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ヒトエ・ニシモトのすべらないわたし

■2020/1/18・19 センター試験

 えー、私、JK3年、西本ヒトエ言うんですけどね。

 いやね、最近うちのオカンがヤバいんですよ。
 どうもね、私が大学受験でセンター試験受けるもんやからか、スベる、いう言葉に敏感でね。年末年始、あれだけお笑い番組やっとったのに、全部、見たらアカン、て。芸人がスベってるの見てもうたら縁起悪いやろとか言うて。もうね、フィギュアスケートなんかもってのほか。オトンが見たい、なんて言おうもんなら、えらい剣幕で怒るんですよ。

 それから、何故か家の中から入浴剤とハンドクリームが忽然と消えたんですよ。どうもね、これでお肌スベスベや、って言うのがアカンらしくて。お蔭で私の手、今日カッサカサなんですよ。そこは別にええやんか、って。

 で、試験当日の今日。最近暖かかったのに、今日に限って雪ですわ。路面もガリッガリに凍結。そしたらね、オカンが十五年前くらいに買うたスノトレシューズとか持ってきて、私に履け、言うんですよ。いやね、いくら雪面を飛魚のように跳ね回れる靴やとしても、十五年前のオカンのセンスですよ。まあまあの拷問ですよ。ピチピチのJKがこんなん履けるか、言うてね。氷の上に乗ってもスベらんかもしれんけど、これ履いた時点で私、若干スベってるやん、て。

 でまあ、そもそも試験に遅刻したらあかんやろってことでね。会場まで、オカンが車で送ってくれることになったんですよ。でもね、まだこんな時間に誰もおらんやろ、っていうめちゃくちゃ早朝。別に、バスで行くからー、って言ったんやけど、オカンのスノトレ履かんのやったら歩いたらアカン、言われてね。じゃあ絶対歩いて行かれへんやないの、て。

 で、車で試験会場の手前くらいまで来たとこでね、オカンが荷物チェックせえとか言い出したんですよ。今更かい、とは思ったんやけど、じゃあって鞄の中チェックして、私が、あれ、筆記用具ないわ、ってぽろっと言ったら、オカンが急に、アホ! って叫んで私を見て。もうその時、正面の信号がほぼ赤やったんですよ。

 九割五分赤。黄色死にかけ。

 私、オカンにね、前! 赤! って叫んだら、オカンめっちゃ慌てて。したら、思いっきりブレーキ踏みよったんですよ。路面凍結してんのに。当然ね、車ツルーンですわ。もう、くるんくるん回りながら信号一区間分ばっちりスベって。オカンはもう、ハンドルから手を放して、ひやー、って悲鳴上げてるし。私も、さすがに心臓バクバクなって。何で、車で四回転トゥループ決めなあかんねんと。

 幸い、車通りがなかったもんで事故にはならんくて、筆記用具も鞄の下の方に入ってたんですけど。ああよかったー、じゃあとりま、会場行くわー、て車下りよう思ったら、オカンめっちゃ泣いてんですよ。大号泣。何泣いとんねん、言うたら、折角ね、今まで気ぃつけて来たのに、試験前に盛大にスベってもうた、って。これはアカン、縁起悪い、ヒトエが試験でスベったら私のせいや、って。ここぞとばかりにスベるを連呼せんでもええやんと思ったんですけどね。

 で、あんまりオカンが泣くもんやから、私、言うたったんですよ。「お母さん、私ね、三年間すごい頑張って勉強してきたし、今日は絶対上手くいくって思ってる。だから、芸人さんがスベったの見るとか、車がスベったくらいじゃスベらないから」ってね。

 オカンはポカンとしとったけど、だいたいね、スベるだの言われて縁起悪い!やめて!なんていうメンタリティやからスベるんですわ。今日の私は大丈夫。やること全部やってきたから。

 車下りて、まだめそめそ泣いてるオカンに向かって、お母さんありがとう。頑張ってくるな、って言うてね。今日は私、絶対スベらんから。任しといてや、お母さん。

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp