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人生をイージーモードに切り替える方法:第4回「私たちが心の傷を過度に恐れている本当の理由」

前回は、「私たちは何故か、不利益があっても憎むことをやめられない。利益があると分かっていても、愛することを怖がり、避ける」という話をしました。

人間は快楽を追求して苦痛から逃れる生き物だと一般に言われているのに、どうやら実際には真逆のことが起きている。これは何故でしょう?
私たちはなぜ憎むことに依存し、愛することを恐れるのでしょう?
今回はこのことについて深掘りしていきます。


私たちはとにかく傷つきたくない

なぜ私たちは愛することを恐れるのか?
答えは簡単です。傷つきたくないからです。

初めて出会う人を前に緊張を感じるのは、傷つきたくないからです。
無防備に近づいて親切にしたり笑顔を振りまくと、弱みにつけこまれたり、利用されたり、誤解されたり、恨まれたりすることがある。
そう思うから私たちは、初対面の人を愛するよりもむしろ憎みます。

自分の置かれた環境の「悪いところ」ばかり探してしまうのは、傷つきたくないからです。ここが良い場所だと思い込んでしまったら、もっと良い場所へ向かう気力をなくしてしまうかもしれない。チャンスを見過ごしてしまうかもしれない。
そう思うから私たちは、今置かれた環境を愛するよりもむしろ憎みます。

自分の悪い面ばかりに目を向けて長所を認めようとしないのも、また同じように、傷つきたくないからです。自分のここが良いところだなどと大見得を切ったら、影で笑われるかもしれない。自分を大好きでいたら、嘲笑されて孤立するかもしれない。
そう思うから私たちは自分を恨みます。恨んで短所をあげつらい、我先に自分を嘲笑します。

未来の不安にばかり焦点を当てて楽観的になれないのも、
過去の不幸ばかり思い出して自分は幸運だと信じられないのも、すべて同じ。

私たちは傷つくことを恐れています。

傷つくことは怖い。

私たちは「傷つく」ことを人生でもっとも恐ろしいことだと捉えています。
それは時に、死ぬよりも恐ろしい。

「心の傷」とは何か?

ところで、傷つくとは何でしょうか。心の傷とはどんなものであるか、あなたは真剣に考えたことはありますか?


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