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GUILTY&FAIRLY 『蒼 彼女と描く世界』 著 渡邊 薫    

第十三章 最後の森

 

少しずつ辺りの景色が変わり、ただの森へと姿を変えていった。

「意外と大丈夫だったね、二つ目の森」

「ああ、二つ目の森はもしかしたら使いようによっては、いいものかもしれない。今は留まっている暇はないけどね」

地図を見ていたオリバーが急に立ち止まり言った。

「ちょっと待って」

「どうしたの?」

「この辺から、ちょっと曖昧で」

「……君が分からないと、誰もこの先なんて分からないよ。ちょっと見せて、その地図」

「いや、待ってくれ。ちょっと考えるから」

するとリリーが、

「……ねぇ、きっとこっちよ!」

そう言いながら先に飛んで進んでしまった。

それを追いかけるように慌ててジャンが「リリー、待って」と走って行った。

「勝手に行くなよ!」

オリバーは怒っていたが、残りの二人も後に続いた。

しばらく進むと、また辺りの景色が変わり始め鮮やかな花が点々と咲いていた。

「ほら、何だか辺りの雰囲気も変わってきたわ。こっちで合っていたでしょ?」

「まあ、そうだね。次は花で埋め尽くされた【記憶の森】だから。きっと近くまで来ている」

「何で分かったの? 知っていたの?」

「……何となくよ」

リリーはニコリと笑った。

「……そっか」

 

オリバーは右ポケットから布を出して、鼻から下を覆い隠して言った。

「ここからは、鼻や口元を布か何かで覆って、あまりここの空気を吸い込まないように。この香りは、先程の果実と一緒で体に影響を与える」

「今度は香りを嗅いだらだめなのかい?」

「ああ。ここも多少の量は大丈夫だと思うが、これも多分個人差がある。最初のテストも関係している」

辺りは色とりどりの小さな花が咲き乱れ、花の香りが充満していた。

妖精があちらこちらに飛んでいた。

「この森は、やけに妖精が多いな」

「……そうだね」

「妖精にはこの香り、有害じゃないのかな? ねえ、リリー」

「……さあ。私には分からない」

「それで、【記憶の森】ってどんな森なの?」

「そうだね。記憶の森っていうなら、最初の森と同じなんじゃない? 過去の記憶とか幻想を見るみたいな事を最初の森で言っていたよね?」

「ここは最初の森とはちょっと違う。忘れ去られた奥深くに眠る記憶だよ。何でも昔のことを事細かに覚えていないだろう?」

「どうやって思い出すの?」

「ここの、むせ返るような花の香りが、人間の記憶を刺激する。奥深くに眠った、自分の意志だけでは思い出せない記憶をね」

「さっきの強欲の森ってところも香りが強かったけれど」

 

「先程の香りは、多分身体に影響はない。あの森は味覚に反応するんだ。けれどこの花の香りは脳の神経に少しずつ影響を及ぼす。微量では死には至らないが、ゆっくりと体が侵され動けなくなる。長く留まると他の森と同じように危ない」

「こんなに良い香りなのに」

 

