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女子プロレス沼のほとりにいる

団体の盛り上げ方が尋常ではなかった、この1ヵ月

定年退職して新たな趣味になったのは、女子プロレス「スターダム」観戦だ。
私たち世代の子供時代、プロレスはプロ野球と並ぶ人気スポーツだった。小学校の教室でもコブラツイストがけゴッコなどをやっていた。私自身はあまり好きではなく、金曜8時に親が観るテレビを少し覗いていた程度。そのずっと後も、せいぜい仕事の関係で柳澤健ほかのプロレス・ノンフィクション作品を何冊か読んだくらいの接点しかなかった。
ところが、半年ほど前のこと、WEBで見た1枚の画像に目が釘付けになってしまった。ファッショナブルで美しい女の子がリングの宙を飛び、やはり美しい衣装の子がそれを受けようとしている。全日本プロレス全盛の頃とは、ずいぶんビジュアルが違う。何が起きているんだろうと驚いた。それが新日系の「スターダム」だったのだ。
昨日の代々木競技場第二体育館、メーンイベントは金網マッチで、クイーンズクエストと大江戸隊という2つのユニットが6人ずつ出場する総力戦だった。時間無制限のエスケープルール、つまり最後に金網内に残った選手がいるほうが負けで、しかもこの試合に限り、その選手はユニットからの強制脱退が科せられた。
この試合までの1ヵ月あまり、団体の事前の盛り上げ方は尋常ではなかった。
QQのリーダー林下詩美と、ユニットの中でも存在感際立つ上谷沙弥がタッグを組んで負けた試合の後のコメントで2人のあいだに行き違いがあった。このところ連敗で、今日もお前のせいで負けたと上谷に言われたと受け取った詩美が、上谷の顔にタオルをぶつけて憤然と引き上げたのがきっかけで、その後も関係は悪くなる一方となる。そこに物語が芽吹き、2人の関係悪化にヒールユニットの大江戸隊がつけ込んで、物語はぐんぐん育っていく。詩美と上谷を分裂させ、あわよくば詩美を引き入れて大江戸隊の勢力拡大を狙う形で、昨日のルールとなる。その経緯を選手たちはTwitterで、団体は自分の媒体で、逐一報告してきたのだ。

全員でつくるから、壮大なドラマが生まれる

私たち観客は、ついに2人の決裂は決定的になり、QQはバラバラになってしまうのだろう。そういう先入観をもって会場に臨む。しかし、まったくそうはならなかったのである。
エスケープルールだと、さすがにリーダーは最後まで闘うものなのだろう(その前の試合も金網マッチのエスケープルールで両陣営のリーダーが最後まで闘った)。詩美はユニットの選手たちが金網を登るのを手伝い、残ったのは彼女と大江戸隊リーダーの刀羅ナツコ、そして鹿島沙希だった。そのリーダー決戦の最中、突然、外から上谷が金網をよじ登り、金網の頂上で場外にいた大江戸隊の渡辺桃から凶器を手渡される。それをどうするのか。すぐ下にいる詩美に向けるのか。私たちは文字通り息を呑んだ。上谷は大方の予想を裏切って、それを渡辺に振り下ろしたのだ。
金網の頂上はマンションの3階くらいの高さがある。そんな空中で起きたこの結末に、私はいたく感動してしまった。そのこと自体と、ここまで物語をつむぎ続けてきたQQと大江戸隊の全選手と団体に。誰か一人ではなく、全員が壮大なドラマを生んだ。私は初めて、プロレスはいい!と心の底から思った。
そして、この試合から、また多くの次の物語が芽吹こうとしている。
※大見出し画像はスターダムの公式Twitterより

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