何の意味もない人生

仕事に追われて原稿がろくに書けていない。何とか書き上げて賞の締切日に提出しようとしていると、携帯に、めったに掛かってこない父親の携帯電話からの着信があった。

出てみると、父親ではなく、知らない男の声で、父親の名前を言い、あなたは息子さんですか、と訊いてくる。

そうだと答えると、いまお父様は病院の集中治療室にいて、心筋梗塞を起こし救急で運ばれて来ています。直ぐに手術を行わないとお亡くなりになられる状態で、手術をしても亡くなられる可能性も高く一刻を争うのですが、(父親が信じている新興宗教の)神様に祈りを捧げたりしていて、なかなか手術が始められないでいるが、命に関わる手術なので、事前に唯一の家族であるあなたの同意も得たいと電話を掛けてきたという、心臓外科医からの電話だった。

集中治療室にいるのでもう父親とは話はできないらしい。

父親はこのまま死ぬ可能性も高いのですね、そしてその手術をするかしないか、わたしにこの場で決断して欲しいということですね、と訊くと、そうだという意味のことを相手は言って黙った。してください、よろしくお願いいたします、とわたしは答えて電話を切った。

いま働いている場所に電話を入れ、事情を話し、何とかニ、三日休みをもらえるように頼んで、総武線に乗り東京駅に向かった。広島行きの最終の新幹線に何とか間に合い乗ったが、着いたときには父親は死んでいる可能性も高いのだと思うと、よくわからない気持ちだった。

夜遅く広島駅に着き、病院に電話をすると、手術は成功して父親は死んでいないとのことだった。一目様子を見ることだけは可能だというので、そのまま終電に近い路面電車に乗って夜中の病院に向かい、指定された階に行った。

きれいな二十代の女性看護師さんが迎えてくれて、手術を受けて、絶対安静、要観察中の人たちが寝かされているらしき場所?に連れて行かれた。照明は点けられないらしく、まっくらい場所で、点滴や機器の付いたベットに寝かされている父親を、懐中電灯で照らして看護師と一緒に見た。光の輪の中にいるのは、確かに父親だった。父親が寝ていた。

ネットカフェで一晩過ごした。いびきをかいてたのか、明け方、隣の人に壁ドンされて目が覚めた。朝になって病院に行くと、父親はもう普通の病室で寝ているという。

病室に行くと父親が起きていて、ああ、来てくれたんか、わしなら来んかったかもしれんな、と言った。

数日前から胸がにがってにがって、しょうがなかったんじゃが、かみさんに祈っとったらその度ごとにキューと胸が苦しかったのが何とか痛くなくなったが、もう昨日だけはどうにも耐えられんで、病院行ったらそんな場合じゃない、もう今すぐ手術せんと死んでしまう、いま意識があるのもホントはおかしなことじゃと言われて、それでかみさんのところに電話したら、そこにいる三人の偉いさんすべてが一緒に祈りを捧げてくれるからということで、手術が成功したんじゃなあ、と父親は言った。

いつも神様に祈っててよかったじゃない、とわたしは言った。

病院の売店で、歯ブラシや下着やタオル、水などを買い、病室にいる父親のもとに持っていった。もう三日後ぐらいには退院できるらしい。五日後ぐらいにはどうしてもはずせない仕事があるという。もし、またこのようなことが起こって死んでしまったら、誰に連絡を取って欲しいか、その後どうして欲しいかなどを話す。その後、どこからどうなったのか、いまのお前はどうしているのだ、という話になった。

本当にお前のこれまでの人生になど意味が無い、わしに三十万も出させて受けた大学は、言ったら恥ずかしいところ以外はみな落ちて、本屋や、コールセンターなど、つまらない人間のする仕事しかしたことがない。仕事をしたうちにも入らん。いまだから言うが、本を出したなどと言っても、あんな本は誰にでも書けるつまらないもので、あさましいペンネームで本を出して恥だと父親は言った。

あれぐらいのものは一流の大学を出ればみな書ける。書かないだけだ。お前よりちゃんとした文章が書ける編集者は内心バカにしていた筈で、頭のおかしい、おろかな人間として適当にあしらわれていただけだ。仲間内だけでできている世界に入ろうとして、バカなタレント議員と同じだ、恥さらしで愚かだ、とも父親は言った。

作家になろうなどと、お前は小泉進次郎でもあるまいに、結果が全てを証明している。タレント議員としても三流で、一流のタレント議員なら、自分の器と身の程に応じて立ち回って、つまらない小物なりの位置を手に入れている。お前は自分がつまらん人間だとまだわかりきっていない、と父親は言った。

退院まで世話をして、わたしは東京に戻った。

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