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Football 思考〜現代サッカーの環境 編〜

執筆(記録)経緯

 私は2020年〜2024年春にかけて、プレミアリーグ全試合をはじめとして年間800試合前後を視聴してきた。また、4年間筑駒のコーチとして日々の練習メニュー設計からグラウンド上での指導、戦術の策定と落とし込み、試合の指揮・采配まで行ってきた。
 恐らく、今を頂点に移り変わりゆくサッカーへの解像度は低下(そしてトレンドのキャッチアップ遅延)していくことはずなのでこのタイミングで、2024年夏時点での私のサッカー観の枠組みを書き記して残しておきたい。

戦略・作戦・戦術

 
 ペップ・グアルディオラのバイエルンミュンヘン登場以来、戦術的な要素の言語化がピッチ内外でなされ、「ポジショナルプレー」のブームが到来してから早10年。育成年代のプレイヤーも、サッカー観戦を趣味とする人も「戦術」というフワッとしたワードを多用するようになった。

 それと同時に、不確実性の高いプレーとされるロングボールの多用が忌み嫌うべき対象として見られるような言説も増えている。しかし、「戦術=再現性」の高さなのだろうか。戦術的に整備されている(ように見える)と試合に勝てるのだろうか。まずはこの部分の前提を明確にしておきたい。


軍事でもビジネスでも、戦略・作戦・戦術は上のピラミッドのような関係性になっている。もちろん、このさらに上に存在意義がある。また、「勝利する」ということは存在意義にもピラミッドにも、もっと言うと目標にもなり得ない。なぜなら、サッカーという競技のルールとして、勝利を目指す以外の選択肢が存在しないから。

戦略

 このピラミッドを基にして思考すると、「戦略」から考えるのが自然な流れだ。この階層には外部環境が大きく影響する。最も大事なことは戦うコンペティションのレギュレーションやレベル。それに加えてプロならば予算規模、学生サッカーならば人数や練習時間、グラウンドの広さや質、そして元も子もないがチーム立ち上げ時に選手たちがどのような能力を持っているか、モチベーションは如何ほどか、も大事な要素だ。

 そしてもう一つ、ピッチ内での前提が存在する。試合で与えられる条件と資源だ。平等に与えられるのはコートのサイズ&レイアウト/試合時間。試合中の変数となるのは、ボールの所有権&位置&状態/時間(テンポ)/広さ(オフサイドルールの存在)&スペースの状態/選択肢の数&状態。
試合条件の下でこれらの資源を使って優位性を得る、あるいは奪う方策のぶつかり合いがサッカーだと私は思う。

例)
配置とテンポの再現性を高くして保持局面を長く維持する
幅を狭く、速くバーティカル志向を押し出すことでカオス局面に相手を巻き込む

作戦・戦術

 「戦術」とは、どのように前進するか、どのようにプレスを掛けるか、など具体的な手段。試合前のミーティングで話すのは主にこの部分なので、目の前の相手をスカウティングして攻略するためのプランを実現する手段だとも言える。

 「戦術」階層と「戦略」階層を接続する役割を果たすのが「作戦」階層だ。戦略を実現するための戦術を上手く遂行するための環境作り、とでも言えるだろう。

 例として、人基準のプレスの基準をズラす作戦のためのCBの列上げという戦術。(平行のスペースに進出して逃げ場を作る、という準原則とも言える。)あるいは、侵入局面で相手の守備者の追跡を逃れるという作戦の目的を遂行するための、3バックの加勢をはじめとした6人目の登場。(戦術的な挙動によりフリーマンの作るバグと同じ効果を得る目的)

 このような「戦術的なトレンド」がよく語られるが、この階層の表面だけなぞっても当然機能しないのはここまでの記述だけでもご理解いただけると思う。


(作戦レベルの共有が不十分と見受けられ、戦術階層の整備に苦しむ近年のFC東京)

再現性(型) vs 柔軟性(適応力)

 型で固めて再現性を高めることが「戦術的」と評されているように感じるが、果たして本当にそうだろうか。
 戦術的な型がはっきりしている、悪く言えば相手に依らず振る舞いが大きく変わらないチームは根幹となる上位階層を叩かれると機能不全に陥る可能性が高い。習熟度の高さが生む意思共有の正確さや速さの一方で、快適にプレーするための条件が厳しい。

 CLを3連覇したレアル・マドリーや18年ロシアW杯を制したフランス代表の登場以降、試合毎に相手を観察し攻略することの必要性が見直されるようになった。そもそも彼らは試合に応じて4局面(保持→ネガトラ→非保持→ポジトラ→保持と続くサイクル)の濃淡やその中での振る舞いを使い分けることを可能とする質の選手を揃えていた。
 
 彼らも全員が自由に動いているわけではなく、ピッチ内での行動範囲を広くして様々な局面に顔を出して再現性の低い振る舞いをしている、つまりバグを内包しているのは数人。彼らをサポートするタスクの選手が的確に穴を埋めることで成立している。(クロースとカゼミーロ、ロナウドとベンゼマ、グリーズマンとマテュイディなど。)

