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ご質問にお答えします(6)「回想シーンは使ってはいけない?」

 一部で大好評となっております(?)モノカキTIPSでございますけれども、続けざまにご質問を頂いたので、続けざまに質問回答編をお送りしようかと思います。今回のご質問は、こちら!

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 はい、ということでございまして、以前ご質問をお寄せ下さった方からの、再びの質問ということで。今回は、小説において「過去回想シーン」を使うのはあんまりよくないですかね、、、? というご質問。なんでしょう、言ってしまえば愚問でございますね!デビュー作のストーリーが、ほぼ全部、まるっと過去回想という僕に、このようなご質問など!

 とはいえね、まあ、僕もデビューしてからいろいろお勉強して見えてきたこともあるので、今回は小説における「過去回想」について、僕の考え方をお話していこうかなと思います。

■「過去回想を避けろ」の理由

 改めてご説明ですが、「過去回想」とは、小説内における「作中現在」より以前に起きた出来事を間に挟む、という手法でございますね。
 基本的に、小説というのは時系列に沿ってお話を進めていきますけれども、やはりね、過去に起きた出来事が物語のキーになる場合ですとか、主人公の心の機微なんかを描く時には、過去の出来事を回想として書くという場面が必要になってくることもあります。しだいに明らかになっていく真実に、読者はどっきどき、この過去の回想がどうやって現代に繋がっていくのか、という展開は大きな見どころの一つになると思います。

 じゃあ、なぜそんなドキドキ演出を「避けろ」というハウトゥーが多いのかと言えば、すごい簡単な理由で、「難しいから」なんだと思います。

 過去回想というものが難しい理由は、「時制を変えてしまう」という一点に尽きるわけです。映像作品であれば、過去回想に入りましたよー、っていうのを説明する方法ってすごくいっぱいあるわけですよ。主人公の頭にぽわんぽわーんと過去の映像が被ってくる、みたいな古典的手法もありますし、セットや服装の古さで表現したり、カレンダーを映してみたり。でも、小説というやつは、地の文でくどくど説明するわけにもいかないですし、そういう細かな「時制の説明」をするのが苦手です。

 で、小説で時制の変化が地雷になる理由として、これはまた別途、主テーマにして詳しくお話が出来ればと思うんですけど、「読者タイプ(勝手に命名)」というものがありまして。小説を読む人のタイプというのは、大まかに分けて二つのタイプがあると僕は思うんですよ。

①受動型読者
 映画や映像を観るのと同じように、書かれている文章を書かれているまま素直に想像しながら読むタイプ。頭に映像を再生しながら読むことが多い。作者の用意した感情曲線に沿って物語を楽しんでくれる、ある意味ありがたい読者。

②能動型読者
 書かれている文章を読みながら、時制や伏線、登場人物の関係図などを頭の中で整理しつつ(時には書き出しつつ)読むタイプ。比較的読書量が豊富で、読書慣れしている人が多い。伏線からオチや犯人を想像するとか、高度な読み方をしがち。作者にとっては怖い読者だけれど、考察をしてくれるなど、深い読み方をしてくれることも。

 ①の受動型の場合は、多少時制が曖昧でも、最後まで読んでわかればいいから気にしない、そもそも時制を気にしていない、という人が多いんですが、②の能動的読者は、今自分がどの場所にいて、どういう状況の中ストーリーが進んでいるのか、というのをしっかり把握したい方たちなので、「時制がよくわからない」のがめちゃくちゃストレスになって、過去回想を連発すると読むのに疲れてしまいます。

 過去回想というのは、それまでと時制が変わりますから、切り替わったよ、いつの話をしていますよ、そして今現在時制に戻りましたよ、というのをわかりやすく読者に提示する必要があります。でも、「俺は〇年前の学校での出来事を思い出した」とか、言葉でしっかり説明してばっかりなのは正直クソダサいので、読者が自然に「ああ、これは〇〇年前の話なのだな」と受け止めてくれる工夫をしないといけないわけです。これが、実はかなり難しい。

 書き手の頭の中では、今いつの話をしているのか、というところは前提としてわかっているので、書いている本人は時制が飛ぼうが何しようが混乱しないわけです。でも、読者目線で見ると、説明が足りなかったり、これ、いつの話してんの?ということになったりします。プロになると、編集さんや校正さんが、「わかりにくい」という意見を出してくれるんですけど、新人賞応募段階では、なかなかいろんな人に読んでもらうというのが難しいですし、読者視点を持つということにも慣れていないことが多いので、読み手がわけわかんなくなりがちな過去回想はなるべく使わないほうが無難、というセーフティ理論につながるのだと思います。

■「過去回想」は悪ではない

 まあ、「難しいからやめといた方がいいぞ」と言いたくなる気持ちはわかるのですが、この過去回想というのはうまく使うことができれば本当に有用なものでして、もし、将来ミステリーを書きたいなら、使いこなすのがほぼ必須じゃないのかな、と思います。

 そりゃ、二、三会話するごとに、ぽわんぽわーんと過去を思い出してばかりいると、現在時の進むテンポが悪くなりますし、読むほうも疲れてくるので多用は禁物なんですけども、ほんとにうまくつかえば、「ずっと現在の話だと思っていたのに、このシーンは過去の話だったんだ!」みたいな叙述トリックを仕掛けられたりして、謎が解けた時に読者鳥肌、なんていう演出もできたりするわけですよ。なので、「過去回想」という要素は、小説にとってなくてはならないものです。うまいこと使えるなら、必要に応じて積極的に使っていいと僕は思いますね。

