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【小説】REVEALS #1

超能力者と演出

「ユリ・ゲラーの再来か!?スーパーマジック特集」とテレビ欄のゴールデンタイムに書いてあった。ダサいタイトルだと思いつつも、マジック特集の番組に期待している自分がいる。録画もちゃんとした。マジック番組のタイトルにユリ・ゲラーなんて使っているが、本人から「あれは超能力なんだ」と言われやしないか当事者でもないのに無駄に心配してしまった。

マジックの勉強ついでて知ったのだけれど、今時の高校生はユリ・ゲラーなんて知らないだろうと思う。ユリ・ゲラーの名前を出すということはこの番組の視聴者ターゲットは若者向けではないのかもしれないと思った。どちらにせよ、有名なマジシャンも出演するということで、最初から見るつもりであった。
クラスのやつらも観ると言っていたから、明日マウントをとれるくらい解説出来ると良いなと期待しながら番組が始まるのを待っていた。

やはり、プロの技というのは素晴らしかった。
今ではYoutubeやTwitterなどでマジックの動画が見られるが、テレビの企画の規模だと臨場感が違うのだ。ゲストのタレントや一般観覧のお客さん(サクラ?)も大勢入っている。
マジシャンはこれだけ多くの視線に囲まれながらタネがばれないないように、しかも面白く演じなければならない。この緊張感はテレビでないと演出できないものだと思う。プロの手が震えているのが見える。しかし、それを意識させないくらい鮮やかな技を見せてくれる。あまりにも鮮やか過ぎてタネを見抜けるかどうかはどうでも良くなってくる。

マジックを始めるまでは単純に騙されないようにと仕掛けを捉えることに必死になって見ていた。もちろん、手先の技術も長けているが、それ以上にまず話術がすごいのだ。いや、もう話術なのか何なのかは分からないが、注意を集めるのが上手いのだ。場の空気の作り方や注意を促すタイミングや流れ、演出などの工夫が至る所に感じられる。
クラスのやつらにも本当は話したいのだが、こういうことには興味がないらしい。もちろん、タネがわからないのは悔しい。が、見ているだけで面白い。というか騙されることを快感にさえ感じる。マジシャンという人種は、この感覚に魅せられているのだろう。オレはこの番組を楽しんでいた。

CMに入り、大我からLINEが来ていたことに気付いた。
「ユリゲラーって知ってる?」

やっぱり今時の高校生は知らなかった。

「知ってるけど」

さすがに全部説明するのは正直めんどくさい。話題のマジシャンが出る時におそらくユリ・ゲラーの事も紹介してくれるだろうと思った。
「見ていればそのうち紹介されると思うから待ってろ」と、文章を打ち送信ボタンを押した。するとすぐに通知が入った。

「ユリゲラー知ってるの?流石だね」

悪い気はしない。というかむしろ鼻が高い。

ユリ・ゲラーとは1974年から日本で超能力パフォーマンスをするようになった人物だ。日本ではスプーン曲げが流行り、ポケモンのユンゲラーのモデルとなった。任天堂に対して6000万ポンドの賠償請求をしたことでも有名だ。
しかし、彼の功績として大きいものは、テレビを通じての念力だろう。
彼が念力を送ると、視聴者の手元にあるスプーンが曲がったり、各家庭で止まっていた時計が動きだすといった現象を起こしたのだ。
20世紀少年に出てくる「トモダチ」の超能力ネタもこの頃の雰囲気をオマージュしたネタだろう。彼がきっかけで日本には超能力ブームが巻き起こったのだ。

Mr.マリックがそのブームに乗っかって1988年頃から超能力のように見せるマジックの演出を行った。今では、Mr.マリックは日本のマジック番組における解説者の立場で出演するようになった。最近になると自ら演出していた「ハンドパワー」や「超魔術」はマジックであったことを自白している。
超能力とされるものがマジックで説明できるという事実が徐々に一般的になったのだ。

しかしまあ、令和の時代に来てユリ・ゲラーの名前を出してくるなんてとても懐古主義というかなんというか。1964年のオリンピックで日本が大いに盛り上がったことを2020年のオリンピックで再現しようとしているのだろう。そのような匂いがした。
ジャパンアズナンバーワンの幻想を捨てきれない大人達。
番組製作者の年齢層が高いことが想像に難くない。

