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DeNAを退職し、株式会社カエカを設立しました。

 スピーチライターの千葉佳織です。この度、新卒入社で2年半お世話になったDeNAを退職しました。いわゆる「退職エントリ」です。かなり長くなってしまいましたが、包み隠さず本音をたくさん書きました。起業についても書いてありますので、読んでいただきたいです。

入社経緯

 学生時代は、人生をかけて"アナウンサーになること"を就職活動のゴールにしており、そのためにマイルストーンを引いて、必要な実績を大学4年間で積みあげる学生生活を行なっていました。その中にはいわゆる「かわいい」ともてはやされるための努力もあれば、味方をつけるための根回しや、女性のドロドロとした関係の中で嫌い嫌われる覚悟で競い合うものやら……思い返せば大変なことばかり。人間味たっぷりの環境でもがき続けました。
 ミスコンやテレビでの芸能活動などアナウンサー登竜門的なことは何でもしていた中、芸能プロダクションのコンテストに出場。そのファイナルコンテストがヒカリエの9Fのイベント会場で大きく行われました。

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2014年に出場したオスカープロモーション「第二回美ジネスウーマンコンテスト」ファイナルの様子。よく見ると並びが背の順ですね。

 このファイナルの配信をしていたのがSHOWROOMでした。不思議なライブ空間に自分が映し出されインタビューされた時、新鮮な気持ちになったことを覚えていてSHOWROOMというプロダクトに興味を持ちました。

 その数週間後、たまたま足を運んだ50人規模の交流会で友人から「紹介したい人がいる」と言われ、そこで繋いでもらったのがDeNAの方でした。当時その方はDeNAで内定者インターンをしていて、内定者にも関わらず事業の一部の責任を持って仕事をしていたこと、その方自身がすごい方だったことで大変驚かされました。その時に、SHOWROOMがDeNAから立ち上がったことも知りました。そんな様々なご縁からDeNAに興味を持ち、その後、えいやで受験してみて運良く内定をいただきました。

 しかし、内定後も変わらずアナウンサー志望だった私は、東京だけではなく、北海道から福岡まで、全国30局のテレビ局アナウンサー試験を受験しました。最終面接の壁を乗り越えられず、結果すべて不合格。あれだけ必死に頑張ったミスコンのグランプリや、番組のレギュラーは何だったのだろうと。むしろ実績?積んでもなれなかった私、相当問題があるのでは……。と項垂れ、極度のショックで立ち直れない日々が続きました。なぜか当時2chでは私がアナ試験全落ちであることがバレていたり、突然非通知で電話がかかってきたと思えば「あの週刊誌の記者なんですけど、千葉さんはアナウンサーに結局なったんですか?落ちたんですか?」などと質問された直後にすぐに相手から電話を切られたり、周りの反応に敏感になっては自分の失敗を見つめられなくて、苦しい日々が続きました。

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アナ試験の最終面接後、親友の春菜がテレビ局の前で私を待ってくれていてサプライズで花束をくれました。「頑張ったね、お疲れ様」という意味の花束を受け取り号泣。この時、精神がボロボロでした。

 最終的に残った選択肢は二択。「DeNA」か「地元のテレビ局で報道記者」をすることでした。(テレビ局の内定も、最終面接をアナウンサー枠で受けたのですが、アナウンサーではなく報道記者なら内定をいただけるということでした)当時とても悩み、最終的にDeNAを選択しました。
 それは、今まで描いてきた人生のプランを「所詮二十数年しか生きていない人間の思考の枠組みにすぎない」と一度白紙にして生きる強さがほしかったから。ある分野では挫折した私だけれども、DeNAで働いたら、人生挽回できそうな気がしたからです。

DeNA : エブリスタ

 DeNAに新卒入社し、最初の1.5年は小説投稿サイト・エブリスタの企画の仕事をしました。入社1ヶ月目~2ヶ月目のはじめての仕事は、エブリスタの7周年イベントの責任者でした。ユーザーさんが100名参加しチーム20名を当日巻き込んで行う大きなイベントで、新卒にはやくも大きな仕事を与えてくれる環境だと実感しました。

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お客様がお土産として持って帰ってくれたアイシングクッキー。

