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【連載小説】「 氷のプロンプト 」第5話

【第1話】は、こちらから

(本文・第5話)

 エンペラーサポートでは、利成が目を細めながら、メンバーの応答率一覧を眺めている。腕を組み、口角も下がってた。

「TalkMTCのアシスタントを受けられるようになったのに何なんだろうね。このざまは」
 毎朝、集合させたチームリーダーたちに同じ台詞を浴びせる。

 TalkMTCと連携出来るようになった事により、人件費を削減出来ると見込んだ利成は、求人広告による新規サポートスタッフの募集は一旦停止。それに伴い、各メンバーのその応答ノルマはおよそ倍近くになっていた。

 人が集まり、立場の上下関係が出来る場所では、機嫌の良し悪しが、上から下へと伝染していく。

「これ前にも説明しましたよね。一体、何回説明したら分かるんですか?もう三回目ですよ」
 説明の仕方に問題点がある事は全く気づかないリーダー。

 なかなか繋がらず苛立った顧客、製品に関係ない問い合わせ、単に話しチャット相手が欲しい暇な高齢者。

 夕方には無駄なミーティングの繰り返し。どのチームでも相変わらず重い空気が漂っていた。

「井上さーん、検索結果がおかしいです」
「はい、分かりました」
 井上は、サポートスタッフから報告される不具合の修正をしている。システム部でも人手不足は続いている。

 如何にTalkMTCが導入されたとは言え、課題が山積みであることには変わりなく日にちが過ぎていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ライトアシストでは、毎日のように、ホワイトボードへAI戦略の業務フローが追記されていく。三色のマーカーが使い分けられ、赤は新規提案、青は検証稼働中、黒は定着済みである。

 Web上のデーターの要約、クレームパターンの分析、新製品への問い合わせ傾向の予測など、その用途は多岐に渡る。その横にある本棚にはTalkMTC関連の本が並べられていた。

「プレゼンテーションとかの評価が出来そう」
「あと先方に提出する資料の文章校正にも使ってみようか」
 資料を交互に見直しながら、話し合うメンバーたち。

「データ入力の効率化とかは?」
「うーん、テーブル形式で出力できるってことは、項目別に区分けする事も出来そうね」
 滝本は、事務員の黒瀬くろせと一緒に、表計算ソフト以外にもいろいろな活用方法を模索していた。

「役割分担はどうしようか?」
「とりあえず議長はいるよね、あとファシリテーターも」

「性格とかはどうしようか」
「理論派や感覚派、あと楽天的とか神経質とか」

「パラメータも定義することが出来るのか!」
「まず、喜怒哀楽のような感情を数値で設定してみようか」

 各部署の代表たちが意見を出し合っている。ミーティングでは人格設定したAIも活躍中だ。社員は一人、TalkMTCでは五人分の人格設定、六人としての議論をすることもある。その人格設定のプロンプトも試行錯誤し、どんどんとアップデートされていった。

 一方、関根は、凝った首の後ろを揉みながら、ひと休憩しようと冷蔵庫の方に歩いていた。冷蔵庫は二つあり、シルバーグレイの方には来客用のミニペットボトルやおしぼり等が入っている。

’名札無しや長期放置のものは廃棄します’
 もう一方、ネイビーブルーの冷蔵庫には、注意書きが、マグネット式のボードで貼り付けられている。この社員用冷蔵庫を開けると、お茶や炭酸飲料やスポーツドリンクといった飲料の他、ヨーグルトや洋菓子まで詰めこまれている。自分のアイスコーヒーを取り出し、席に自分の戻ろうとする。

’クレームがきた場合の返答案を数パターン提示する機能が欲しいです’
 目の前にあるシステム部のホワイトボードには、また新しい要望が増えている。ここには機能追加の要望がいくつか貼り付けられている。慎之輔やチームリーダーたちと優先順位を話し合いながら実装していく予定である。

 サポートシステムにAIアシスタント機能を連携する案件は完了している。取り急ぎとして、問い合わせのカテゴリーを自動分別させる機能を追加している最中だ。

 やがて、カテゴリー自動分別機能は、課題となっていた「応答率の改善」に大いにつながっていく事になる。

 そしてAI導入という、喧騒のさながらにも日々が過ぎていくが、その成果は形となって現れていく。

「各部署ともにTalkMTCの取り入れは順調に進んでいるようだな。細かい調整はまだまだあるかと思うけど、気晴らしに飲みにでもに行こうか」
 しばらく経ち、一区切りがついた頃に慎之輔は、社員たちを打ち上げに連れて行くことにした。

(つづく)

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