マジシャン

オレはユリ・ゲラーを持ち上げようとする気持ちや20世紀少年同様に「あの頃の日本」を取り戻したい、やり直したい感じが惨めたらしくて嫌いなのだ。オレたちにはその頃の日本はわからないし、古くて色々な問題を抱えていると言われている日本の組織や集団のありかたを肯定している気がするからだ。
何時誰がどう決めたのかもわからない暗黙の規範とそれを決定づける空気みたいなものに動かされてしまう、そんなものに身を預ける気にはなれそうもない。

修学旅行の班決めをした時、八方美人で特定の友達がいなかったオレはクラスの嫌われ者たちと一緒に残ってしまった。残された感が出ないように、目立ち始める前に自分から彼らに声をかけて班になろうと誘った。

誰かが「さすが、お前いいやつだな」と言った。それが要らぬ一言だった。
「何良いことしたフリしてんだよ。お前もあぶれただけだろうが」
一瞬、無音が流れた。しーん、という音が聞こえたような気がした。
それ以来、皆が自分を見る目が変わってしまった。気がした。
避けられた訳ではない。関係が変わったわけではない。
しかし、クラスのやつらと触れ合う瞬間の「空気」が変わった。そんな気がしたのだ。
結局、中学を卒業するまでの半年間、自分はこの空気を払いきることが出来ず、付き合い続けるはめになってしまった。

マジックを始めたことで「空気」と戦う術を手に入れることができた。マジックという知識のアドバンテージをとれたことで、内輪とは違う外側のポジションをとれるようになった。それは自分にとって大きい事だった。
また、拙いながらも、他人の注意をコントロールしたり、アピール力に自信が持てるようになったことなどもある。だからマジックには感謝している。

あの空気は嫌いだ。
教室は「空気」によって支配されている。
SNSのタイムラインも空気に支配されている。
多くの人が自分一人では太刀打ちすることができないもの。
親や教師など、大人であっても簡単に変えることのできない。
隙を作ろうものなら、正当な理由があろうと無かろうと、たちまちスケープゴートにされてしまう。そして、それは誰もが逃れたいと思いながらも誰も逃れられることができないものでもある。
だから「空気」を強化しようとする動きには嫌悪感を感じてしまう。

「さあ、いよいよこの瞬間がやってまいりました。マジシャンでありながら超能力も使うという得意な経歴をもつ新進気鋭のパフォーマー!北川天馬の登場です!」

北川天馬のパフォーマンス

こいつか。若くはあるがどこか古めかしさがあり、胡散臭い。大風呂敷を広げてそれっぽいことをして名を上げようとしているに違いない。ゴテゴテのステージ衣装ではなく、薄っすらペイズリーのような柄の刺繍が入っているスーツにボルドーのシャツ。顔は甘くてマスクでジャニーズ系だ。これからイケメンマジシャンとしておば様たちに人気が出そうである。

「ホストかよ」

と思わず口にだしてしまった。ただ、悪い印象を抱きつつも、どんな現象を見せてくれるのだろうかという期待感は高いままだった。

最初のパフォーマンスはミリオンカードだ。まず、空中から1枚だしでカードの出現を続け、ファンカード、1枚だしを交互に繰り返した。特に上手いとも下手ともいえない。割と王道なルーティンだった。特別新しい工夫などもなく、プロのマジシャンとしての創造性は低い気がした。

一つめのパフォーマンスが終わると、

「さっそくですが、今日はどのようなマジックを見せてくれるのですか?」

司会の伊藤アナウンサーが聞いた。北川はこう答えた。

「今日これから行うのはマジックであって、マジックではありません」

「ということは超能力なのでしょうか?」

なるほど超能力演出か。北川は少し間を空けて

「部分的に、とだけお伝えしておきます」

と意味深な発言をした。

「僕はテレビの向こうの皆さんにも超常現象を起こしたいと思っています」

自然とテレビに体が吸い寄せられる。北川天馬はこれから起こる現象について説明をした。

「このスタジオではカードのマジックを披露します。」

テレビの中では普通にマジックをして、何らかの方法でユリ・ゲラー的なパフォーマンスをするんだなと察した。

「同時に、テレビの前の皆様には別の奇跡をプレゼントしたいと思います」

説明された現象はあまりにも予想した通り過ぎた。しかし、起こる現象を予め説明しすぎてしまうとタネを予想できてしまうため、見破られやすくなる。どこまで説明する気なのか。