 その後は主に、アライアンスコンテストの企画と実行の担当をしました。インターネット小説と社会的意義のあるものを結びつける企画提案が多く、とくに印象的だったのは、第一回目氷室冴子青春文学賞創設のエブリスタ担当になったり、小説家の久美沙織さんと一から高校生に向けての小説講座のコンテンツづくりをしたり、小説家の早見和真さんらに審査員をしていただきながら全国中高生小説コンテストを立ち上げる仕事です。今まで世の中に広まっていなかった小説の才能が発掘されて、チャンスを掴んで行くきっかけをつくる仕事にとてもやりがいがありました。

 ほかにも、リアルコミュニティ・イベントの設計と実行で出張に多く行ったり、オウンドメディアの立ち上げ全体数値設計や記事の取材編集業務も行いました。 

 また、直木賞作家の石田衣良さんがお客様に小説講座をする企画の運営を担当していたのですが「千葉ちゃん、小説書いてみない?」と社員に後押しいただき、運営ながらいち受講者として小説を書いて参加させていただきました。会社が終わって20時~24時頃までカフェに篭って小説を書く生活を長く続け、2ヶ月で36000字の小説を書き終えました。石田衣良さんにフィードバックをもらい「面白かった」といってもらった時は本当に嬉しかったです。その時はじめて「ああ、作家さんはこんなに苦労されて物語を書いているんだ」と思い、ユーザーさんの気持ちに少しだけ近づくことができました。

 入社1年目は、ジェネラリストになるためのプロセスを学びつつも、自分が何にWillを感じるのかを少しずつクリアにしていった時期でもありました。小説というものに触れ、また人の可能性を後押しするプロダクトに触れることで、自分の「表現への関心」「言語への関心」「ストーリーへの関心」「偏見への怒り」が少しずつ言語化されていきました。

DeNA : 人事 / 新卒採用部

 新卒2年目のはじめに「現在の能力や環境条件のフィルターを外してみたときに、今いちばんやってみたいこと」を書き出しました。その時に出て来たいくつかのワードのなかでも飛びっきり輝いて見えたのが「スピーチ」というワードでした。なぜなら私は弁論という日本語スピーチ競技をここ10年ほど純粋に愛して行なっているためです。これが仕事になる世界があるかどうか真剣に考えはじめました。

弁論とは7分間に日本語スピーチのこと。論旨と表現の点数がつき順位を競う個人競技です。こちらは過去約10年分の弁論動画のダイジェスト版です。

 アメリカでは、人前で話す能力の大切さが浸透しているため、政治家やプレゼンターのスピーチをスピーチライターが書く仕事が確立されています。人前で話すことによりチャンスを掴んだり、スピーチが自己実現や信頼の勝ち取りに関係している事例が数多くあります。しかし、日本ではスピーチライターという職業がほぼない現状。日本が遅れていると感じました。

 まずこの仕事を副業として開拓しようと動き出しました。資格も何もない職業なので、はじめは近しい仕事をされている方に会いに行ってお話を伺ったり、スピーチライターの方に「弟子入りさせてください」とお願いしたりしました。しかし、タイミング合わずお断りをいただくという状態でした。そんなある日、スピーチのクラスを外部で持たせてもらうことになり、ここではじめて人にスピーチの指導をはじめました。この仕事をきっかけに、仕事の幅が増え、喜んでくれる人も増えました。

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はじめて持った自分の教室。サードクラスの「女子スピーチ・プレゼンテーション講座」。原稿の構成から表現練習まで全12回の授業を行いました。みなさんの笑顔が素敵。

 外部で仕事の幅が広がってきた時に「これDeNA内でできたらすごく楽しいだろうな」と思いました。そこで、スピーチライターの仕事をDeNAで本業としてできるように社内で打診しはじめました。すると、新卒2年目の私の提案を親身に受け取ってくださり、社員の登壇やDeNAのメッセージングを強化は大事であると認識いただき、異動がすんなり決まりました。前部署の上長も新部署の上長も迅速に動いてくださり、人事配属でスピーチやメッセージングの仕事を行えることになりました。この時の異動決定のはやさと、やりたいと行って新卒が仕事を開拓できる状況含め「DeNAってすごい組織だな」と思いました。本当に感謝しています……。

スピーチライターになったきっかけが詳しく書いてある記事はこちら。

 人事の仕事は、私の「人間としての心構え」を豊かにしてくれました。人の軸や感情の色彩を知り、ひとりひとりの人生の最良の決断を一緒に考えられるのか。言葉やストーリーはどのくらいの力を持つのか。その観点がとても挑戦的でした。また、事業部でみた景色と重なりがあることもわかり、サービスをつくることと人事をすることは共通しているということも知りました。

