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歯列矯正と深夜労働

私の歯並びはお世辞にも良いとは言えない。
義務教育中の歯科検診では、歯列はいつも2だった。奥歯はいいのに、1番よく見える前歯がだめだ。永久歯に生え変わる時に歯同士が押し合い圧し合い、歪んで固定された。


あんまり歯列の診断が悪いものだから、中学生くらいの頃に一度母に歯医者に連れられた。
歯列矯正は顎の骨が繋がりきっていない生え変わり中の年頃にするのがベストらしい。顎の骨がどんどん繋がってしまうと、歯を抜かなければ矯正ができないことがあるんだとか。
まぁ、抜かずに出来ないこともないかもしれません。外したら戻ってしまうかもしれませんけどね。医師はこちらに目も合わさず告げる。矯正にかかるお金はこのくらいです。それから定期的に歯医者にかかるように。
今まで何人か歯列矯正をしている同い年の子は見てきていたが、こんなにお金がかかるだなんて知らなかった。

私の母はこの頃深夜のパチンコで清掃のアルバイトをしていた。
私と弟は中学生、末弟はまだ手のかかる幼児。のしかかる養育費に心許ない父の収入。でも末弟から目は離せず、どこかで正社員になることもできない。そんな時期だった。昼間はパートをし、夕方は時々私に末弟のお迎えを任せた。夜は私たち子供が寝ている間にひっそりと家を出て、大嫌いなパチンコ店で清掃業務に暮れた。
そんな母の姿を知っていたから、「いいよ。別に歯列矯正なんかやんなくて。お金かかるでしょ?働いて、自分でお金を稼ぐようになってからやるよ」と私は、母に言った。

でもそれから、多感になっていって、私は歯を見せて笑うことができなくなった。整った歯に囲まれて自分の歯列を見せることが我慢ならなくなった。なるべく口を閉じて写るようになった。そしてあまり笑わなくなった。
あの時、遠慮なんかしないでいれば私は素直に笑うことができるようになっていたんだろうか。
でも、私はどう足掻いても母に私のために更にお金を使ってくれなんて言えなかったと思う。
深夜、私たち子供に配慮してこっそりと家を出ていた母が、どれだけ大変だったか、どれだけのものを噛み締めてやっていたのか、
そんなのあの頃の私だって想像できたのだ。

自分の歯を見れば母の苦労を思い出す。


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