■時制くちゃくちゃでも新人賞は獲れる

 さてね、僕の場合どうか、というところなんですけど、僕はアマチュアの頃は小説に「時制」という概念があるということすら知らなかったド素人なものですから、当然ね、前述の読者タイプなんてこともわかっておらず、自分が読んでわかるように書くだけだったんですよね。

 結果、僕のデビュー作である『名も無き世界のエンドロール』は、過去回想と時制変化のオンパレードで、なんかプログレッシブメタルみたいな構成になりましてですね。
 なんでそうしたかと言うと、まず一つは、映像的な表現をしたかったので、映画でよく見るカットイン・カットバックの手法をそのまま小説に落とし込んだこと。もう一つは、物語全体で冒頭に登場する主人公の「記憶の断片」を表現しようとしていたから、なんですよね。今思えばすごい実験的なことをやったな、と思うのですけども、当時は全然そんな小難しいことは考えずに、やりたいようにやったらそうなった、って感じなんですけども。

 『名も無き~』は、そもそも物語のメイン時制が「作中現在の一日前までの半年間」という過去で、全ボリュームの9割5分が「過去回想」だけでできている小説だったんですよね。登場人物のセリフやアイテム(ファミレスのナポリタンとか)を接点として、現在と過去が切り替わるようになっていまして、現在時と過去時も、時制通りに並んでいないわけなんですよ。もう、言ってる意味わかんないですよね。

 『名も無き世界のエンドロール』の時制
 プロローグ:現在時制(ここが基準時制)
  1章・半年前
   1章内の過去回想(中学時代)
  1章・半年前(前半の続き)
  幕間劇:時制不明
  2章・十三年前(高校時代)
   2章内の過去回想:(小学校時代)
  2章・十三年前(前半の続き)
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   ・
 エピローグ:現在時制(プロローグの続き)

 ということで、全体がプロローグとエピローグという「現在時」でサンドイッチした過去回想になっておりまして、各章は時系列では並んでおらず、エピソード単位で配置してあります。で、そのエピソードごとに過去回想をサンドイッチしている、という入れ子構造っぽい感じになっているわけですね。
 なので、「過去回想」にもタイムラインが3軸ありまして、小学校~20歳まで、という青春時代と、20歳~30歳までの現在に至る青年期、そして、現在時の前日までという直近の回想、という構成になっております。まとめてみてわかりましたけど、構成として整理するとめちゃくちゃ複雑ですね。

 ただ、この構成でも、前述の「受動的読者」の方はあんまり混乱しないんですよ。それはたぶん、映像作品であればこういった構成はさほど珍しくないからだと思います。でも、「能動的読者」の方はこういうのはなかなかのストレスのようで、刊行したくらいの頃は、「時制がー」とめっちゃ言われましたけども。

 ただ、「読者にストレスをかけるから」と、この物語を時系列通りに書いていたら、なんかのっぺりとした箸にも棒にもかからない話になってしまうわけで、文句を言われることもありますけど、それでも前述の通り、「映像的にしたい」「人間の記憶というものを表現したい」という目的を優先させて回想塗れにしてみたので、僕としてはあまり後悔はしていないですね。

 そして、実際、このお話で新人賞も頂けたので、一概に「読みにくいからダメ」というものでもなく、回想にすることによる小説的な効果や価値があれば、別に使いまくってもいいんだと思います。

■結論

 過去回想については、確かに表現としては読者に「考えてもらう」ことが必要な表現なので、本当に過去回想にする必要があるかは考える必要はありますけれど、自分が書きたい物語を書くのに回想が必要なら、積極的に使ってOKだと思います。
 自分の書きたい小説が、過去回想などなくとも成立するなら、わざわざ使わんでもいいんですよ。でも、自分がそういう書き方をしたいなら、難しかろうがなんだろうが、チャレンジしてみたほうがいいと思います。筆力は書けば上がっていきますから、「わかりにくい」と言われたら、わかりやすくするにはどうすればいいか考えればいいだけです。
 一応、使う時は、「読者にはわかりにくい」ということを意識して、できるかぎり時制変化をわかりやすくすることに気を配るとよいと思います。

 僕はね、新人賞へ応募するときの原稿は、とにかく自分の書きたいものを全力で書いた方がいいと思うのですよ。変に安全牌ばっかり引いたって、選考委員の先生以上に「上手い」小説を書ける人はそうそういませんから、多少拙くてもいいから、パッションを込めて書いた方がいいんじゃないかな。

 なお、「過去回想」の良し悪しを判断するなら、僕の小説はほとんど全部、「過去回想塗れ」「時制くちゃくちゃ」なので、参考に読んでみていただければと思います。あ、これでいいんだ、と思って頂けたら使ってみていただければいいし、これはわかりにくいな、と思ったら反面教師にしていただければ。

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 今回も回答編をお送りいたしましたー
 モノカキTIPSではみなさまからのご質問をお待ちしております。創作に関わること、小説の書き方、出版業界のお話など、僕のわかる範囲でお答えしておりますのでね。

 それから、新刊が出ますー 相変わらず時制いじり・過去回想に溢れた作品となっておりますので、どうぞご一読くださいませ。w


小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp