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カウンターの中で味噌汁は湯気をたてる

その店の看板はふいに目に飛び込んできた。
高松の繁華街で、夫とふたり、食事する場所を探していたときのことだ。

「お食事処 しるの店 おふくろ」

時間は夜7時過ぎ。すでに店の前に2,3人が並んでいる。間口は狭い。小さな店に見えたが、脇から中を覗いてみると奥行きはありそうだ。定食屋のようだし、きっとそんなに時間はかからないと並ぶことにした。汁の店、という看板を見た時点で、並んでもここで食べようと心に決めていたのだけれど。

タイミングよく人が出てきて、ほどなくカウンター席に案内された。家族連れもいれば、会社帰りのサラリーマンも、若い人たちもいる。地元の人が、そのまま来たみたいな店。
店の人たちも、家族か親族にちょっとバイトが混ざっている、ぐらいの自然体。元気のいいお姉さんがてきぱき動いている。

この店のメイン料理は味噌汁だ。
ぶた汁、あさり、とうふ、えのき、なめこ…6~7種類の汁メニューが、壁に貼ってある。豚汁じゃなく、ぶた汁ってところがいい。
隣の人のをのぞいてうらやましくなり、ぶた汁くださいと頼むと「ごはんはおひつにしますかお茶碗にしますか」と聞かれて、迷わずおひつを頼む。

カウンターには、ポテトサラダ、おひたし、なすの煮浸しなどすでに常備菜的な料理が必要十分に並んでいる。鰹のたたきだけは作り置きではなく、頼むとその場でサクからお造りにしてくれるようになっている。
とにかく早い。何かひとつ頼むと学食や社員食堂並みの速さで、カウンターの上からテンポよく差し出されるのが嬉しい。

私はビールを飲んでふわふわご機嫌になり、飲めない夫も、ご飯と汁が中心のこの店では肩身の狭い思いをしなくて済むようで、一品ずつ口に運んでは頷きながら愉しげに食事をしている。

圧巻は、やはりメインのみそ汁。店の主人は他の仕事は一切せず、みそ汁の鍋に張り付いている。注文が入ると(といっても入りっぱなしなのだが)、大鍋からだしを小鍋に取り、注文された分ずつ味噌を溶かして作っている。

主人の背後の棚には味噌の小さな樽が並んでいる。みそ汁によって違う味噌を使っているようだ。(後で調べたら、中屋味噌という高松の味噌だった)コンロで複数の小鍋をくるくる取り回し、少し平たいお椀にたっぷりとよそう。湯気を立てるお椀を、店員がお客のところまで運んでいく。

白味噌仕立てのぶた汁。やさしい味わい。するっとお腹におさまっていく。

どうしても他の味噌で仕立てた味噌汁が気になって、豆腐の味噌汁も追加。小さいサイズもあるのだった。

2人とも満腹で、お勘定も驚くほど安くて、旅先でこんな素敵なところと出会えた喜びもあって、そのあと、シャッターのすっかりおりていた高松の商店街をふらふら散歩した。いい夜だった。

そういえば、誰かに作ってもらう「家のごはん」を食べる場所を失って、どのぐらい経つかなとふと思う。
家での食事は自分で作るし、レストランは非日常の何かを探しにいく場所か、でなければとりあえずの空腹を満たす場所になってしまった。そんな中、「しるの店おふくろ」はその名の通り、親しい誰かが作ってくれるような「家ごはん」が出てくる場所だった。客たちも、家でくつろぐように食事をしていた。

高松へ行ったらぜひまた行きたいな、いや、この店に行くためにまた高松へ行ってもいいね、そんなふうな話をした。

ちょっと、お味噌汁が恋しくなる夜、ふと思い出して。

読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。