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猫とカレーリーフ その1「出逢い」

 ご主人さまが旦那さんに黙ってきて買ってきたものが今日届くらしい。
 灰色のもやもやとした雲がいっぱい雨を吐き出してる天気の日に。
 帰ってきてから、始終そわそわとしていて、なんだか落ち着かない様子だった。
 おかえりなさいとひと鳴きすると、雨でびっしゃり濡れた手でサラリと撫でられて、ぼくの頭が濡れてビシャビシャ。
 ご主人さまと同じく落ち着かない気分。
 まるで濡れた手から不安がびびっと外のかみなりみたいに伝わってきたようだった。
 どうしてなのかなと、お尻にある尻尾をくねくねぱたぱた動かすことしかできないぼくはご主人さまかつ、人間のお母さんの姿を見上げるだけだ。

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 しばらくして人間のお父さんが帰ってきた。
 さっきのお母さんとおんなじように雨であちこち身体に染みをつくって。
 おかえりなさいと身体を足にすり寄せちゃうのはぼくの本能。うれしさの表現。
「ただいま〜きょう、なんか届くって言ってたよね。届いた? 何が届くの」
と、家に帰っていきなり尋ねるお父さんの正直なところがぼくは好きだ。万が一失敗したり、悪いことをしてもすぐに謝れば許してくれそうな感じがして。                     「えーっとまだかな。ちょっと大きいカレーリーフなんだけど…」                 とドア越しに聞こえてくるのはお母さんのちょっと緊張気味の声。
「カレーリーフ? スパイスかなにか?」
「スパイスなんだけど、」
「いきなり買ってこないで、すこし相談してくれればよかったのに」               「ごめんなさい」と、もごもご口を動かし、身体をもじもじさせながらお母さんがお父さんとリビングに一緒に入ってきた。話を逸らす代わりにぼくたちの夕飯がはじまった。
 始終どこか気まずそうなお母さんを気にしつつ、ぼくは夕飯をもりもり平らげるのだった。

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『チャイムだ!』
 ごはんを食べている最中、急に二人が慌ただしくなり玄関に向かっていく。
「……大きくてすみません、ありがとうございます」
 でっかいダンボールに包まれたそれがドアの真ん中にあるガラスからチラと姿を見せた。鼻がつくくらいガラスの際までふんふんと顔を近づけてぼくは新しい仲間と初めて対面した。
 ダンボールの隙間から見えたふさふさの葉っぱ。   
 可憐だな、という第一印象のうちにぼくはリビングに戻ってきたお父さんにあっという間にゲージに入れられて鍵をされてしまった。ぼくがお外に行っちゃうと思ってるとき、よくそうされる。
 でも今回はただ、カレーリーフに挨拶をしたいだけだから逃げないって!
 ……たぶん。
 ねぇ、ぼくも会いたいよ〜カレーリーフにご挨拶したい〜と鳴いて叫んでも、お父さんとお母さんはこういうとき開けてくれない。
「外に置くの?」
「うん」
「ずいぶん大きいなぁ……うち、マンションなのに」
「でも、これからたくさんお料理に使うし、とってもいい匂いがするよ。爽やかでわたしは好きだな」
 ダンボールという衣を脱ぎ捨てて現れた、お母さんの胸元くらいの高さはある、おっきくてちいちゃな葉っぱがワサワサした細くて変わった香りのする木。優雅にさえ見え、外国の香りがどことなくしてぼくの濡れた鼻の頭をくすぐっていった。
 出ていっちゃいけない『ベランダ』とか『外』という場所につながる窓があき、「よろしくね」とお辞儀をするみたいにカレーリーフはゆらゆらと髪みたいな葉を揺らして歩いていく。

 こうして、7月の頭に来たカレーリーフはうちに来てもうすぐ1年になる。
 ぼくはいつも窓越しに毎朝挨拶している。

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