すると突然ジャンが大きな声を上げた。

「凄い!! ねえ、見てよこの花、よく見たら真ん中に小さな生き物がいる! 妖精! 妖精が寝てる!! もしかして、この花って! 君たち妖精の生まれる花?」

まだ咲ききっていない開きかけの花の中心部で、妖精は生まれ出るのを待つように眠っていた。

ゆっくりと花が開き始め、開ききると妖精は体を逸らして伸ばし、周りの花びらが妖精の体にくっ付いて花から剥がれ、妖精の羽になった。

妖精が起き上がると残りの花びらがはらはらと落ち、たちまち枯れてしまった。

妖精は、生まれ出た花の花びらと同じ色の羽を羽ばたかせて飛び立った。

「妖精が生まれたの、初めて見た! 可愛い! 君もここで生まれたのかい?」

ウィリアムは興奮した様子でリリーに聞いた。

「わからない。生まれた時の記憶がないから」

「……そうなんだ。でも、妖精はどこで生まれているのかと思ったけれど、この森からだったんだね。生まれる場所なのに、何で出入りを禁じられているんだろうね」

「さあ、分からない」

「君の資料にも、妖精がここから生まれること書いてあったの?」

「ああ」

「知っていて私を仲間にしたのね」

「まあね。何か扉のヒントになるかと思って」

「ヒントって? 扉の場所知っているんじゃないのかい?」

「……」

「まさか、知らないなんて事はないよね?」

「細かい所まではいくら調べても出てこなかった。でも、妖精が連れて行ってくれるという情報はあったんだ。きっとここに来れば分かると思ったんだ。記憶の森で全てが分かると」

「……」

「ここにいる妖精達に聞けばいいんじゃないか?」ウィリアムが口を開いた。

「そうだね」

ジャンは近くを飛んでいる妖精に話しかけた。

「ねえ、この辺りで異世界に繋がるという扉を見なかった? もしくは聞いたりしなかった?」

妖精はジャンの質問に答えた。

「さあ、知らない」

そう返事するとどこかへ飛んで行ってしまった。

みんなそれぞれに妖精に聞いてみたが、どの妖精も同じように知らないと答えていた。

 

「ここじゃないのかな?」

「妖精だらけで気持ちが悪くなるね、ここは」

「何を言っている。可愛いじゃないか。こんなにたくさんの妖精をいっぺんに見たのは生まれて初めてだ。素晴らしいよ」とウィリアムは目を輝かせながら言った。

そんなウィリアムにオリバーは返した。

「僕は、妖精が嫌いだ」

「なんだって? なんで妖精を嫌うんだい? こんなに可愛いのに」

「……僕の父を奪ったから」

「お父さんを奪われた?」

オリバーは、少しだけ話すのを躊躇いながら続けた。

「……三年前、家の隣の木に妖精が家を作ったんだ」

「君の家の隣に?」

「……ああ。すぐに僕と僕の父は家の隣の木に住んでいる妖精と仲良くなった」

「……」

「それまで、母がいなくなってからずっと父と二人暮らしだった。……父は段々と妖精の話ばかりするようになって、そのうち父は、この森の話もよくするようになった。きっと、妖精に何か吹き込まれていたんだろう。……それである時その妖精は、僕の父を森に誘ったんだ。父は初めは断っていたけれど、段々と森に興味を示して、手紙を残して、ある日突然消えた。僕を残してね」

「ひどい。子供を残して行くなんて」

「父は悪くない! 妖精が父を連れ出したんだ! 父の手紙には、必ず扉を見つけて僕の為に帰ってくる。って、書いてあった! 僕の事が何よりも大切だって。僕を扉の向こうに連れて行こうとしてくれていたんだ。より良い世界に!」

そう大きな声で叫ぶと、続けて

「もういい、僕はあっちを探してくる」

と言って、みんなから離れて奥の方へと進んだ。

それからそれぞれ離れすぎないようにして辺りを探した。

するとウィリアムが大きな声で叫んだ。

「お〜い! ここに人が倒れている! 何か知っているかもしれない! 来てくれ!」

みんながウィリアムの方に駆け寄ると、戻ってきたオリバーが遠くからその倒れていた人を見て大きな声で叫んだ。

「父さんだ!!!!! 父さん! 父さん!」

その人物の胸に顔を埋めながら、途切れながら声をもらした。

「……やっと……会えた……とうさ……」

 

けれどオリバーの父には声が届いている様子はなく、ただ静かに横たわっていた。

 

