見出し画像

片想いのしまい方-11-

この記事は以下から連続した内容になっています。
もしよろしければ、順番にお読みいただけますと嬉しいです。

しのぶれど 色に出でにけり わが恋は(平成元年)

なぜか八軒さんと松山さんの間では「かおりちゃんは松山さんが好き」という認識になってしまっているっぽかったのだが、2人以外のお店の人の間では「かおりちゃんは八軒君が好き」ということが周知の事実となっていた。
自分ではすごく気を付けていたつもりだったのに、なんでバレてしまったんだろう?

お店の人たちは何かにつけて八軒さんのことで私をからかった。
例えば、姉妹店の炉端焼き屋に駆り出されて行く八軒さんに対して、板長がわざとらしく嘆きながら
「八軒、かおりちゃんにちゃんと仕事するように言ってやってくれよぉ~。かおりちゃん、八軒がいないと全然仕事しないんだよぉ~。」と言い、八軒さんがこれまたわざとらしく
「お前、ちゃんと仕事しないとダメだぞ!」と言い、私が
「言われなくてもメチャクチャ働いてますっ!」と怒る
…という具合に、何だかもうネタみたいな感じになってきてしまっていたので私も面倒臭くなってしまい、あまりムキにならずに流すようにしていた。
少なくとも「松山さんのことが好き」と誤解されているよりは、本当のことでからかわれている方がずっとマシだという気がした。

しのぶれど 色に出でにけり わが恋(こひ)は
ものや思ふと 人の問ふまで

誰にも知られないように秘めてきた恋なのに、気付かないうちに顔に出てしまっていたようだ。
恋煩いでもしているのですか?と人に聞かれてしまうほどに。

平兼盛 拾遺和歌集

半被はっぴ姿を見たい!

私が働いていたイワシ料理屋の制服は調理用の白衣のような感じのものだったが、隣の炉端焼き屋の制服は半被はっぴにハチマキだった。
そして、八軒さんにはそれがとてもよく似合っていた。
私はずっとその姿を見ていたかったのだが、残念ながら仕事中はそれぞれの店を行き来することがほとんど無かったため、その姿を見られるのは出勤時と退勤時だけだった。
ただ、イワシ料理屋と炉端焼き屋を行き来するチャンスが1つだけあった。
それは「炉端焼き屋で”刺身の盛り合わせ“の注文が入った時」だ。
炉端焼き屋では刺身は扱っていないので、向こうの店で注文が入ると八軒さんがこちらにオーダーを入れに来るのだ。
オーダーを入れた八軒さんは、「ちゃんと仕事しろよ!」「してますっ!」というお約束のやり取りをしてすぐに戻って行ってしまうのだが、その後”刺身の盛り合わせ“が上がると今度はこちらの店の者が炉端焼き屋に届けに行くことになっていたため、私はその「届け役」をゲットすべく、さりげなく…いや、もう、あからさまに板場の前のカウンター近くをウロウロするようにしていた。
首尾よく「届け役」をゲットできた場合にだけ、炉端焼き屋の板場の陰から八軒さんの半被はっぴ姿をチラ見することができたため、当時の私は結構必死だった。
だが、たまにタイミングが合わずに、もう1人の40代くらいのおばちゃんのバイトさんに「届け役」を取られてしまうこともあった。
そういう時、そのおばちゃんバイトさんは決まって「かおりちゃん、向こうの店で八軒君、元気に働いてたよー。」と私のことをからかった。
そんな風に言うくらいだったら、私に行かせてくれれば良かったのに…と悲しくなった。
なにより、以前はこっちのお店でずっと一緒に働けてたのに…と店の方針変更を恨めしく思った。

りくちゃん、ちょっと怖いからヤメテー!

> 次のお話:片想いのしまい方-12-
< 前のお話:片想いのしまい方-10-

この記事が参加している募集

#忘れられない恋物語

9,173件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?