小説:天体観測
実家の最寄り駅から300メートル離れたフミキリを電車が通るたび帰ってきたなと実感するのだ。それと同時にキミも変えてくることはあるのだろうかと毎年考えずにはいられない。電車を降りると、青い空には大きな入道雲が我が物顔で居座っていた。
家に着くと、奥の部屋から父の声が聞こえる。
「大学のほうはどうだ?」
一緒に大勢の笑い声も聞こえてきた。おそらく父はテレビを見ている。
「まぁ、ぼちぼちかな。勉強のほうは」
居間に向かって叫び、靴を脱ぐ。
「車、明日借りてもいい?」
「いいけど、なんでや」
「墓参り行ってくる」
父が答える代わりに、テレビがしゃべる。室内だというのにセミの声は騒がしく、汗も滝のように流れる。
「いいけど、午前に母さんの家の墓参り行くから行くなら午後にしてくれ」
テレビがCMに差し掛かったであろう時、父は返事をした。
「わかった」
俺が自分の部屋に戻ろうと、スーツケースを抱え階段を登ろうとすると今度は母がやってきた。
「お帰り。学校はどう?」
「ぼちぼち。それと……天体サークルに入った」
母はしばしの間沈黙した。俺はその間に耐えられず階段を一段上がろうとした時だった。
「向井さんのところで花買っていきなさいよ。それと線香は玄関の棚にあるから」
「わかった」
俺は2階にある自分の部屋に入っていった。
その夜俺は手紙を書いた。毎年お盆の時はこうして手紙を書く。今年で10通目だ。
今年もこの季節がやってきました。どんな気持ちでいるのかはわからないけれどこの手紙を楽しみに待っててくれると嬉しいな。さて、去年は大変なことばかり書いてしまったけど、今年はうれしいお知らせができます。大学に合格しました。去年はつらいとか、大変とかそういうことばかり書いていた気がするけど、乗り越えて大学生になることができました。大学では植物について勉強することになったよ。それでね。大学にはサークルっていうものがあるんだ。これはスポーツ少年団みたいなもので、野球なら野球をしたい人が集まってサッカーならサッカーをしたい人が集まる、いわゆる趣味の集まりなんだ。俺は天体サークルっていうのに入ったんだ。うちのサークルは結構いい望遠鏡があってね。科学館で見せてもらったみたいなやつもあるんだ。それを使えるからさ、たくさん星が見えるんだよ。
「それでもしかしたら、君の今いる場所がどこかわかるかもしれない」と書きそうになったがやめる。科学館の望遠鏡をのぞいた時のうれしそうなキミの声がおぼろげながら脳内で再生される。なんだか、これ以上書くのはだめな気がしてしまう。
だけど、一言だけ書くことにした。
「明日の夜ほうき星が見えるらしい。」
目の端には、小学校の時に科学館のワークショップで作った天体望遠鏡が置かれている。ホコリをかぶっていた。
次の日の夕方、日暮が泣き始める時間に俺は町はずれの墓地にいた。花と線香をもって車の外に出る。後部座席には望遠鏡が置かれている。
入り口からだいぶ奥の方にその目的の墓標が立っていた。周りに比べると小さいが、花瓶には沢山の花と水、線香立てには束になった線香が供えられていて、きれいに管理されている。俺も、花瓶に持ってきた花を挿し、線香立てに線香を納める。そして昨日の夜描いた宛名のない手紙を墓石に立てかけ、手を合わせた。
そこに眠っているのは立石美来。9歳の時に死んだ幼馴染だった。
それは科学館で望遠鏡を作ってもらった次の日だった。その日は今日と同じくほうき星を見ることができた。当時、科学館が望遠鏡のワークショップをやったのもそのためだった。俺は興奮していた。望遠鏡を持っている俺は自分がすごい奴に思えた。夜、空が見やすい場所に行くのもちょっとした冒険だった。それで、美来ちゃんに自慢をしたのだ。俺は今日の深夜発見をしに行くと。
すると未来ちゃんは連れていってと頼むのだ。彼女は願い事をしたかったらしい。俺はそれに快諾した。ほうき星が見れる予測時間の午前2時に駅に集合ということになった。
そして、深夜2時を2分すぎたころ、彼女は踏切で轢かれた。運送会社のトラックが居眠り運転で突っ込んだ。彗星は長い時間をかけて夜空に線を引いたけれども俺は願い事を込めることなんてできなかった。
「日本でほうき星が見られるのは10年ぶりなんだって。しかも、前と同じ日。天気予報は晴れだ」
俺は墓石に向かい話しかける。
その時夕暮れ時には珍しい風が吹いた。立てかけた手紙が飛ばされる。俺はそれを慌ててつかみ、もう一度墓石に立てかけようとする。でも、本当にそれでいいのだろうか。
「明日また来るから」
俺は手紙を置かずに車の中に戻る。そして、家に帰ることにした。君は来ないけど、俺はあの踏切の近くで望遠鏡を構える。君はお盆になっても帰ってくることはないけれど、それでもほうき星を見て、君の分も一緒に願い事をするんだ。
手紙を渡すのはそれをした後でいい。ちゃんと手紙に書いて願い事を君に伝えるんだ。
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