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夏空


体が欲しているものに耳を澄ます。
暑さに負けずいつもの自分で
立っていられるよう注意をはらう。



何を摂ろうか。
横になりたい。
頭を空っぽにして動きまわりたい。


なるべくいつでも
フラットな状態を
保てるようにする。



わいてきた感情を自分の中に
留めすぎない練習をしている。


何事もなかったかのように
無視したりするのではなく



自分なりに考え
納得したうえで
消化される感覚。


記憶に刻まれた上で
もて余すことなく
そこから手をはなす。



苦手で避けてきたこと。
少しずつ変えてみたい。





疲れを残さず
余裕を持った
状態でいられるように


動いたり休んだりしながら
あるべきところへ
自分を整えていく。

日々を過ごしながら
深い根底の部分では
こういうことを考えている。


自分へ意識を集中することで
以前より人混みや閉所などに
あてられず過ごせていると思う。



夏のにおいで
思いだすのは
どれだけ歳をかさねても
小学生のころの夏休みで


どれだけ歳をかさねても
物語の世界に入り浸って
ひとり静かに過ごすことで満たされ


どれだけ歳をかさねても
夢にみるのは
もう会えない昔の友人で




長い間
夢で会っていたひとが
出てこなくなったけど
きちんと腑に落ち
過去を憂うこともない。



胸の中に
然るべきかたちで
おさまっている。


日々もくもくと手を動かしながら
そんなことを考えている。



春に出逢ったお花屋さんは
自由に花を手にとり
束ねながら
選ぶことがゆるされる。


優しく気のいいオーナーさんは
お花が美しく元気なうちに
人の手に渡ることを願っていて


多分商売することと
同じかそれ以上に
大切に想っていて



お会計のとき
私が選んだ花たちに加え
「はけない」と判断された
花をこんもり持たせてくれる。



店員さんについてもらい
価格から何から伺いつつ
花を選ぶのは緊張感があり


店が混めば
早く済ませなければと
焦ったりもする。


焦って選んだ花たちは
緊張感をまとっている
気がしてしまう。



花をよく落っことしては
ごめんねーと笑う
オーナーさんのところで
花が選べるようになって



選んだ花たちも
和やかな気がしている。



昔シリーズものの
ライトノベルを読んでいて


あぁ作者はこのエピソードが
書きたかったのかと思わざるを
えなかったことがある。


重めのテーマなのに
そのエピソードは
特別筆がのっていて


「書くことが楽しい」
という気持ちがどこまでも
ほとばしり、その勢いで
一気に最後まで読まされた。




細々と
フラワーセラピストとしての
活動をさせてもらっている私は


お花などを通し
誰かの心に触れ
言葉を紡ぐということをする。


魅力も性質も、本音も
少し先の未来も



私が感じたことを
便箋にしたためる。


壮絶な経験をしながらも
人に優しく朗らかな人柄


経験が先が人柄が先か
わからないけれど
その人間としての懐や器に
感動したり勇気を頂いたり


輝かしい可能性にワクワクしたり
リーディングは毎回
ドラマティックで


私の心がうごいた
それがそのまま便箋に
のっかるといいなぁと
思いながらペンを執る。


読んだとき一緒に感動したり
ワクワクしたりしてもらえたら
いいいなと心から、思っている。


自分にワクワクしてほしい。


たとえ今は信じきれなくも、
“こんな未来もあるのかもしれない”
と想いをはせるだけで


そこへの道すじができ、
きっと扉はひらいていく。


未来は真っ白なキャンバスで、
自由に描くことができる。


自分のおもうように。
上手く想像できなければ、
“こんな素敵な未来がやってくるよ”と
誰かに言われたこと、
偶然目にしたことを
盲目的に信じてついでに
前祝いしちゃったらいい。


素敵な未来への道を歩む
自分にワクワクする。
紆余曲折しながらも
光の射す方へ進み続ける自分を愛する


自分を愛することは
自分を信じることで

自分を信じることは
人生を信頼すること

いい意味で大きな流れに身を委ね
“軽やかに”生きていくことに
繋がっていくのだと思います
 
夜明け前が1番暗く
地道な積み重ねを要しますが
時がくれば必ず明けていきます

どうかお花たちが支えとなり
導いてくれますように


セラピストとして立つときは
こういう気持ちを持っている。


いつもより少し
言葉にちからを込める。


「私が先に誰かの明るい未来に触れる」
くらいの気持ちで。


よしわるしはわからない。
けれど今はそう在りたい。


誰かの目の前に立ちはだかる
現実の重量につぶされない為
自分の為かもしれない。


けれどひとりくらい
輝く道すじを本人より先に
信じる人がいてもいいかなとも思う。





セラピーに携わっているとき
自分と繋がっている
大地を踏みしめている
感覚がわいてくる。


“生きてる”と感じる。



細く長く、携わっていけたらいいと思う。








         おまけ

先日3歳に🐕🎂✨

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