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「ビッグモーター」について

「ビッグモーター」に関する報道が、連日のようにテレビ、新聞で溢れかえっている。社長の退任記者会見以降、ニュースの分量がさらに増えたように思える。

何かと言えば、「コンプライアンス重視」が叫ばれる昨今のご時世に、非公開企業とはいえ、こういう破天荒な企業がまだあったんだなあというのが、僕の偽らざる印象である。

前に、「良い会社と悪い会社について」という記事を書いた際に、世の中の「良い会社」も「悪い会社」も、どこも似たような点が多いものであるという考察をした。当社の場合は、言うまでもなく「悪い会社」に該当するはずなのだが、当社みたいなワンマン企業を見ていて感じることは、「良い会社」と「悪い会社」は表裏一体、あるいは「紙一重」であるということである。

ひと言で言い表すならば、「強力すぎるリーダーの存在」である。ガバナンスの利いた組織というものは、安全ではあるが、スピード感とか効率性には欠けることが多い。民主主義政治に通じるところがある。

一方、当社のような強烈なリーダーが即断即決で何事も決めるような組織は、うまくいっているうちは、大いにパワーを発揮する。チンタラと合議する必要がないので、万事にスピード感があるし、全員が金太郎飴のように同じ方向に向かって突き進むことができる。当社が一代で業界一位企業にのし上がったのは、創業者である前社長のリーダーシップあってのことであろう。

ところが、こういう組織の場合、えてしてリーダーの周りには「イエスマン」ばかりが蔓延るようになり、社員は何事もリーダー任せとなる。余計なことを言わず、唯々諾々とリーダーの指図どおりに動いている方が安全だからである。元々は優秀なリーダーであっても、そういう環境で長らく経営に携わっていると、だんだんと堕落する。諫言してくれる部下がいなければ仕方がない。そうなると、間違った方向に進み始めると、誰も止めてくれないから、どんどんと間違った方向に突き進むことになる。

つまりは、「強力すぎるリーダーの存在」というのは、状況次第で、毒にも薬にもなり得るということである。リーダーの補佐役、ブレーキ役を担う部下がいれば良いのであるが、『貞観政要』にあるような、リーダーを厳しく諫めてくれるような部下は、現実にはいないし、そういう部下を受け容れるほど度量のあるリーダーもあまりいないのだろう。

業界一位になるくらいの会社だから、「ビッグモーター」も途中までは「超」がつくくらいの優良企業だったのだろうし、社長だって一代でここまでの会社をつくり上げる以上、決して凡庸な経営者ではなかったはずである。にもかかわらず、こんなことになってしまうとは……。まさに、先ほど書いたとおり、「良い会社」と「悪い会社」は「紙一重」としか言いようがない。

「ビッグモーター」がやったことについては、新聞やテレビの報道で把握した範囲内であり、続報が連日のように報道されているので、今後もさらにいろいろな悪行が追加されるのかもしれないが、主要どころだけをざっくりと抽出しただけでも、以下のように感じである。

  • 社員への「罰金」問題

  • 社員による買取り代金の詐欺

  • 不正車検の実施

  • 損保各社への不正請求

  • 故意による顧客車両の破損

  • 社員に対するパワハラ、強権的な人事処分等

  • 下請け企業に対する値下げ要求

  • 街路樹への除草剤散布問題

社員とか下請け企業に対する圧力というのは、業績ドライブの強いオーナー企業の場合、当社に限らず、さほど珍しいことではない。決してそういう行為を是認するつもりはないが、当社に限った話ではない。

問題は、不正車検、損保各社への不正請求、故意による顧客車両の破損、街路樹への除草剤散布等、会社ぐるみと思われる犯罪行為である。

企業である以上、業績を上げるのは当然である。利益を上げなければ、企業は存続できない。しかしながら、ルール違反は許されない。その点はスポーツ競技と同じである。日本は法治国家だから、どんな理屈をつけようが、法律違反は許されない。

記者会見では、経営幹部の知らないところで一部の不心得者がやったことだという話であったが、当社のような強烈なオーナーがすべて取り仕切っている企業で、そんなことは「あり得ない」と考えるのが普通であろう。おそらくは、些細なことまで現場に対してトップダウンで指示が降りてきて、直ちに指示どおりに動かなければ厳しくペナルティを課されるような会社であろうから、これらはすべて全社的な施策ということになる。