 全局面に対応するという方向性はプレミアリーグでペップのシティとクロップのリヴァプールがお互いから刺激を受けて、年々似た要素を取り入れていくようになったことでも示される。では、状況に応じて武器を扱えるように準備しておいたり、毎試合質の高い解決策を提示することはスター軍団の専売特許なのか。

 そうではなく、日々の練習によって選手個々の、あるいはユニット、文脈を読み解き対応する質や速さを高めようという方向性で注目されたのがエコロジカル・アプローチだ。詳しい記述は別資料に譲るが、ユニットの非言語的な共有知を育む上で有用なトレーニングだ。CLを制したトゥヘルのチェルシーは最大出力が非常に高く対応力抜群のチームだった。

 このように型とアドリブとの間の適切な落とし所を探ることがサッカーの面白さだろう。


(旧世代ファンタジスタ:ロナウジーニョ)

原則

 強固な型を持ちつつ、試合の文脈を読み解き相手や局面を攻略することを可能とするうえでは、戦術と戦略を繋ぐ作戦階層に位置する「原則」の共有・徹底と、これを実現する際の質を高める個人戦術の装備がキーとなるのではないだろうか(後者については後述)

ここでは「原則」の果たす役割について触れておきたい。戦術的な挙動よりも上位の階層に位置する原則は例えば、ボールホルダー周囲の選択肢の作り方が代表的だろう。ユニット単位の意思共有を可能としたり、判断の優先順位を決めておくものだ。

つまり、原則が強固に浸透していれば、相手に応じて柔軟に戦術変更を行っても自分たちが共有している前提は崩れない。また、試合ごとに提示される目の前の状況、局面を解決するための目も揃えることが容易になる。このように自己組織化されたチームは型とアドリブのバランスを試合や状況ごとに調整しながら、振る舞い方を柔軟かつ頻繁に変える、つまり対応力の幅と深さを持つことができると言える。

 具体的には、マクロでは盤面の伸縮やテンポの緩急を自在かつ振れ幅大きく変化させられる。ミクロな局面では、認知負荷が軽減されるためスムーズかつ速いユニットの連動が実現できる。このような原則の浸透が、パフォーマンスの最大出力も安定性も高めることを示したのが23-24シーズンのジローナ、ボローニャ、そしてレバークーゼンだ。

(アストン・ヴィラ、レアル・ソシエダは戦術階層の型が強固なチーム、レアルマドリー、ヴィッセル神戸は戦略面で圧倒するチーム、と私は解釈している。)

ベースの力

 ここまで、戦略・作戦・戦術のピラミッドについて述べてきたが、それぞれの階層で取る策によって得られる優位性の多寡は、選手たちの能力・スキルと装備している個人戦術に依存する。(だからこそ「文脈に応じて適切にスキルを発揮する」個々の育成にも寄与するエコロジカル・トレーニングは有用だ。)
 
 逆に言うと、戦術的な整備がなされていても、いわゆる「個の力」を前に破壊される試合はJリーグでも数多く目にする。私が携わってきた中体連・高体連では個体差が非常に大きく、トーナメントの初期段階では特にベーシックな能力の平均値が異なりすぎて戦う前から勝負がついているようなゲームが大半だ。


 具体的なファンダメンタルな要素は、キックの飛距離と速さ・バリエーション/ヘディングを含むボールコントロールの技術/コンタクトプレーでの勝率(強度)/プレーの連続性(切り替えの速さ)/身体の反応速度と維持力(スタミナ)などだと考えている。

 そこに、認知の処理速度(把握→予測→判断)とスキャン回数を上乗せすることで得られる「個人戦術」と相互作用を与え合いながら個々の力が伸びていくことが育成年代で最も重要なのではないだろうか。

試合に向けた準備・試合中にできること

 また当然だが、試合を大きく左右するがこのピラミッドに入り切らない要素として、フィジカルとメンタルの状態が挙げられる。中高生諸君は、自分を律して身体のケアを行い最良の準備ができるかどうか。そして、現れ方はどうあれ強い闘争心を持てるかどうか。

 指導者サイドはピリオダイゼーションの考え方をもとにグラウンドで準備し、言語/非言語のコミュニケーションを通じた雰囲気作りによって心身のコンディションを最高の状態に持っていけるかどうか。選手たちの頭をクリアにするような、そして個々が最もパフォーマンスを発揮できるような感情になるよう促すことで、自己組織化された自軍の秩序を維持しつつ、かつ目の前の相手を攻略できる環境条件を整えることが試合前のミッション。

 試合が始まっても、ピッチ内外での共同作業は続く。情報の取得と解答処理。感情の抑制と爆発。相手選手・ベンチとの駆け引き。「勝つ」ためにしなければならないことは無数にある。そのプロセスが最高に複雑で面白く、だからこそ感情が爆発しピッチ内外の熱狂を生む。サッカーとはそんな素敵なスポーツだ。

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