みんなオリバーに声を掛けられなかった。

オリバーは、父の腕を肩に掛け、立ち上がろうとした。

深い眠りについている体は重く、ダラリと肩に垂れ下がりのしかかっていた。

「どうするんだい? まさか連れて行くのかい?」

「……父さんと家に帰る」

「でも……」

「かなり前に家を出たんだろう? 見つかったのは良かったけれど、きっともう……」

「父さんは生きている! 僕の父さんだ! やっと見つけた。また一緒に暮らせる!」

「でも、オリバー……」

「良かった。父さんは生きていた。父さんに会えた。……父さん……父さん!」

父を肩に背負い、その肩を震わせながら俯いて、オリバーは涙ぐんでいた。

「……僕はただ、一緒に居てくれるだけで良かったんだ」

涙を拭い、よろめきながらオリバーは立ち上がった。

すると、ウィリアムが反対側の腕を肩に掛け、

「ここから出口までは遠い。二人で抱えて歩いた方が早い」と言って、オリバーに優しく微笑みかけた。

「……ありがとう」

「さあ、戻ろう」

ウィリアムがそう言うとリリーはウィリアムの目の前に飛んで来て、

「戻っちゃうの? 扉までもう少しなんでしょう?」と言った。

オリバーは、

「僕は父さんさえ戻って来れば、それでいい。僕は元の世界に戻って、父さんを元に戻す方法を探す。きっとあるはずだ」

ウィリアムは、

「ああ。きっとある。今は深い眠りについているだけさ」と優しくオリバーを励ました。

リリーはジャンの方を見て言った。

「でも、ジャンは? いいの? せっかくここまで来たのに。新しい世界に一緒に行くんでしょ?」

「扉がないんだ。しょうがないよ。冒険も充分したし、帰ろう。リリー」

「でも……」

——そう言ったかと思うと、リリーは、ふらふらとしながら地面に落下し始めた。

「リリーッ!」

ジャンは慌ててリリーを優しく手で受け止めた。

「リリー! リリー!」

 

——ゆっくりと目を開けるとリリーは言った。

「私、扉の事思い出した」

「何? どう言う事?」

「ジャン、来て。もうすぐそこよ。私、忘れていただけで、知っていたの、扉の場所」

「……何? 急に?」

オリバーは、

「僕は行かないよ。もうここにいる理由がない。早くここを出ないと、きっと僕も持たないよ。それに僕は……妖精の言う事は信じない」

ウィリアムも続いて、

「リリーはいい子だと思うけれど、私は扉を目指していたわけじゃないからね。一緒に抱えて戻るよ。さあ、早く戻ろう」と言った。

リリーは、弱々しい力で羽を羽ばたかせ飛んだ。

そしてジャンの服の袖を引っ張った。

「行こう。新しい世界。行ってみたい。って、言っていたじゃない。きっとジャンも気に入るわ」

ジャンはリリーについて行っていいのか、ためらった。

ウィリアムは、

「私たちは引き返すよ。一刻も早いほうがいい。戻るなら後を追って来てくれ」

と言い、オリバーと一緒にオリバーの父を抱えて道を引き返し始めた。

リリーはジャンを引き留めていた。

「あったのよ、扉。行かないの?」

「……なんで今になって言うの? 忘れていたって本当?」

「本当に忘れていたの。ここで思い出したの。何で?……私を疑っているの?」

「急に扉の事思い出した。だなんて、普通おかしいなって思うよ。大体、君はなんで僕をこの森に誘ったの?」

「言ったじゃない。楽しそうだって。一緒に色々なものを見てみたかったの。きっと一緒なら楽しくなると思ったの」

「僕と一緒に?」

「ジャンと一緒が良かったの。初めて仲良くなれた人間だから。私、ジャンの事が好き。大好きなの」

「……僕も、君が現れてから、ただ過ごしていただけだった毎日が変わって、楽しかった。……僕も好きだよ。リリー」

リリーはその言葉を聞いて微笑んだ。ジャンは、

「……君を信じるよ。僕と一緒に新しい世界に行こう。連れて行って」

「……嬉しい。きっと素敵な世界よ」

リリーは、少し陰りを見せながら笑った。


「ジャン、これからよろしくね!」『GUILTY & FAIRLY: 罪と妖精の物語 color』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。
これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。

異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。
自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。
あるはずがない。
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