物語の構造は【#シロクマ文芸部】
咳をしても金魚。
そんなタイトルの写真集を見つけたのは、小さな町の小さな書店だった。レジには小さなおばあさんがちょこんと座っている。
僕はおばあさんを気にしつつも、写真集をそっと開いてみた。金魚ばかりを専門に作る硝子職人の作品集のようだった。
冒頭になぜ彼が金魚ばかりを作るのか書かれていた。
『子どもの頃、縁日ですくった金魚がみんなすぐに死んでしまったんです。何度やっても、何度も同じように。死なせてしまった彼らに新しい身体をあげたくて、私は金魚を作ります。だからこれは、私には贖罪なんです』
僕はちょっと眉をひそめた。その贖罪につけるタイトルが『咳をしても金魚』だなんて変わっている。
ページをめくった最後には、この職人がまだ三十代のうちに亡くなったことが書かれていた。
止まったままのおばあさん、古くて小さな町の書店、硝子の中を泳ぐ金魚たち。
まるでここだけ時が止まっているかのようだ。
ふと振り返ると、ひとりの女性が上から書店を覗き込んでいた。
「きれい。ドールハウスみたい。すごく精巧に作られているのね」
彼女は展示の解説を読み始める。
「作者は『そこだけ時が止まっているかのような、どこか懐かしく古めかしい風景に、旅猫が迷い込む』をテーマとしたシリーズ作品を手がけている。旅猫のモデルは街で見かけた野良猫とのこと、ですって。旅人じゃなくて旅猫だなんて、変わった設定ね。それならこの子が旅猫さんかな」
彼女の指が、僕を指す。
小さな町の、小さなギャラリー。そこに飾られた、小さな模型の中の小さな旅猫である僕。
僕は金魚ばかり作る硝子職人の話を読んで、彼女は古めかしい風景と旅猫ばかり作る模型作家の話を読む。
僕は考える。果たして彼女はどんな作品の登場人物で、誰がそれを読むのだろうかと。
こちらの企画に参加させていただきました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?