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真夏の午後

正美は知っていた。今日はオジサンたちは出かけて帰ってこない。
父の弟夫婦に厄介になっている私は弟夫婦の行動をよく観察していた。

家では二人ともよい夫婦を演じている。当然といえばそうなのかもしれないが。
今日出かけたカバンはいつもより大きかった。特に叔母さんのは海外でも行くのかと思わんばばかりのトランクであった。
二人とも趣味が違っているので、それぞれで楽しんでいればいいのだが、最近のちょっとした行動がどうも気になってしょうがない。
オジサンの髭剃りが丁寧になった。トニックなんかつけなかったのに、ここ数か月たまにダンディな香りがする。
叔母さんの方も少し、派手目というか花柄の服が増えたようにも思う。ジムにも行き始めているし、身体を絞っているのか。特に髪の染め方が丁寧で、後ろ姿だと20歳くらいのサバは読めてしまうぐらいである。60過ぎの男女たちが色恋沙汰ってのもなんだかなとか思いながらも、人生後半を謳歌していることにうらやましくもあった。

きっと、今日は帰らないと夕方にメールでもくるのだろう。
ぼんやりと北側の窓を見る。網戸越しに入道雲がもくもくと見える。
ここ数年気温がすごく上昇しているように思う。自分が小学生の頃こんなに暑かったっけ?
30度前後ではぁはぁいっていたはずだ。
南側のまどには簾が垂れ下がっており、山からの生暖かい風が吹き込んでくる。
風があるだけまだましね。
そう思いながら、クーラーもつけずに畳の上で寝っ転がっている。
簾の影が風で前後に揺れる。
夏の風物詩でも見るかのように、ぼんやりと正美は影を追っていた。
少し風が強くなったのか、窓際の南部風鈴が響きのよい音を奏でる。

正美はゆっくりと目をつむった。
来年には就職活動ってときに、こんなにのんびりしていいのかなと思いながら。

大学生の一人暮らしは危ないと、父から猛反対にあい、大学から程近いところにある弟夫婦に白羽の矢がたったというわけ。
もともと、父の実家であったこの家は部屋数が多く、空き部屋もあったため、掃除を手伝ってくれるならという条件付きでここに住むことになった。

私の部屋は母屋と離れた別館のようなところ、2階建ての小さい家といったところか。
なんのための家だったか聞きにくいが、父の親たちも個々に趣味をもっており互いに一人になれる空間が欲しかったんだとか。

なんとも羨ましいというか、変わっているというか。
おかげで、離れとはいえ、小さい台所、風呂、トイレも備わっており、ほぼ一人暮らしと言っても問題ないレベルの状態であった。

そんな一人ではもったいない空間を独り占めし、だらだらと夏休みの午後を満喫しているのだ。スマホをみてもオジサンたちや友達からの連絡もまったくなく、みんな忙しいのねと思いながら、スマホを床に転がした。

外からは蝉の声が忙しなく聞こえる。人生この1週間にかけているのだからしょうがないと思いながら、生命の不条理な部分に意を唱えたくもなった。
私はできた人間でないから、どうでもいいんだけど。
これだけ温暖化が叫ばれている世の中なのに、ドンパチをはじめるし、世界の人たちは過去の戦争をどう思っているの!と、とある飲み会で叫んだことあるが、海外によくいく友人曰く、海外では歴史の勉強はあまりしない。とくに世界史分野は皆無だという。
ヒロシマ、ナガサキはどんな伝わり方をしているのだろう。聞こうとも思ったが、結果がなんとなくわかったので、口をつぐんでしまった。

第二次世界大戦が終わってまだ100年たってないんだ。やっと人類は過去の過ちを振り返る時が来たと思っていた。平和ぼけした日本人の楽観的思想は、島国ならではの考えだったのかもしれない。

戦争以前に、今、世界の均衡はとれなくなってきている。
ああ、繰り返すんだなと思うと、自分の就職って、この平和ボケした中でさらに身を粉にして働きながら、つかの間の休日を楽しむのか、寝てしまうのかと思ってしまうとむなしくなった。

オジサンたちは子供もいないし、あと20年は好きなことをするんだろうか。
教育費も必要なかったので貯蓄もあるようだし。二人とも仕事をやめても、なんか私よりイキイキした毎日を送っている。
21歳の私が変に考え込んで、嫌になっている。なんか間違っていると思いながら、そういう歴史しか辿れない人の性が垣間見れる世の中になったなと大人びた溜息とともにつぶやいた。

机の上においた麦茶が入ったガラスコップは汗をかいて、テーブルに湖を作っている。
水面張力で輝いているその、水たまりを眺めると、網戸越しの入道雲が形を変えながら西から東へと進んでいた。

晩御飯どうしようかな。
頭の中は空っぽでも、お腹の空っぽは、何かくれーと叫んでいた。

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