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猫という小さな猛獣1 ~元野良猫と暮らせば~

※この記事は、2019年5月に書かれたものをリライトした記事です。
現在、主役の巨猫は既に亡くなっておりますが、当時はまだ存命だったためそのまま再掲載している点をご留意ください。

小さな猛獣がやってきた日

今から十数年前、私は1匹の雄猫に出会った。
ネットで彼の話を書く時は、特徴がすぐに分かるよう「巨猫」と呼ぶようにしたほど巨大な猫である。
私が彼の出自について知っているのは、たったの3つ。

・母猫は彼と同じ黒猫で野良だったこと。
・ある日、馴染みの餌やりさんの元へ2匹の子猫を連れてきて、そのまま置いていってしまったこと。
・やがて、もう1匹はいなくなり彼だけが残されたこと。

なんとも"野良猫あるある"な生い立ちだ。
通常であれば彼も他の野良同様、自由気ままで過酷な日々を送り、運が良ければ子孫を残し、運が悪ければ人知れず野垂れ死んだのだろう。

だが、件の餌やりさんは、彼が毎日のようにボス猫に追い回され、しばき倒される姿を見て気の毒に思った。
そして、たまたまその頃知り合った私に「人慣れをさせて里親を探せないか?」と相談してきたのだ。

・あたかも貴公子のような……猛獣

巨猫の第一印象を短く言えば「黒い貴公子」

他の猫に追い回されて満足に餌も食べられない……とのことで、確かにやや痩せてはいたが、その状態でも十分に大きかった。
そして、美しかった。

触らなくても手触りがわかるほど、滑らかな光沢をたたえた毛皮。
細く長い手足と、丸くふっくらとしたポー(手足の先の拳部分)の対比。
顔が分かりにくいことに定評のある黒猫にも拘らず、一目で造形の判別ができる彫りが深くハッキリと整った顔立ち。
もちろん、その中でひときわ目立つのは金の双眸だ。

この時から今に至るまで、ここまで美しい黒猫は見たことがない。
しかも、ただ美しいだけではない。優美さの中に野性味があり、凡庸な例えだが、黒豹を猫サイズまで縮めたようだった。
……もっとも、この後本当に"小さな猛獣"だと思い知るはめになったのだが。

最初の診察では、基本的チェックすら麻酔を掛けなければできないほどの暴れっぷり。これには野良に慣れたベテラン獣医すら唸った。

更に連れて帰る際は、3人掛かりでも自前のキャリーケースに移せず、しかたがないので絶対に手持ちにするサイズではないケージごと台車に積んで連れ帰った。(猫込みで10キロ以上を徒歩+地下鉄)

その後、自宅でどうやってケージからケージ(自宅用)に移したのか、疲労困憊すぎて記憶に残っていない。
しかし、そんな些細なことはどうでもいい日々が、ここから始まったのである。

ほぼ全ての写真がこんな感じの残念イケメン時代。

小さな猛獣との暮らし

多くの「自称・動物は好き」は「獣は食い物さえ与えれば簡単に懐く」と思いがちだ。
その筆頭が、以前のエピソードにも登場した私の父である。

だが実際には、そんなに単純ではない。
食物は複数あるの"掴み"の一つに過ぎず、その掴みの積み重ねを経て確固たる信頼を勝ち得ない限り、彼らが心を許してくれることはない。

そりゃ、たまには"掴み"だけで寄ってくる奴もいるが、そういうのは大体"食い物を持っている時"しか寄ってこない。それは信頼とは呼べないだろう。

それに、巨猫は食べ物を見せてもホイホイと食べるようなことはなかった。
ケージにカバーをかけても、人が傍にいると一切食事をしない。
いつも私が外出するか、夜寝静まってからやっと食べ始める。
別に巨猫が食の細い猫だったからではない。恐怖や警戒心が食欲を上回っていたのだ。

まだマシな日のケージ。駄目な日はトイレがひっくり返っている

猫と仲良くなるコツは「適度な放置」だ。
しかし、彼は1~2歳程度と若かったため、様子を見つつ警戒を解くために思いつく限りのことを試した。
ある日は高級猫缶を供え、ある日は猫じゃらしを持って踊った。
時には、少年漫画あるあるの"拳で語る"を目指し、医療用のグローブをはめた腕を気の済むまで噛ませてみたりもした。

