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清濁併せ呑め!

ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』:河出文庫

1998年にノーベル文学賞を受賞したポルトガルの作家、J・サラマーゴの疫病小説。

ポルトガル文学などあまり知られてはないと思うが。そういえば、少し前に『ガルヴェイアスの犬』というポルトガル作家の小説があった。(日本翻訳大賞を受賞したっけ)

新型コロナにより、にわかに疫病小説なるものが脚光を浴びている昨今。カミュの『ペスト』とか、デフォーの『ペストの記憶』など。本書も今回のコロナで再度、評価が高まっているらしい。

突然失明する病に侵されていく人々の話である。原因はわからないままに突如、視界が混濁し、視力を喪失する”白い病”に人々は感染していくのだ。(ミルク色の海、と本書では表現されている。あくまでも”白の闇”なのだ。黒い闇ではない。その言葉の矛盾はこの小説の本質でもある)

その病はパンデミックを起こし、未曽有の事態に世界は陥っていく。その病に危機感を感じた政府は、感染者を隔離施設へと強制収容させる。最初に連れてこられたのが、一番はじめに失明した男とその妻、その男を診断した眼医者とその妻。(その妻は最後まで失明せず、唯一病気から免れている)その眼科の待合室にいた、サングラスの美しい娼婦の娘、斜視の少年、眼帯をした白内障の老人。どんどんと感染者が収容所へ送り込まれてくるなかで、この7名の人々が隔離施設のなかでまた、その先の世界でどう生きていくかというのが主な話となっている。秩序なき世界の中で物語はかなりサバイバルだ。政府はどこまでも非人道的であり、また非常事態下でやがて機能を失っていく。視力を失うことでインフラも崩壊し、人々は人間的な営みが出来なくなり、文明はいとも簡単に崩壊していく。

文芸誌「文學界」の今年5月の号で、いち早く「疫病と文学」という記事を書いた翻訳家の鴻巣友季子によると、この物語はかつてポルトガルの過酷なファシズム独裁政権の風刺だという。また、ナチスの強制収容所や、米国内での日系人収容所も参考にしたとのことだ。治安が崩壊した場所でおこる出来事は戦争時に起こったことと同じなのである。そこのところは、かつてナチスの愚行と戦争を「ペスト」の脅威に比喩的に置き換えたカミュと重なる。そのどこまでも気が重くなる暴力と暴行の連続が読んでいて、とても苦しい。それは『ペスト』の比ではない。でも、その苦しみの描写は忘れてはならないものだ、目を背けてはいけないものだろう。白い闇とは、見えるものさえ見ようとしない人間のご都合主義におそらく根差したものかもしれない。

現在、我が国においても「学術会議問題」で騒然となっているが、前政権から今の菅内閣におけるきな臭い政策等を、我々は心して監視しなければならないと思う。日本の小説においては極めて政治的な匂いのする小説は少ないので、そういう意味ではかなり強烈な独裁政治にたいするアンチテーゼをこの小説に感ぜずにはいられない。やんわりとした情緒ある日本の小説を読んでいる場合じゃない。サラマーゴは強烈な毒だ。清濁併せ呑め!




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