 イベントではメッセージをどう効果的に伝えられるかプレゼンに全力をかけました。学生さんの面接も担当させていただきました。DeNAの新卒採用を言語化して、ブランディングコンセプトを再定義も動かし始めました。学生さんの人生に寄り添いながら内定者の方と将来についてじっくりお話をしました。サマーインターンではサブメンターとして班に入り、感情が激しく揺さぶられるほど、学生さんの成長にコミットしました。

 そして「素敵な社員がたくさんいるからもっと社員のストーリーを知ってほしい」という思いを込めて、社員と南場さんが対談する新卒向け対談イベント「キャリアの本質」を立ち上げました。本当に多くの方に協力いただきながら、DeNAの人のありのままの素晴らしさが伝わるコンテンツになりました。南場さん、登壇者のみなさん、そしてフルスイング編集部のみなさん、みなさんが新卒採用に真剣に向き合ってくださいました。ありがとうございました。

この記事から全6回分を続けて読むことができます。入社4年目~10年目まで幅広い社員が話しているので、会社の様子がとてもよくわかります。就活生はぜひ読んでみてください。

 そしてDeNAでスピーチライターとしての仕事も導入しました。Techcon2019の登壇者向けに授業をしたり、HR新卒採用部では毎週スピーチの授業をさせてもらいました。4か月に渡る授業の後半は、メンバーひとりひとりが10分ほど人前で話す成果発表を行いました。毎週行われる成果発表会では、毎回誰かが感動で涙を流すほど、話すほうも聞くほうもみなさんが真剣に取り組んでくださいました。そして、DeNAの社長のスピーチを書かせてもらう機会もいただきました。

 これら全ては、私だけでは絶対にできなかったことです。はじめての試みにも関わらず、挑戦してくださった多くの方に、心より感謝申し上げます。スピーチライティング要素を持った仕事を多くおこない、それにより生まれたデライトがあったのは、社員のみなさまがはじめての試みにも動じず、一緒に挑戦的に向き合ってくださったからです。

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新卒採用部のMTG終わりの記念写真!

 結果を大切にしたいならば欠かせないこと、それは「過程を魅力的に魅せること・個としての振る舞いを強化すること」です。「いいもの・いい人は何もしなくても伝わる時代」は情報過多な時代において、もう終わっていると思います。「魅せ方は本質ではない」ではなく、可視化できないその能力に真剣に向き合うことが、これから多くの人を巻き込むキーポイントになっていくと思っています。

起業の決断まで

 私は学生の時、勉強が嫌いで苦手なことも多かった。たまたま弁論に出会い全国大会で3回優勝して多くのチャンスをいただきました。それは私に能力があったから、ではありません。たまたま偶然の重なり合いで「人前で話す技術」に昔から真剣になる機会があっただけなんです。話す技術は学習すれば全員にチャンスが訪れるものだと思っています。

 自分がこれまで人生を救われてきたように、同じ思いをしてもらいたい。「人前で話す技術」を生かした事業に200%集中し、喜ぶ人が増えて、お金が生み出され、循環する仕組みとして機能させたい。日本人の価値観を根本から変えるような仕組みを最速でつくりたいという思いが先行しました。

 新卒2年目以降、スピーチライターとして社内社外共にさまざまな人との関わりを持ち、これから日本社会が意識変革をするべき分野であると確信しました。この分野に自分はこれからの人生をかけていきたいと思いました。

 また、新しい挑戦を多くの方に応援していただけたことも、起業の後押しになりました。私自分が教えるからにはパフォーマーとして洗練された技術を持つ。人前で話すことが「かっこいい」ことであるという認識をつくりたく音楽ライブのスピーチ版「スピーチライブ」を2019年1月に行いました。クラファンは多くの方々のご協力により無事成功し、当日も100名近いお客様にご来場いただきました。

スピーチライブのダイジェスト映像

 世の中に良い方向付けを行う仕組みをつくり経営していくことだけではなく、一種の言語芸術面を含めた表現の限界に挑んでいく。この挑戦を自由に行う形として、会社を立ち上げることが理想的だと判断しました。

 数年前までの自分には考えられない決断でした。そんな決断があるのもすべてはDeNAのおかげだと思っています。DeNAではシンプルに言うと「仕事はつくるものである」ことを教えてもらえましたし、それは「年次も経験も関係なくつくれるようになるんだ」という素晴らしい自信を、組織の中で学びました。2年半振り返って、私は本当にDeNAに巡り会えて働けて本当に良かったと思っています。前職の名前に恥じないようにしっかり結果残せるように向き合っていきます。これからもずっとだいすきな会社であり続けますし、これからもDeNAマインドを大切に頑張っていきます。

