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【ロシア1994年-1995年】さらばモスクワのトロリーバス «Прощай, московские троллейбусы!» Vol.3:雪の夜の地下鉄「ウニヴェルシチェート」駅前交差点

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ボリショイ・モスクワ国立サーカスの建物は冬の夜に輝いて見えます
スターリン時代に建設されたアパートは立派な作りです

■夜景を撮る楽しさに目覚めた

冬の「銀の森セレブリャヌイ・ボール」を日没のころに訪問してから私は、夜のモスクワの町のフォトジェニックさに気づきました。昼の雑然として見えるようすとはずいぶん雰囲気が変わって見えるから。しかも、モノクロームがよく似合うということにも。そうしてモノクロームで夜のモスクワの町を撮るおもしろさに目覚めたというわけです。

12月になると夕方4時くらいには日没して、あたりは暗くなってしまいます。だから暗くなってからの撮影は容易です。

しかも、雪の降る冬の夜の美しさが気に入りました。もともと東京都内に住んでいたときにも、年に数回降る大雪のたびに感激していましたから。雪が降るとうれしくてたまりません。

そこで大雪が降るある夜に、住んでいた大学寮のそばの地下鉄駅周辺を撮ってみることにしました。大学の敷地に接していてすぐ近所でしたし、大学の敷地が大変広く、木立も並木もあり絵になるからです。

目の前の木立はモスクワ大学の敷地です
ロモノーソフ大通りとヴェルナツキー大通りの交差点に
地下鉄「ウニヴェルシチェート(大学)」駅があります

■本郷三丁目みたいなところか

ロモノーソフ名称モスクワ国立大学«Московский государственный университет имени М. В. Ломоносова»はもともと市の中心部にありましたが、1953年に市の南西部の雀が丘(当時はレーニン丘)に新しく建てられた本館に移転しました。雀が丘はモスクワを一望できる高台で、むかしから景勝地や別荘地として知られていた場所のようです。それがモスクワの町の拡大にともない、モスクワ市に組み込まれてあたり一帯に大規模な都市開発がなされました。

モスクワ市はクレムリンを中心に放射状に広がっています。
赤いアンカーがあるところが雀が丘のモスクワ大学本館
(Google Mapよりキャプチャ)

モスクワ大学本館«Главное здание МГУ: Г/З МГУ»の建物は市内に7つあるスターリン様式建築の建物のうちのひとつで、レフ・ルードネフが設計したもの。スターリン時代の大規模な建設事業ということは、ラーゲリに収容されていた無実の政治犯も大量に建設作業に動員されていたようです。

この大学本館の最寄り駅は地下鉄ソコーリニチェスカヤ線(1号線)「ウニヴェルシチェート(大学)」駅で、大学本館の建設とおそらく同時に建設が進められ、1959年に開業しています。環状線の内側の1930年代にできた駅ほどにはスターリン建築的な古典主義的装飾はなされてはいませんが、大理石張りのシンプルでそれなりに重厚な内装がほどこされています。

この駅の内部は1964年に公開されたゲオルギー・ダネーリヤ監督の叙情的コメディ映画 «Я шагаю по Москве(モスクワを歩く)»にも登場します。劇中歌«А я иду, шагаю по Москве(それでもぼくは行く、歩いていくんだモスクワを)»を、主人公を演じる若き日のニキータ・ミハルコフが歌っています。いまやロシア映画界の巨匠というべき映画監督のニキータ・ミハルコフです。駅構内の雰囲気は少なくとも1994年から1995年にかけてはまったく変わっていませんでした。いまもそう変わらないのではないかと思います。

駅は南北に走るヴェルナツキー大通りと東西に走るロモノーソフスキー大通りの交差点地下にあります。どちらの通りにもトロリーバスが走っていました。都心の地下鉄ソコーリニチェスカヤ線「チースティエ・プルーディ」駅からは、パヴェレツ駅やダニーロフ修道院を通り、回り道をして走る路面電車39系統の終点の駅もあります。路線バスも、もちろんたくさん走っています。

近くにはボリショイ・モスクワ国立サーカスと子ども劇場もあります。そして、インド初代首相ネルーの銅像がある「ジャヴァハルラール・ネール広場」も。日本語だと「ネルー」と表記するほうが慣用的ですが、ロシア語だと「ネール」と「ネー」の部分にアクセントがあります。

地下鉄「ウニヴェルシチェート」駅のある交差点付近。
赤い罫線で囲んだあたりで掲載写真を撮っています
(Google Mapよりキャプチャ)

東京でいうと、東京大学本郷キャンパスそばの本郷三丁目交差点のようなものでしょうか。ウニヴェルシチェート駅は環状線の外側にあり戦後になって開発された地域ですし、周辺は住宅街で位置関係はことなります。だから、この比較は「学校と文化施設が立ち並び、交通の要衝である」という位置づけに共通点があるというだけです。