「テレビの前の皆さん、トランプはお手元にご用意してありますでしょうか。」

CMの前に準備するようテロップで流れていた。自分は最初からカードをいじりながら見ていたので関係なかった。

「カードをよく混ぜておいてください。どんな方法でもかまいません。」

リフルシャッフルしながら「こんな感じでもいいですし」と言い、次にヒンドゥーシャッフルをして見せ、「こうでもいいです」と言った。また、マットの上に広げてぐちゃぐちゃにして混ぜる手本を見せた。「こんな風に混ぜていただいても構いません」

…これは一般的なマジックはやりづらい混ぜ方をしていると思った。
いわゆるフォールスシャッフル(混ぜたふり)ではないと思う。
本当に混ぜても問題がないパフォーマンスなのだろう。

「では、皆さんスマホやビデオカメラを用意してください。」

北川は視聴者に撮影をするように言った。

「これから起こる奇跡をあなたのデバイスに残すこと。これが私からのプレゼントです。」

ちょっといいフレーズだなと思った。

「あとで編集したと言われないように、テレビも一緒に映しながら撮ってくださいね。」

ユリ・ゲラーが止まった時計を動かした時のように、目の前で奇跡が起こったことを自分の体験として残して置ける。しかも証拠付きで。
凡庸な自分の物語しか作れない自分たちのような凡人には確かに素敵なプレゼントになると思った。
そして、SNSでその体験を不特定多数の人たちと共有できる。
これから本当に奇跡があちこちで起きたとすれば、多くの人がこの奇跡に熱狂する。
このデバイスひとつで。
何者でもない自分たちが、何者かになれる一瞬を与えてくれる。
北川天馬のパフォーマンスはそんなプレゼントになるのだろう。

「今から、スタジオにいる一人にカードを選んでもらいます。」

そう言って司会者にバイシクルのデックを渡す。

「すみませんが、そのデックをここにいる誰かに渡してもらえますか?」

指名された司会者は少し驚いたような表情で、ゲストのお笑い芸人に渡す。

「またすみませんが、更に別の方に渡してもらえますか?」

「観覧のお客さんに渡したら予想外すぎて失敗するんちゃいますの?」

と言って北川の反応を見る。

「そうですね、確かに想定外ですが、大丈夫だと思いますよ」

と言って観覧席のお客さんに渡す。
そのお客さんはかなり緊張しながらも、目の前でタレントに会えたことと、重要な任務を任されたことで隣の友達と盛り上がっていた。

「そのデックを広げて隣のお友達に一枚カードを選んでもらいましょう。」

お客さんたちは拙い手つきでカードを広げ、一枚選んだ。

「では、そのカードを皆さんに見せてください」

最後にカードを引いたお客さんは、恥ずかしそうに、しかし、誇らしげに左手にカードを持ってフェイスをカメラに向けた。

「クローバーの2です」

司会者が読み上げた。

「それでは、そのカードに印をつけてください。」

北川はそう言って残りのデックを回収し、ポケットからマーカーを取り出してお客さんに渡した。
お客さんがカードに★マークを書いているのをカメラが捉えた。

「書けたら、カードを戻してください。」

そう言って、ファンを作りカードを戻してもらった。

「では、このデックを改めて混ぜます。」

そう言うと、テーブルマットにカードをスプレッドしてぐちゃぐちゃに混ぜ始めた。カードコントロールできているのだろうか。それとも既に抜き出したのだろうか。

散らばったカードを集めて整えると、北川が、

「すみません、ついでに好きな数字をひとつお願いします」

とお客さんに尋ねた。
仕事を終えたと思っていたところに、お願いされて、びくついていた。

「あっ、はいっ!じゃ、じゃあ…10で。」

「ありがとうございます。」

そう言うと、北川がカメラに向かいなおしてこう言った。

「今、お客さんに10という数字をもらいました。その前にクローバーの2を選んでもらいました。また、サクラを疑われると思って色んな人に手渡してもらいました。」

「そして、今ここにごちゃまぜになったデックがあります。この中にクローバーの2があります。もし、ここで上から10枚数えたところにクローバーの2があったらすごいと思いませんか?」

