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「貧すれば鈍する」について

研究開発にはおカネがいる。油田を掘るようなもので、何が当たるかわからない。ある程度は腹を括って、湯水のごとくコンスタントにおカネを研究開発に投じるしかない。

ノーベル賞の今年度の受賞者が決まりつつある。今年は日本の受賞者はどうやら出そうもない。

ノーベル賞の受賞者の受賞理由となる研究は、いずれも昨日や今日の実績ではない。20年とか30年も前のものである。21世紀に入ったくらいから毎年のように日本人のノーベル賞受賞者がコンスタントに出ているのは、高度成長期以降、80年代から90年代くらいに多くの研究開発費を投じる余裕があった影響と言われる。今は経済成長も鈍化しており、研究開発に投じるおカネも乏しくなっている。大学の評価も国際的に見ても下がっている。

文科省が発表した「科学技術指標2022」によれば、引用回数で上位1%に入る「トップ論文」において、中国が米国を抜いて1位となった一方で、日本は10位と過去最低となったという。上位10%に入る「注目論文」でも中国1位、米国2位で、日本はスペインと韓国にも抜かれて12位となったとある。

それでも研究開発費とか研究者数では5位をキープしているとのことであるが、論文数を見ても、日本のポジションは確実に低下傾向である。

以上から予想されることは、今後は日本人のノーベル賞受賞者はあまり出なくなるだろうということである。ちょっと言葉本来の意味とは異なるかもしれないが、「貧すれば鈍する」ということである。先立つものがなければ、研究開発の成果も期待できないのは当然であろう。

もちろん、おカネだけで解決できるとは思わないが、そもそも優秀な研究者が日本に集まる素地がない。米国の大学や研究機関は、それこそウインブルドンかプレミアリーグみたいに世界中から優秀な人材を集めている。同じことを中国がやろうとしている。

サッカーのプレミアリーグは、世界中のスター選手が集まっている。以前は、海外出身のトップ選手に締め出されてしまい、イングランドの若手選手の出場機会が制限されると言われていたが、ハイレベルな競争環境に耐え抜いた若手選手が徐々に台頭してきたお陰で、18年ロシアW杯ではベスト4に躍進している。やはり優秀なライバルとの切磋琢磨はどんな業界であっても必要なのである。研究開発の世界だって同じであろう。

日本の大学や研究機関に同じようなことが果たして可能であろうか。まずは英語を準公用語にして、英語で研究活動が可能な環境を整える必要がある。日本の大学に来る以上は、「郷に入れば郷に従え」方式で難しい日本語の習得を強いるのは非現実的である。

あとは、とにかくおカネである。プレミアリーグに世界中からスター選手や名監督が集まるのも、カネが唸るほどあって、高額の報酬が期待できるからである。大学や研究機関だって同じである。研究施設や設備、処遇がショボくては、誰にも見向きされない。海外から人材を集めるどころか、このままだと日本人の優秀な研究者だって米国や中国に取られるであろう。

日本に優秀な研究者が集まり、世界トップレベルの研究開発が行われるようにするための目的は、別にノーベル賞の受賞者を増やすことではない。そんなものは結果の1つにすぎない。

画期的な研究によって、新たな技術革新が起きれば、新たな産業が生まれる。新たな企業が起こり、雇用が生まれ、莫大なおカネが世界中から流れ込む。日本国内で再び右肩上がりな経済成長が起きることも夢ではない。

内向きな発想で、日本人だけの能力で何とかしようと思うのは、あまり賢いやり方ではない。少子化で人口が減っているのだ。ラグビーW杯の日本代表みたいに、生まれた国に関係なく、優秀な人たちが日本に大勢集まってきて、日本で活発に研究開発を行ない、新たな事業を起こし、盛大におカネを回してくれれば、カジノの胴元のように黙っていても国は潤い、国民も豊かになれる。

研究開発費はそのための「タネ銭」だと思えば良いのだ。

経済成長もしていない、失われた30年を過ごしている日本のどこにそんなおカネがあるのだと言われるかもしれないが、実はおカネはある。

企業の利益の蓄積である21年度の企業の内部留保が、金融・保険業をのぞく全業種で初めて500兆円を超えた。10年連続で過去最高値を更新中である。つまり、おカネはあるが、国内に投資機会が乏しいから、企業はただおカネを貯め込むしかないのだ。投資機会さえ用意すれば、おカネはちゃんと回るようになる。いまは美味しそうな投資機会がないだけなのである。

あるいは、「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」というものがある。政府から預託された公的年金積立金の管理、運用を行っている。年金資金だし基本的には堅実な運用を行なっているが、国内債券35%、国内株式25%、外国債券15%、外国株式25%といった具合に、ある程度はリスクを取った投資も行なっている。GPIFの運用資産は21年度第2四半期(7月~9月)時点で194兆である。

こうしたおカネをほんの一部でも、日本の大学や研究機関への先行投資に回すことができれば、日本の研究開発の世界の景色が一変すると思うのだが、どうにかならないものだろうか。もちろんタダで配れとは言わない。投資である。

冒頭に書いたとおり、研究開発なんて油田を掘ったり鉱山を採掘したりするのと同じである。半分はギャンブルみたいなものであり、どれが当たるかわからない。ノーベル賞級の研究だって、たまたま失敗したことがキッカケとなって大発見に結びついたといった話は少なくない。

一流のVCであっても、野球にたとえれば、投資の50%は失敗、20〜30%はシングルヒットかツーベースヒット、残り10〜20%がホームランであるという。リスクマネーと研究開発は親和性がある。三者凡退の山を築いても、大ホームランが出ればペイするからだ。

いずれにせよ、今のままだと、本当に「貧すれば鈍する」である。博士号を取得した研究者の多くがリスペクトもされず、十分な就職の機会も与えられず、非正規雇用労働者みたいな扱いをされているようでは、いずれ日本から優秀な研究者は1人もいなくなってしまうであろう。


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