶやいたものです。その理由は、黒蟲が蜂にしか見えなかったからです。しかし、蜂ではなかったようです。と言うのは、黒蟲は閉め切った部屋の中に突然と現れてブンブンと大きな音を立てながら、何度も何度も旋回し、やがて忽然と消えたからです。
 他にも忽然と消える種類の虫に似た〈黒蟲〉を何度も目撃しています。いずれの場合も、突然、現れては大きな音を立てて飛び、その内に消えました。
 集団と言うより集合した状態で、蚊柱のように黒蟲が発生するものも見たことがあります。それは祝詞を上げて祓った直後に、突然、密閉されている筈の室内に現れました。かなり大きな蟲であるにもかかわらず、何百と言う数の蟲で、一瞬、室内の景色が霞みました。
 大量の〈黒蟲〉が飛ぶ時に、たとえ蟲を捕まえたとしても、手の中には何も残りません。たまたま捕まえることが出来たとしても、知っている何かの虫が残っているだけで、見ていたような黒い蟲ではないのです。黒蟲を捕まえることは出来ません。もし捕まえたとしても、姿は別な何かの虫に変化しています。それが黒蟲の特徴と言えば特徴です。

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