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新学期11日目。早速、日直がまわってきた!

月曜日の朝、やっぱり学校へ行くのを嫌がる。
涙をこらえているようで、目も赤い。

それでも、日直だからと昨夜書いたスピーチの原稿をランドセルに入れたことを確認し、準備をする。(えらい!!でも、ここで何か言うと息子は気持ちが落ちてしまうのでそっと見守る。)

靴を履くのもグズグズするけれど、玄関を開けてしまうとスッと出てくる。(ここまでくると私もほっとする。それまでは緊張の連続。)


今朝は教室まで行こうか、と私から提案。もちろん、息子はうん、とうなずく。(このあたりもいつも迷う。息子が今日はどうしてほしいのか口に出すのを待つべきか、表情を見て私から言うべきか…。親の肌感覚、分かるようで難しい…)


日直は見られたくないようなので、健康観察が始まる前に教室を出る。



週末に読み終わった本、河合隼雄の『父親の力 母親の力「イエ」を出て「家」に帰る』。


今から20年も前に書かれた本なのに、現代もまだ同じ課題を抱えている社会に愕然とした。とはいえ、今読んでもとても勉強になる本だった。

その当時よりも、さらに父親の育児参加は進んでいるけれど、やはり父親の存在感、居場所というのはあまり変わっていないような…。毎日子どもにつきっきりな母親としては、もっと父親が最後の砦的な、権威というか家族を包み込んで導いてくれるような力を持ってくれると安心なんだけれどなぁ…と思ったり。

女性の社会進出も進んでいるから、その穴埋めのような形で育児を学校に任せてしまっていたり、スマホやゲームに頼っている面があると思う。

変わりゆく時代の波に乗りながらも、やっぱりここは変えちゃいけない、っていうところを考えさせられた。

家族の誰かが不登校を起こしたり、ノイローゼになったりしない限り、いまの日本では、家族の対話などそう簡単に生まれません。だから、そういう問題が起こったときは、このへんで家族が対話をしないとこの家は危ないぞ、というサインだと考えたほうがいいでしょう。みんなでこれは一家全体の問題だと考えていただきたい。

河合隼雄『父親の力 母親の力 「イエ」を出て「家」に帰る』

不登校は誰にでも、どんな家庭にでも起こりうる、という考え方が一般的になってきたけれど、それって、不登校になっても仕方がない、っていうことでは決してない。
この社会に生きている限り、誰でも、どの家庭でも、どこかでバランスが崩れて危機に陥る可能性があるってこと。だから、社会の変化に敏感になって、これって大丈夫なのかな?このままでいいのかな?って疑問を持ちながら生きなくてはならない。自分、我が子、我が家は大丈夫だろう、なんて甘く考えちゃいけない。


スクールカウンセラーの先生に「学校に来ることに対して疑問に思うことって、この時代に必要だと思う。むしろ何も考えずに来てる子の方が危ない。」と言われたことがある。
いやいや先生、母親としては毎朝ブツクサ言わず玄関を出てくれる子の方がいいよ…と思っていたけれど、確かにそうやって、何で学校に行くんだろう?何のために行くんだろう?って考え、葛藤しながら通うのと、言われるがままに通うのとは違うのかもしれない。

息子も私も、この葛藤に向き合うのが辛いのだろう。そんな弱さが息子の不登校につながったのかもしれない。

家庭に問題はないと思っていたけれど、本当の意味での対話はできていなかったのかもしれない。避けてきたこともたくさんある。

息子が気づかせてくれたことはたくさんある。不登校になってよかった、とはまだ言えないけれど、将来的には、そのおかげで、と思えるようになるのかもしれない。そんな日を楽しみに、家族で日々を積み重ねていこう。


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