街灯の光が丸くにじんでいるのは絞り開放で撮っているから
ELEKTA LTD OSAKA JAPANと日本企業の広告が入っているバスがきました

■木々に雪が積もっていくようすが好き

雪が降っていると日没後でも街灯が雪に反射して、あたりいちめんがぼんやりと明るくなります。その明るさに心惹かれます。そして行き交う自動車の走行音もかき消されてしまい、街中が静かになる。そういう雰囲気も好きです。

いつものそのそと走っているトロリーバスが、さらに慎重に走っています。道行くひとたちはみなコートを着込んで足元はブーツでいます。ウシャーンカと呼ばれる耳あてのある毛皮の帽子は、好きなひとがかぶる帽子のようです。若いひとたちはニットの帽子のひとも多かったかな。私はどうも自分に似合う帽子を見つけられず、フードつきのコートは着ても帽子なしのままでした。

ロシアのミュージックグループ«Глюк'oZa(グリュコーザ)»の«Снег идёт(雪が降る)»というミュージックビデオのリンクを貼っておきます。「ロシアの冬」という感じがうまく描けている曲だと思います。中庭のある古めかしい集合住宅の外観と内部も、いかにもロシアの集合住宅だなあと感じさせます。

あいかわらず三脚は持ち歩いてはいません。だから手持ち撮影です。気合と根性でなんとかするつもりでいても、いま見るとぶれやぼけが多いことはいなめません。

ただし、ほとんど絞り開放で写しているために街灯が丸くにじんで写っています。シャッター速度を稼ぐために絞り開放にしただけではなく、絞ることで生じる光条をさけるためでもあります。点光源の周囲に光条が出ていないほうが私は好きなのです。

すでに何度も雪が降り、凍った路面の上にさらに積雪しているために、道は滑ります。とくに交差点のようなところは雪がぐちゃぐちゃにとけているので要注意です。かくいう私は何度も交差点で転んで腰を打ったり、カメラをぶつけています。

ときどき除雪トラックが走っていきます。除雪トラックは真夜中でも走ります。夏には除雪蔵置を取り外して散水車になります。寝つけない夜に外を走る除雪トラックの走行音が遠くから近づいてきて、また去っていく音を聞いていた記憶があります。

レンズが濡れたのを拭きながら撮っていますが吹き残しがありますね
奥の街灯の連なりがにじんでいます

■冬がよく似合うところなのでは

モスクワの町を歩いていてうらやましくなるのは、緑が多く残されていること。地下鉄「ウニヴェルシチェート」駅周辺のようなサドーヴォエ環状道路の外側の地域は戦後になって開発されたところです。大通りはプロスペクトと呼ばれる車線の多いものが作られていますが、横断歩道と地下横断道が少ないので、渡るために遠回りして歩かねばならないことが多いです。さらに、春から秋にかけては散水車で水をまいていてもずいぶんほこりっぽい。そういう欠点はあっても、街路樹が植えられていること、公園が意図的に多く設けられているところは、東京より好ましく思えます。私がたんに都市中心部の都会的な風景よりも、緑もある都市郊外のほうが好きなだけでしょうね。

ソビエト時代に社会主義政権が強引に推進できたからこそ、大規模な都市計画が実現できたのかもしれません。都市計画の専門家ではないのでくわしい比較や説明はしづらく、あくまでも印象論ではあります。権威主義的な政策を政府や行政に行ってほしいわけではないですし。

街灯はヨーロッパの都市同様に、ナトリウム灯です。日本の高速道路のようにオレンジ色をしています。カラーフィルムで撮るとまったく印象のことなる写真になります。撮り比べはしていませんが、もっと猥雑な写真になっていたでしょう。オレンジ色の光は好ましいのですが、当時の私はモスクワはモノクロームで撮るほうがぜったいに似合うと強く思っていました。

そして私には冬のほうが町並みももっとも美しく思えます。いろいろと美しくないものを隠してくれるからでしょう。ロシアのひとたちも、冬は嫌いではないのではないかと思うのです。

これからさきにモスクワの冬の夜を撮ることができる機会がやってきたら、デジタルカメラでカラーで撮るつもりです。そして90年代に撮ったモノクロ写真と並べて、ヴィム・ベンダース監督の映画『ベルリン・天使の詩』(1987年)のように対比してみようと思います。90年代の私は天使だったわけではないですけれどね。

よく見ると出歩いているひとたちが見えますね
住んでいた寮のあるモスクワ大学本館の尖塔を見上げると雪雲でにじんでいます

【撮影データ】
Nikon New FM2/AI Nikkor 35mm F2S, AI Nikkor 50mm f/1.4S/Kodak Academy 200(ISO1,600-3,200増感)/ILFORD ID-11/1995年1月撮影

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