株式会社カエカ(kaeka Inc.)を設立

 退職後、日本横断して47都道府県を制覇する長旅を終え、この11月に株式会社カエカを設立しました。

kaeka Inc.
kaekaはアイヌ語で「糸撚り」「糸を紡ぐ」という意味です。
「糸」は、運命の糸、記憶の糸、赤い糸などの喩えとして親しまれています。糸をつくり紡いでいくことで、運命的なチャンスを掴んでいってほしいという思いを込めて設立しました。

主にやっていくことは現段階では3つです。

① スピーチライティング事業の拡大
 現在行なっている、主にtoB向けのスピーチライティングの拡大をします。日本にはまだ、人前で話す能力を鍛えていない人が多くいらっしゃるため、鍛えることによりその方に人生のチャンスを掴んで欲しく思っています。また教える人は私だけでなくスピーチライターを教育しライター集団をつくり、各企業さんのスピーキングの全面サポートをしていきたいと思います。
② スピーチトレーニング事業
 toC向けスクール開設やテクノロジー・アプリケーションなどを使って気軽にトレーニングができたり自分の表現を復習できるようなものの設計を考えています。話し方を学んでPDCAを回したいと思ってもどこでどのように学べば良いかがわからないのが現状です。そこに信頼して学べる環境を構築します。現在ユーザーヒアリングを進めており多くの方にご協力いただいています。
③ スピーチライブ事業
 人前で話すことがかっこいいことであるという意識改革を目的として行なっているスピーチの舞台です。現在は私が登壇していますが、ゆくゆくは①②の参加者が成果発表として舞台に立つような仕組みにしていきます。第二回目スピーチライブは2020年3月7日、8日に行います。

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2019年1月11日に行われたスピーチライブの様子。

 私が代表取締役、張 惺(Cho Satoru)がチーフプロデューサー、という形ではじめは2名体制でのスタートです。彼は私がDeNA在籍中からスピーチライブを一緒に作り上げてきた仲間です。彼がいるからこそできる大きな挑戦があると思っています。

 言葉にするのは自由なので言いますが……。kaekaで大きな世界をつくっていきたいですし、たくさんの仲間と最高の景色が見れるような組織にしていきたいと、本気で思っています。

そしてスピーチライター千葉佳織のWebページはこちらになります。

これまでのお仕事の活動内容が載っておりますので、お仕事ご検討いただける方はぜひご一読いただければ幸いです。

お仕事のご依頼

 現在も、いくつものクライアントさんとスピーチライティング、トレーニングのお仕事をしております。お仕事、お気軽にご相談ください。連絡先は私のツイッターに書いてあります。

最後に

 これを読んでいただき、いろんな感想があると思います。
 いろいろと曝け出してしまったので「若いな」とか「熱血系だな」とか「不思議だな」とかもあるかと思います。どんなに熱量高く語ろうと最重要なのは結果を残せるかどうかなので、そこには貪欲に向き合っていきます。

「あのときのあの発言、ちゃんと有言実行してるじゃん!」となるか「結局アツく語ってできずに終わったよね」なのかは、今この瞬間にはわからないことです。また数年後、答え合わせをしましょう。

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退職時にDeNAのみなさんからプレゼントいただいたバラの花束。25歳の私に25本の花。3本の白いバラは「DeNAで過ごした3年間」という意味。この3年間を忘れずに前に進んでいきます。

--2020/3/9更新--

今回の退職エントリ、EARSさんが音声コンテンツ化してくれました。こちらの文章をぜひ音声でもお楽しみいただければ幸いです。

--2020/10/15更新--

もうすぐ創業一期が終了します。たくさんのご縁に恵まれて、楽しい挑戦が続いています。現在、弊社は8名で、企業向け、政治家向け、個人向け、教育向けのそれぞれの事業の展開しています。
会社のWebページも追記します。
https://kaeka.jp/

kaeka Inc. CEO 千葉 佳織


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スピーチライターをしています。株式会社カエカ(kaeka Inc.)代表取締役。 研修・選挙演説・経営者総会・入学式などのスピーチライティング・トレーニングをしています。 話す力をつけるスクールgoodspeak2020年3月開講。話す力で人生を切り拓く人が増えますように。