そして、溜めを作ってカメラに向かって言った。

「テレビの前の皆さん、手元にカードがある人は、今から録画タイムですよ。カードは既に混ぜてありますか?これから、私と一緒にカードを1枚ずつめくっていきましょう。」

途中からなんとなく想像はできていたが、あまり想像の域を出ていなかったので、拍子抜けしている自分がいる。そうは思いながらも、スマホのカメラをセットしてカードをめくる準備をしている。

「1、2、3、4、5…」

と一枚ずつめくっていき

「ここまでクローバーの2は出ていませんね。」

「6、7、8、9…」

と、先程よりもゆっくりとカードをトップからめくっていく。
10枚目のカードを手に取り、カメラ目線で言った。

「皆さん、準備は良いですか?10枚目はクローバーの2です。」

SNSと陳腐なパフォーマンス

自分の手元を見た瞬間、あれ、と思った。何も仕掛けをしていないので、当然ではあるのだが自分の手元にクローバーの2は無かった。

とてもガッカリしている自分に気付いた。

「当たらなかったし、陳腐なパフォーマンスで、大したことがない」

と自分をなだめようとしていた。
嫌だとか何とか思いながらも、自分も夢を見たがっていたのだ。
先ほどまでの高揚感が嘘のように血の気が引くのと同時に心の底に澱が溜まっていくような気がした。

自分の気持ちとは正反対に、番組は盛り上がっていた。
ふと気が付くと、大我からLINEが来ていた。
大我のアイコンをタップする。
「やばい!あいつすごいぞ!俺もクローバーの2が出た!」

ピシ。

自分と世界との間に裂け目が出来た音がした。
一瞬だけスーッと自分と世界との距離が遠くなったような、めまいがするような感覚に陥った。
嘘だろ・・・。本当に当たったのか。
自分には何も起こらなかったのに・・・。
気持ちと頭が混乱する。
北川はどうやってテレビの向こうの人達にクローバーの2を引かせたのか。
どうして、大我には現象が起きて自分には起きなかったのか。

Twitterの通知がやたら増える。
先程のテレビでクローバーの2が当たった顔も知らない知り合いが続々と投稿しているようだ。

「さて、番組では今回のパフォーマンスの反響が早速あったようです。既にTwitterやYoutube、instagram、TikTokなどに多くの動画が上がっているようです。」

自分もYoutubeでも確認してみた。カードをめくる明らかに素人の手つきから特別何かしかけがある様子は見られなかった。
視聴者のリアルがまさにそこにあった。
投稿が投稿を呼ぶ。いつのまにか「#奇跡の証言者」「#北川天馬」「#テンマジック」というハッシュタグまで出来上がっていた。動画がどんどん拡散されていく。
番組も北川もこれを狙っていたことに今更気付いた。
テレビが廃れてきているとは言え、リアルタイムで多くの人が同じものを見ているというのはテレビの強みだからだ。
しかも、テレビが主導権を握った形で事が進んでいる。こんな風にい色々情報ツールをハックできるのかと関心した。

北川天馬が視聴者に向けて送ったプレゼントは早速使われ始めたのだ。

「番組には北川天馬さんに対するFax、メールや、Twitterなどコメントやお電話がどんどん入っております。」

熱狂的になっている視聴者も多数居る中、どうやら自分と同じようにクローバーの2が出なかった人も居るようだ。
番組がエンディングに差し掛かり、スタッフロールが流れる。

「では、皆さんまた次回、お会いしましょう。次に会うまでは動画の中でお待ちしています。」

そして、最後に北川天馬が自分のSNSの宣伝をして終わった。

空しさを抱えながら課題や日課をこなし、床に就いた。
大我には自分の結果を伝えられないままだった。
もやもやしながら、タネについて考えていた。
テレビの中の現象についてはある程度のやり方が見えてきていた。
自分の技術力でもなんとか再現できるやり方は思いついている。
明日はこの話までは出来ると思っていた。
問題はあの現象だ。どう考えても、仕掛けはない。
本当に超能力としか思えない。
しかし、多くの超能力はマジックで再現が可能といわれてきた。
この現象が起こる理屈が必ずあるはずだ。
空しさも手伝ってなかなか寝付けなかった。
気が付いたら目覚めた。朝だ。いつの間にか眠っていたことに気付いた。




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