その他、フェリウェイからフラワーレメディー、リラクゼーションミュージック……
散々試したのだが全て玉砕。

半年ほどたった時点で、やはり一番の薬は「時間」だけと分かり、そこからはもうゆっくり待つことにした。

・猫の2年、人の2年

動物のしつけ……この場合は「リハビリ」と言ってもいいのだろうが、動物に何かを覚えてもらう時のコツは「忍耐」以外にないと思う。
精神論・根性論は好きでもないし非合理的だと思うが、これだけは忍耐・根気しかない。

初めて彼を我が家に連れてきた時、ある程度慣らすために必要な時間は「2年」だろうと思った。
「2年で十分」ではない。「最短で2年」だ。

人も獣も心に負った傷を癒すのに必要な時間は、その期間×2だと思う。
1年の野良暮らしだったら、単純計算で2年。
この2年を長いとするか、短いとするかは人によるだろう。
少なくとも私は、人には動物の4倍の時間があるのだから2年程度くれてやっても惜しくはないと思っていたし、今も似たような考えでいる。

保護から4か月後くらい。一度ケージから出してみたが、尻尾が禿げて再びケージに戻す。

新参猛獣と猫と犬

元野良に限らず、新入りが来ると問題になるのは、古参との関係。
この頃、我が家にいたのは、雌猫2匹に雄猫1匹、そして柴犬1匹。

これまで新入りが増える度、最古参の長老(当時11歳ほど)に「何卒よろしくお願いします」と土下座をし、何とか取りまとめてもらっていた。
ただ、今回のように成獣、加えてここまで荒れ狂っている猫を連れてきたことはない。
今度ばかりは揉めるか?と思っていたが、意外なことに巨猫は誰とも争わなかった。

当初こそ巨猫がケージ越しに威嚇をしている姿を見たが威嚇だけで手は出さない。その威嚇ですら数えるほど。
私に慣れるより先に、彼らはケージ越しにコミュニケーションを取るようになった。

完全に飼猫化してからの一枚。何気ないスナップも巨猫が入ると脳がバグる写真になる。

・優しい猛獣

人には懐かない……つまり完全に飼い猫化もしていない、更に去勢もしているかどうか怪しい猫を室内で放し飼いにすると「マーキング(スプレー)問題」が出てくる。

多少のことは諦めてケージから出したが、彼は何故かマーキングをしなかった。
しかも、教えてもいないのに、勝手に皆と同じ場所で用足しをした。

子猫だと2匹目以降は年長の猫に習ってトイレでする……というのはよくある。だが、すでに成猫、オマケに野良上がりがこのように行動するとは予想外だ。

結局、マーキングは端的に言えば猫の自己主張で記名代わりだが、巨猫は自分を主張をしなかった。
とにかく他の猫と喧嘩をしない。たまにひと悶着があっても明らかに巨猫が先に引く。
あれだけの体格なのに、巨猫のせいで怪我をした猫は一匹もいない。犬についても同様だ。
犬はよく先住猫達に猫パンチ(爪なし)を食らっていたが、巨猫が犬を殴る姿は一度たりとも見たことがない。

巨猫はこの頃から今に至るまで我が家最大の猫であり、当時は年齢的に一番若く、どう考えても一番強そうだった。
もし、その気にさえなれば、力で制することは容易かっただろう。
しかし、巨猫は一度もそのようにしなかった。
古参猫・犬のみにそうなのか?と考えていたが、そうではない。後からやってきた二代目にたいしても同じだ。
同じどころか、喧嘩をふっかけるのはいつも二代目であり、巨猫は自分より一回りも二回りも小さい猫にポカポカと殴られるままになっていた。

彼が小さな猛獣と化すのは"人間相手"だけであり、犬にも猫にも優しい。
なるほど、これでは外の縄張り争いに勝てないわけだ。
「気は優しくて力持ち」とはこれなのか。
いや、「色男金と力はなかりけり」のほうなのか。

こうして、確実に古参たちとの距離を縮め、家の中で暮らすことに慣れていく巨猫だが、それでもやはり私には慣れも懐きもしなかったのだ。

~「猫という小さな猛獣2」へ続く。

来客時、一緒に隠れてくれるエリンギ先輩(左)と一緒にくつろぐ。ちなみに先輩は4.5キロ。巨猫8キロ。

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