こういうのを見て、「トップ以下、末端社員に至るまで、揃いも揃って、コンプライアンス意識が欠如した会社だ」と指弾するのは容易いのだが、こちらに関しても、一歩間違えば、どこの会社でも起こり得ることである。スルガ銀行の「かぼちゃの馬車」融資問題とか、日産や三菱自動車等の一連の大企業による検査不正問題とか、船場吉兆等の食品偽装問題とか、過去にもいろいろな事件がある。

これらに共通するのは、いわば、「業績目標や納期が最優先される社内の空気」「内向きな組織」「同調圧力」等であり、その場に置かれたら、「これは、おかしい」と言うのは相当に勇気がいるし、だんだんと感覚が麻痺してしまい、やがて「当たり前」になってしまうものである。こういうことは、バブル期の銀行に在籍していた僕としては、臨場感をもって理解できることである。

今回の一連の不祥事の多くは、主として元社員等による内部告発で明らかになったという。当社の内部通報制度がどうなっていたのかが気になるところだが、特別調査委員会が公表した報告書によれば、「内部通報が黙殺された」とある。公益通報者保護法では、常時雇用する労働者が300人を超える事業者に対し、公益通報に対応する窓口の設置や規定の策定などを義務付けているにもかかわらずである。もっとも、この会社のような非公開のオーナー企業で、社内の内部通報窓口に上司・同僚の不正・不祥事を通報するのは、よほどの勇気がなければ難しいだろうと思う。

ここで必要なのが、「心理的安全性」であろう。社内の空気に染まらず、異論を唱えても、それが許されるような組織風土があるかどうかということである。当社に関しては、もちろん「心理的安全性」は皆無であろうから、仮に疑問に思う社員がいたとしても、誰も何も言えない。もしも、ここまで問題が拡大する以前の段階で社内で問題になり、何らかの是正措置が取られていれば、軽傷で済んだ可能性はある。

めざすべきゴールが決まっているような状況であれば、強力なリーダーの決めた方針に従って、皆んなが金太郎飴のように同じ方を向いて突進すれば済むことである。そういう場合には、異論を唱えるようなメンバーはいない方が、スピードや効率性を最大限まで高めることが期待できるのかもしれない。

しかしながら、今のようにいろいろなところにリスクが潜んでいて、状況次第できめ細かく方針の見直しが必要になるような世の中で、強力なリーダーというものは、それ自体が組織にとってのリスクであったり劇薬になり得るのだ。

業績を上げるためならば、ルール違反も仕方がないという間違った方向に、当社の前社長が進み始めたのがいつ頃だったのかは知らないが、その段階で諫める人が誰もいなかったのか、そこが当社の運命の分かれ目だったのだろう。

企業でも軍隊でも、「情報共有」と「心理的安全性」の2つが重要である。「朝令暮改」は決してネガティブなことではない。一旦、決めたことであっても、何かおかしいと思えば、ブレーキを踏んで、方向転換をする必要がある。

これらは、効率性やスピードをもしかしたら阻害するかもしれないが、状況判断を間違ってしまい、組織全体が「ずっこける」よりはマシである。

優秀なリーダーも、年を取ると耄碌する。過去の成功体験自体が「桎梏」となる可能性もある。晩節を汚す経営者は多い。そうならないためには、さっさと自ら引退するしかない。誰も引導を渡してはくれないからである。

当社のガバナンスに関して問題がいろいろあるのは明らかだが、今後の解明を待ちたいのは、損保ジャパン他の損害保険会社との関係である。特に大勢の出向者がいた損保ジャパンに関しては、当社のやっていることについて、まったく関知せず、単なる被害者だったとは考えにくい。

不正請求されたことだけを取り上げれば、損害を被る立場であるが、両社の関係はそれだけではない。代理店として高い実績を上げていること、事故車は翌年からの保険料が引き上げられること、再保険制度によってリスク分散が図れること等を勘案すれば、トータルでは損保会社も儲かるような構図になっているのではないだろうか。

そう考えれば、中古車販売会社-損保会社がグルでやっていたことと考えるのが自然であるし、似たようなことは他社でも行なわれていた可能性だってあるのではないだろうか。

そういう意味では、監督官庁も含めて、皆んな薄々とはわかっていたが、敢えて触れずに看過していた不都合な事実が、パンドラの箱を開けたように今回の事件を契機に次々と明らかになり、中古車販売業界と損保業界に激震が走るといったことが起こりそうな気がするし、「ビッグモーター」の事件は、まだまだ序の口なのかもしれない。

まあ、僕はクルマにも乗らないし、高みの見物である。


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