水色に滲む

社会人一年目のちょうど今頃、毎日ポストを覗いてはある手紙の到着を待っていた。四辺がほんのり日焼けしたようなデザインで、差出人は「自分」の白い封筒。まだくっきりとその姿を思い出せるのだから今更驚くことなんてないはずなのに、本当に毎日、今か今かと待っていた。

大学四年生のちょうどこの時期、内定式に出席するために初めてひとりで東京を訪れた。晴れやかな気持ちで出席するもの、と知ってはいたけれど、就職活動を終えたときから心の中でもやもやと渦巻いていた憂鬱な気持ちは、未だに消えていなかった。就職活動を一緒に戦ったリクルートスーツを着て、面接のときにいつも足元にあった鞄を持って、私は「第一志望じゃなかった」会社の内定式に向かっている。目で追えないほどのスピードで後ろへと流れてゆく景色を新幹線の窓越しに見つめながら、うじうじとそんなことを考えていた。

それでも、実際に内定式に出席すると「頑張ろう」という気持ちもちょっぴり湧いた。初めて同期と顔を合わせて、同じオフィスに勤めることになる人と言葉を交わす。私はここで働くんだから。そう思いながらそれは決意であり、諦めでもあることに気づいて、じわり、とシャンデリアの光が滲んだ。

内定式のあと、ひとりで代官山へ行った。せっかく東京へ来たのだから、と、地元にはないカフェや雑貨屋をいくつか回ってから帰るつもりだったのだ。一番の目当ては、駅前の文房具屋。眩しいほどに真っ白なポストが目印で、一年後の誰かに手紙を送ることができる『未来レター』というサービスがあるのだとガイドブックに載っていた。

ぱっと目を引く真っ白なポストのおかげで、すぐにそのお店は見つかった。からん、とドアを開けて入るとしんと静まり返った店内には所狭しと文房具が並べられている。そろそろ新調したかった手帳用のボールペンを手に取って、レジに向かった。店員に渡して、声をかける。

「あの、『未来レター』書きたいんですけど」

「こちらをどうぞ」と差し出された封筒と便箋を使って、窓際のカウンターで手紙を書いた。さらさらと書き心地のよいボールペンを使うと便箋一枚なんてすぐに埋まってしまう。ぴったりと封をして、宛名を書く。自分宛てだから、敬称ではなくて「行」。「未来の自分に向けて書いてはいかが?」とはガイドブックで紹介されていたけれど、いざ書いてみると何だかくすぐったい気持ちがこみあげた。

「お願いします」と先ほどの店員に渡すと、「わ、私と地元が同じですね!」と言いながらそっと両手で受け取って、箱の中に収めてくれた。この手紙が届く頃、私はもう働いているのか。そう思うと、あっという間にすぎてしまう「一年」も、とてつもなく長い期間に感じられた。

待ちわびていたその手紙が届いた日、すぐに封を切った。一年前の自分はただひたすらに「仕事を楽しめているかどうか」を気にしていた。自分が選んだ道を「間違った」とは思っていないか。まだちくちくと痛む傷は癒えているか。そう綴った手紙の左下に、私はぽつりぽつりと水色の丸いシールを貼っていた。まるで涙が落ちて滲んだようなその位置に、ぎゅ、と唇を噛む。

本当はまだまだ、痛かったんだよね。

内定をもらえた会社で頑張りたい。それでもまだ憧れの会社を諦めたくない。目まぐるしく入れ替わるその気持ちが整理できていないのに、「内定式」という現実の中に放り込まれた自分。同期はみんな優しそうだったけれど、そんな本心が言える人はあの会場の中にまだ誰もいなかった。

それでも入社して三年が経って、同期とは何でも話せるようになった。仕事を温かく見守ってくれる上司もいる。それに、「楽しめているか」と気にしていたあの頃の私だってきっと、「仕事にきちんと向き合いたい」と思っていたはずだ。

大丈夫、何とかやってるよ。

ふと思い立って手紙を読み返すとき、いつもそう思いながら、水色のシールにそっと触れている。

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