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情熱と悲哀の国で Kawaii の国での成熟についてお返事してみる。 from Buenos Aires

ブエノスアイレスはすっかり秋めいて来て、通りの並木が黄色く色づいて来ている中、日本の皆の桜の写真や入学式の様子なんかを見ながら、地球の反対側にいる不思議と楽しさを感じてるよ。

「Kawaii の国での成熟」についての Mikaちの考察、とても興味深く読ませてもらいました。

この国は女性が本当に強くて、折に触れて女性の権利について主張しているそれはそれは大勢の女性達(とそれを応援する男性達)のデモを見かけたり、自分の意見をしっかりと男性以上に伝えられる女性を目にするので、Kawaii の国については常に考えさせられます。

とはいえ、数十年前まではこの国も日本と同じく「女性は家の中にいるもの」という考えがあった訳だし、そこで「日本は女性にとっての後進国だ」というこの CM に感銘した訳だよね。

ただただ、単に女性が「強く」なっている姿には違和感を覚えるし、「男性化した女性が社会進出しても、それは多様性と言わない」ととある記事で目にしたように、日本女性ってどうあればいいんだろう、と考えていた答えを Mika ちの言葉にも見出した気がしたよ。

つまり、「男性性と女性性の各々の中でのバランスと成熟」という話ね。
それが文化に繋がっているという点がとても面白くてこの件について考えた訳だけど、Mika ちの大好きな!? 「マンマの国」の影響だよ!

ブエノスアイレスは本当に有り難い程に文化面が充実していて、週末、市が主催している文化プログラム(つまり無料!)は山ほどあって、先週末もちょうど自主映画フェスティバルなるものが市内の各所で開催されてて、気持ちのいい屋外の円形劇場で40年代のアルゼンチンの Jazz 楽団のドキュメンタリー映画を楽しんできたのだよね。

ブエノスアイレスの人達はいつも誇らしげに、「この国はずっと文化的に豊かな国なんだ」と言うのだけど、簡単には言えないだろうけど、白人系の移民の大半がスペイン人とイタリア人に二分されるラテン色の強い国民ということからね、Mika ちの言うところの、「女性性の強い=感情的に豊かな」男性が多いということも大きいのでは、と思った訳。

この前、とある男性タンゴダンサーにフランス人の女性が「どうしてアルゼンチン男はそんなに女性が好きなの?」と質問してた時の答えが目から鱗でね、「僕たちはママが大好きなんだよ、いつだって女性の話をしてるし、どうやって女性好きにならないでいられると思う?」って。

なんていうのかな、「男の子なんだから」(=強くありなさい)という日本の教育が、自分の中の女性性を「弱さ」と捉えてしまって、一般的に「女性が好きなモノ」とされてしまったモノ(それは文化に始まりスイーツまで)を一緒に楽しめなくなってしまったんじゃないかな。

この国で大好きな風景の一つなんだけど、いい歳をしたオジサンが(と日本では言われてしまう)ジェラートを独りで幸せそうに頬張ってるのって、可愛いな、いいな、と思ってしまうのだよね。

逆にこの国で成熟していないのは「感情のコントロール」だと思うから、時に幼稚に思える程、自分の感情に正直な姿は成熟してるとは言えないよね。

日本女性が男性から求められてる「Kawaii」=「弱さ」(時に幼稚さ、知的でない感じ)に気づいて、そこから卒業できる(もしくはその構図を認識した上で本当にファッションとして選ぶ)ようになれたら、変わっていくのかな。

とはいえ「日本人女性はその構図を分かった上で、諦めて男性に付き合ってる」という話が本当だとすると、お互いに首を絞めてしまうよね。
諦めることで、「じゃあ代わりに Kawaii 私達を養って下さいね♪」と、社会の変化を促さずにいる訳かもしれないし。

昨日、18~39歳の日本人の25%がセックス経験なし、という衝撃の記事を読んだけど、その多くが社会的に不安定な男性、というのを見て心が痛んだんだよね。だって、それこそ、上記 Kawaii 女子の弊害とも言えるのではないかと。

でもこれって、男性が悪いとか女性が悪いという話しではなくて、「自分で考えて、意見を述べる」という教育がないのが全ての根源だと思うのだよね。
状況を分かった上で、自分はどうありたいか、どうしたいのか、それを考えた上での Kawaii 女子である、Kawaii 女子を求めるコトは違うと思う。

「和」を求めるが故に、自己の意見を探すことさえできないのは実は怖いよね。

何度も話したと思うけど、知識詰め込み型の受験勉強から、自分の意見を述べるように求められた大学での授業の衝撃…。
そして今、こちらの学校で高卒以上の様々な年代の人と肩を並べている訳だけど、チャットでのやり取りを見てると「本当にこの子たち、大丈夫?」という位、学校のシステムとかは理解してないんだけど、授業ではきちんと自分の意見を言えるんだよね。

と、話は終わりが見えないけど、Mariano 君に言わせれば、例えばアルゼンチン前女性大統領の Cristina は女性らしさを失っていない、例えば AKB はとても不自然に映る(それでも私も可愛いよね、とは思ったけど)、例えば日本の選挙のニュースに女性の姿が見えないのには驚き、etc, etc。

きちんと自分の意見をもって発言できる女子が「生意気」と言われない日本社会を願うばかりです。
そして私含め、女性が「過去の女性像」に甘えず、新しい時代での女性としての自分の在り方を探していく時、それを男性も応援できるようになった時、Kawaii の国は成熟できるのではないでしょうか。

というコトで、次回は(いつか?)、「モテ」という概念について話したいと思うよ~。

愛する Mika ちへ
Con mucho Amor, Kaori

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