行きつけとか好きなお店ほど周囲に教えたがらなくなるのはなぜなのか。たぶん秘密基地気分なのだ。

 

 自炊歴が4年目に入ったこの頃、怪現象が起きました

 朝目が覚めて冷蔵庫を開けると――知らない炒め物が入っている。

 食べてみるとなんだか知らない味付けを感じます。
 細君の味付けでもない。近所に住む我が母の味付けでもない。

 まさか、私の知らぬ間にだれか家に上がってつくっていったのか……? と一瞬不安にさいなまれましたが、左手の指に残る真新しい切り傷がすべてを思い出させてくれました。

 ――そういえばなんか、切ったような気がする――

 と。
 辻斬りを神速の反射で斬り捨てた達人みたいな感想を抱く私。
 起きてきた細君にうかがうと「なんか昨晩は台所でばたばたしてた」と道端でUMAでも見たかのような要領を得ない目撃証言。

 そう、つまりオート調理である。当人の意識が無いのに料理だけはきっちり一品完成しており、あまつさえ後片付けも自分でやっていた(らしい)。
 
 しかもそれだけ酔っぱらっていても翌日のためにちゃんと歯を磨きシャワーを浴びイブクイックと大量の水を飲んでいた(らしい)。

 こちとらとんと記憶にないのだが。どうやらオートで動いてる間の別人格も結構私のことを大事にしてくれているようだ。たぶんトリップオブデスみたいな奴だと思う。私は親しみと好感を持った。



 それにしても、お酒である。

 お酒。ああお酒。いのちのみず。
 
 飲み歩きと食べ歩きが趣味の私は、いつしかよく行くお店ができていました。
 そう、「行きつけ」という奴です。

 大人になったら一度は言ってみたいセリフの五位以内には入ってるはず。カッコいいと思う。オレの行きつけ……案内するぜ? みたいな。

 まあともあれ、行きつけというのができてしまったのです。
 ~しまったという物言いからなんとなく察するところでしょうが、現在は少し困った事態になりつつあるわけで。

 というのも行きつけのお店が、多い。
 多すぎる。
 いろんなお店に行き過ぎた。具体的に言うと五軒ある。
 そうなってくると困るのが、単純に資金面と出現頻度の調整です。

『「行きつけ」なんて偉ぶって言うからにはそれなりの頻度で顔を出さなくては。月一回、ないし二回。それくらいはいかないと「行きつけ」なんて言ってはいけないのでは……?』という妙なマイルールが私を縛りつける。

 しかし五軒。
 すべて月イチだとしても、一回あたり飲む量によっては相当な金額になってくる。
 それを捻出する手段など当然ありません。不幸にも昨年で私の追っていたソシャゲは更新停止したためもう男の娘バンドのカードを手に入れようとガチャることもありませんが、だからといって浮いたお金を注ぎ込むのはそれはそれで不健康……

 悩んだ末。
 私の出した解決法は『ボトルを入れる』でした。
 飲み屋にいかない方に説明するとボトルとは要はお酒のボトルです。グラス1杯何円、というのではなく瓶で1本購入し、お店に保管しておいてもらう。そういうシステム。

 一杯あたりで購入するよりはこれで割安になりますし(グラス1杯30mlで700円とかのお酒も、ボトル1本なら7、8000円くらいで買えたりする)、通う頻度が下がってもボトルのキープ期間(お店によるものの三か月とかが多い、越えるとお店のひとが飲んじゃうとことかもある)の間はなんとなく安心感がある。

 それになによりボトルがあると。
 友人とかと一緒にお店へ行ったときに、

マスター、私のボトル出していただけますか
 というセリフの使用が、解禁される……!

 行きつけ感がいっそう高まります。初期投資で金額がかさみますがグラス1杯何円で頼むより元はとれるし見栄張ってカッコつけることもできるしこりゃあ一石二鳥だなと。ようしボトル入れようじゃんじゃん入れようこれでこの先は安泰だァと思いました。

 思いました。 

 た。

 過去形。

 残念なことに、そうそう世の中うまくはいきません。



 気が付くとまた知ってる天井を見上げており冷蔵庫からは知らない煮物がこんにちは。

 やっちゃったな~また記憶飛んだな~と思いながら二日酔いでその日はダウンし神様に「もうお酒は控えますのでこの苦しみから解放してください」と懺悔のメッセを飛ばしつづけるのですが翌日の午後にはもうさっきのメッセは滅せとばかりに「お酒のみたい」と考え始めます。

 行きます。行きつけですから。二日後にまた行くってのも「行きつけ」っぽくてオツなもんだな……とかうろんなことを思いながらうかがいます。

 マスターが「こないだは飲んだねぇ」とにこやかです。
 ハテ、そんな笑顔を浮かべてもらうようなことがあったかしらん。

 そこでやっと、気づきます。
 あっ。
 財布が……軽い。


 そうか、
 使ったのか。
 ここで、お金を……。

 ボトルを入れたことでもう節約できるぞと思った私でしたが、その安心感を糧に、知らない間に奴が目覚めていたのです。
 そう、
 トリップオブデス。
 じゃなかったのです。「俺が世間様とはうまくやっといてやるよォ~」とか言ってなんか表に立ってくれてるなと思ってたら気が付いたら主人格の方を乗っ取るタイプの別人格だったのです。

 とにかく、ボトルがあるから大丈夫~という安心から私は「1杯くらいはグラスでなんか頼まなきゃね」とか思い始め、そこからは階段を駆け下りるようにほかのお酒ほかのお酒と手を伸ばしていったのでしょう。
 ちくしょう、安心から慢心しやがって。
 ボトルも三分の一くらい減ってたのを見て私は嘆きました。
 なにやってんだばかばか。潰すぞ。潰れてたわ。嗚呼、身体は共通……。

 なにが嫌かってせっかく飲んだのに飲んだの覚えてないってのがもったいない、ココですよね。


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